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小説に学ぶ相続争い『女系家族』③――分割しにくい不動産を含めた「共同相続財産」の遺し方

谷口 亨谷口 亨

2021/09/18

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『女系家族』(上・下) 山﨑豊子 著/新潮文庫 刊/各825円(税込)

『白い巨塔』や『沈まぬ太陽』など、鋭い社会派小説を数多く世に残した山﨑豊子。『女系家族』は、四代続いた大阪・船場の老舗の問屋「矢島商店」で巻き起こる遺産相続のトラブルを題材とした小説です。初版が刊行されたのは、いまから50年以上も前で、これまでに若尾文子主演の映画や米倉涼子主演のテレビドラマなども制作されています。

小説で描かれる相続争いは、女系家族に婿養子に入った「四代目・矢島嘉蔵(よしぞう)」の長女・藤代、次女・千寿、三女・雛子の3人娘に遺した遺言状に端を発した3人娘の相続をめぐる確執。その彼女たちを取り巻く何やら下心を持つやっかいな人たち、嘉蔵のお妾さんも登場し、いかに他者に比べ自らが多くの財産を手にするか、欲望剥き出しの人間模様が展開されます。

この女系家族・矢島家で起こった相続争いの原因を検証しながら、トラブルが起きない相続の方法を探ります。

◆◆◆

分配を相続人に丸投げせざるを得なかった被相続人

矢島家の婿養子、四代目矢島嘉蔵さんが遺した遺言状の後半には、次のような一文がありました。

<五、右以外の遺産は、共同相続財産とし相続人全員で協議の上、分割すること。>

まるで、「残りの共同相続財産はみんなで話し合って、いい感じに分けてね」と、遺産相続の責任を放棄しているようにも思えます。

この項目以前の内容は、連載1回目で紹介した通り、長女の藤代さんには不動産、次女の千寿さんには店の経営権、三女の雛子さんには株券と骨董品を相続するというもので、私が思うに嘉蔵さんはなかなか平等に分配できていた、にもかかわらずです。

そして、嘉蔵さんは、

<上記の如くしたため候上は、姉妹互いに相譲り、仲睦じく相続を成し、御先祖の余光を守り、商売繁昌と家風の厳しさを乱さぬように願い上げ候。そのほか何事も、万遍なく、あんばい、あんじょうに、くれぐれも願い候。>

などという、都合のいい一文で遺言状を締めています。しかし、3人娘に平等に分けたはずの前半の財産ですら、もめごとが起きそうな雰囲気があります。そのうえこの共同相続財産についての一文です。間違いなくもめごとを大きくするだけでしょう。

財産の管理や処分を共同にするということは、その財産を分けるにしても、処分するにしても、全員の同意を得なければ進めることはできません。非常に面倒なのです。

しかも、嘉蔵さんが共同相続財産としたもののなかには、土地や建物、かなりの規模の山林まであるのです。

大番頭の宇一さんが次のようにまとめています。

<一、不動産
イ土地・建物
大阪市東区南本町二丁目二百五十四番地所在、矢島商店の中の間を境とする奥内の土地百六十坪、二階建家屋九十七坪分
大阪府北河内郡八尾所在の農地五反歩

ロ山林
三重県熊野  四十町歩
奈良県吉野  五町歩
三重県大杉谷 百二十町歩
京都府丹波  十町歩>

では、なぜ嘉蔵さんは、これらの遺産分割を相続人に丸投げしてしまったのでしょうか。

その理由のひとつに、やはり戦前と戦後の人々の考え方や文化の違い、そして旧民法から新民法へと変わったことが挙げられると思います。

嘉蔵さんが亡くなったのは、昭和34年です。嘉三さんが共同相続とした財産は、これまではおそらく総領娘が受け継いできていたのでではないかと想像できます。旧民法での相続では問題がなかったと言えます。

しかし、新民法では、子どもたちに平等に財産を遺さなければならなくなりました。とはいえ、代々、共同財産として受け継がれてきた膨大な土地や山を平等に分割することに対して、正直、嘉蔵さんは“お手上げ”状態だったのかもしれません。

“制度”がいい方向に変わったとしても、これまでの慣習やしきたり、価値観、それらに伴う気持ちなど、“人”までもすぐに変えられるわけではありません。

そう考えると、嘉蔵さんの気持ちも分からなくはない、としておきましょう。

「信託」で役割と共有持ち分を明確にする

そこで、嘉蔵さんは共同相続財産をどうすればよかったのか、考えていきたいと思います。

嘉蔵さんには、やはり遺言信託という形をおすすめします。

遺言状には、たとえば次のような信託を遺します。

「共同相続財産の名義を藤代とし、藤代、千寿、雛子の共有持ち分とする。管理は第三者に委託し、管理にかかる費用、税金などの経費を差し引き、利益が生じた場合には3人で平等に分割すること」

つまり、藤代さんを受託者、千寿さんと雛子さんを委託者、そして、藤代さん、千寿さん、雛子さんの3人を受益者とするのです。

※受託者=委託者から、財産を管理したり、その契約内容を執行したりすることを託された人
※委託者=財産を託す人
※受益者=財産を受け取るなどの利益を受ける人

表向きは藤代さん単独の名義になるため、藤代さんの名前で管理も処分もできるということにはなります。しかし、利益が出たら3等分しなければならないということなので、実質的には藤代さんと千寿さん、雛子さんの共有財産となります。

処分するにあたっては、所有権は藤代さん単独なので、共有者全員の同意は必要なく、売却は可能です。仮に単独名義の藤代さんが勝手に売却したとしても、売却したお金は3人均等に分配することになるので、藤代さんが独り占めにすることはできません。

ちなみに、私が藤代さんを財産の名義人、受託者としたのは、総領娘として一応、顔を立てておいたほうがいいのではないかと考えたからです。

また、藤代さんが管理するといっても、実際には山を管理する山守に委託することになるため、藤代さんの負担が重くなるというわけではないように思います。すぐに処分せず共有財産として保有しておくだけなら、こうした信託契約によって当面はもめごとを避けるという方法もあります。

こうした娘3人の信託契約は、嘉蔵さんの生前に行うこともできます。

生前に信託契約する場合は、委託者・受益者を嘉蔵さん、受託者を藤代さんにします。嘉三さんが亡くなったら、「利益は3人で分配しなさい」という内容にするのです。

嘉蔵さんにはこのような信託を使って、分割しにくい財産についても、ある程度の道筋を残しておけばよかったのではないかと私は思います。そうすれば、3人娘の仲違いを少しでも回避できたように思うのです。

【連載】
「犬神家の一族」の相続相談
小説に学ぶ相続争い『女系家族』①――相続争いがはじまる根本的な原因はどこにあるのか
小説に学ぶ相続争い『女系家族』②――財産を次の代に引き継ぐ、相続を考えるタイミング

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この記事を書いた人

弁護士

一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。

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