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坂東八平氏――“平平合戦”だった源平合戦の生き残りが戦った「鎌倉殿13人」(2/2ページ)

菊地浩之菊地浩之

2022/03/30

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骨肉の争いで勝ち残ったのが頼朝

坂東八平氏は源氏に仕え、源平合戦の原動力になったわけだが、一方の源氏一族内部はどうなっていたか。源氏一族は、とにかく骨肉の争いである。殺さなくてもマウントを取ることは忘れない。

頼朝が従兄弟の木曽義仲(演:青木崇高)、異母弟・源義経(演:菅田将暉)を討ったことは有名だが、それのみならず、異母弟・源範頼(演:迫田孝也)を伊豆に配流し、一説には殺害したといわれている。

なぜ、源氏は骨肉の争いを繰り広げたのか。

結論を言ってしまうと、誰が「源氏の棟梁」かが、決まっていなかったから。頼朝は「源氏の棟梁」として担ぎ上げられているので、他に「源氏の棟梁」がいてはまずい。頼朝はよく「源氏の嫡流(=棟梁)」といわれるが、それは頼朝が一族間の闘争に勝ち残ったから。つまり、闘争している間は、頼朝もまたOne of themに過ぎなかったのである。


源頼朝

たしかに、頼朝は河内源氏(つまり源頼義の子孫)としては嫡流と言えなくもないのだが、その祖・源頼信は源満仲(みつなか)の三男である。それを源氏の嫡流と言っていいものなのか。

そして、その理屈が通るなら、源頼義の三男・源義光の子孫が「源氏の嫡流を名乗ってもいいじゃん!」ということになる。実際、義光の子孫・武田信義は『鎌倉殿の13人』の中で「源氏の棟梁」を自称している。

こうなると、「邪魔者は消せ」。もしくは、殺さないまでも勢力を削いでマウントを取るしかない。そして、頼朝が死去すると、今度は坂東八平氏と北条氏(自称平氏)の骨肉の争いがはじまるのである。これこそ平平合戦と呼ぶべきかもしれない。

坂東八平氏系譜

清和源氏系譜

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この記事を書いた人

1963年北海道生まれ。国学院大学経済学部を卒業後、ソフトウェア会社に入社。勤務の傍ら、論文・著作を発表。専門は企業集団、企業系列の研究。2005-06年、明治学院大学経済学部非常勤講師を兼務。06年、国学院大学博士(経済学)号を取得。著書に『最新版 日本の15大財閥』『三井・三菱・住友・芙蓉・三和・一勧 日本の六大企業集団』『徳川家臣団の謎』『織田家臣団の謎』(いずれも角川書店)『図ですぐわかる! 日本100大企業の系譜』(メディアファクトリー新書)など多数。

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