小説に学ぶ相続争い『女系家族』②――財産を次の代に引き継ぐ、相続を考えるタイミング(4/4ページ)
谷口 亨
2021/08/20
相続を考えるタイミングとは
とはいえ、嘉蔵さんは婿養子ですから、妻の松子さんが亡くなるまでは財産のことに手出しはできなかったでしょう。そもそも2歳下の松子さんが先に亡くなることも考えていなかったのかもしれません。
また、昭和34年の話ですから、相続に関してまだまだ不平等な点が多かった旧民法の影響を色濃く受けていたかかもしれません。
本来であれば、女系一族の総領だった松子さんが亡くなった段階で、相続について考えておく必要があったはずです。
しかし、松子さんが他界したのは嘉蔵さんが亡くなる6年前、しかも、脳梗塞という突然死でした。藤代さん、千寿さんともにまだ結婚しておらず、後継者候補も決まっていなかったのではないかと推測されます。そのため矢島家独特の女系家族の財産を婿養子の嘉蔵さんが引き継がざるをえない状態だったのでしょう。
そして、女系家族の矢島家の財産を預かった嘉蔵さんには、矢島家の財産を次の代に引き継ぐ責任もあったはずです。
財産を次の代に引き継ぐ――そこで求められる考え方があります。それは、
「財産は、持った瞬間に出口を考える」
ということです。これは相続問題を手がける弁護士としての私のポリシーでもあります。
とくに、遺す現金が少ない場合はもめる可能性が高くなります。会社を経営していたり、不動産を多く所有していたりする場合は、なおさらその評価と相続の方法を早めに整理しておく必要があります。
矢島家も資産は多いのですが、現金が多いとはいえません。妻の松子さんが亡くなったときは、次の代が見えていなかったことがあったにせよ、やはり嘉蔵さんが生前に娘たちと話し合う必要があったのではないか。
しかし、それができなかった背景には、戦前から続いてきた婿養子という微妙な立場のせいかもしれません。それも矢島家が抱えた問題点といえるでしょう。しかも、嘉蔵さんの遺言状を読み進めていくと、さらなる相続争いの火ダネになるような一文があります。
〈五、右以外の遺産は、共同相続財産とし相続人全員で協議の上、分割すること。 〉
ただでさえもめるバックボーンがあるうえに、「残りの財産はみんなで話し合って分割してね」という嘉蔵さんの責任放棄ともとれる遺言です。
次回は、被相続人の無責任な遺言がもたらす相続トラブルについて考えていきます。
『女系家族』DVD-BOX
出演:米倉涼子/高島礼子/瀬戸朝香/香椎由宇/沢村一樹/森本レオ/浅田美代子/田丸麻紀 発売元:TBS(2005/12/07発売)
この記事を書いた人
弁護士
一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。