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「京アニ」「座間」事件が賃貸住宅に残す暗い影 隣人が怖い…の不安を拭え(1/2ページ)

朝倉 継道朝倉 継道

2021/11/29

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イメージ/©︎mrdoomits・123RF

賃貸住宅における「挨拶運動」のススメ

ポエティックな行動であると斜に構えてはならない。腰が引けるのもグッと我慢し、乗り越えよう。賃貸住宅オーナーや賃貸管理会社は、いま、進んでこれをやった方がいい。

賃貸住宅における「挨拶運動」だ。

賃貸マンションやアパートに住む入居者同士が物件内で会った際、明るく挨拶できる環境づくりをオーナーや管理会社は積極的に行うべきだ。

物件のなかに安心をつくり出そう。社会的意義もさることながら、それ以上に賃貸経営上、物件管理上、求められるリスクヘッジとしての意味が、このことについては近年非常に高まりつつある気がしてならない。

相手があの事件の犯人のような人だったらどうしますか?

今回、私がこれを呼びかけるきっかけとなったのは、最近耳にした、ある賃貸マンションに住む若い入居者の言葉だ。「新しく物件に入居する際、周りの部屋に挨拶に行くなど、怖くて絶対にできない」という。

「だって、もしも隣にあんな事件の犯人みたいな人が住んでいたらどうしますか?」

事件とは、近年起きた2つを指している。ひとつは2019年の「京都アニメーション放火殺人事件」。もうひとつは、その約2年前の17年に起きた「座間アパート9人殺害事件」だ。

「万が一、挨拶に行って、あんな事件の犯人みたいな人に出会ってしまい、目をつけられたらと思うとゾッとします」

こうした不安の存在は、たしかに私も以前から感じている。この2つの事件は、賃貸住宅に住む人々の心にひそかに影響するうえで、ここ数年来おそらく最も大きなインパクトを与えているものだ。

アパートの隣人を脅迫していた「京アニ」事件の被告

京都アニメーション放火殺人事件は、19年7月、京都市の伏見区で発生している。

アニメ制作会社のスタジオに男が突然侵入し、暴言を吐きながらガソリンを撒き、これに火を点けた。すさまじい勢いで火災が発生し、36人の命が奪われた。

この前代未聞の事件を引き起こした人物については、その後当然のごとく過去や生い立ちに関してのさまざまな報道がされている。

なかでもとりわけクローズアップされたのが、この人物が以前に起こしていた賃貸住宅(雇用促進住宅も含む)でのトラブルだった。

けたたましい音を立てて警察が駆け付ける騒ぎになったり、部屋の壁に穴を開け、破壊したり、さらには隣人の胸ぐらを掴んで「殺す」と脅したりなど、その異様な行動の数々が繰り返しメディアによって掘り起こされ、報じられている。

つまり、この人物は、残酷な放火殺人によって世の中を震撼させる以前から、賃貸住宅内で騒ぎ、周囲を困らせたり悩ませたりする問題入居者のひとりだったということだ。

現場が画像・映像で幾度も報じられた「座間」事件

一方の座間アパート9人殺害事件は17年に発生している。すでに裁判は終了し、被告人だった男は現在死刑囚となっている。

現場は、都会にも地方にもよく見られるなんの変哲もない一軒のアパートにすぎない。誰にとっても日常風景のなかのありふれたひとつというほかないものだ。

だが、その1室では、きわめて凄惨な事件が連続して起きていた。ひとりの男が部屋に若い男女を次々と誘い込み、9人を殺害、遺体を損壊させた。

非常にショッキングなディテールをもつこの事件も、やはり「京アニ」事件同様、賃貸住宅に暮らす人々の心におそらくは暗い警戒心を植え付けている。

なお、この事件が起きたアパートは、オーナーが有名人の親族であったことも影響してなのか、建物の外観が至極明瞭な絵面(えづら)でメディアに公開されることが多かった。

そのため、まさに当現場における「ありふれた風景」「変哲の無さ」が、人々の印象に際立つ結果ともなっている。

京アニ事件同様に、壁の向こうにはどんな人間が住んでいるか分からない――現代集合住宅における人々の心の底に募る不安をあらためて増幅させるかたちとなっている。

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この記事を書いた人

コミュニティみらい研究所 代表

小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。

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