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“らしきもの”があるだけで、人は「真実」と思い込まされる(2/2ページ)

遠山 高史遠山 高史

2020/11/18

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都合の良すぎる情報と人は信用するな

売り上げ下落の原因は、Y氏の怠惰によるところが大きい。

取引は、商品を売り込むだけが仕事ではない。むしろ、アフターケアの方が大切で、好調な時は、あまり問題にされないが、業績が悪くなればなるほど、こまめな客対応が要求される。そして、それは決まって、面倒くさく、煩わしい物である。Y氏は、クレームがあっても、部下に指示をするだけで、自身は客先に赴くことはなかった。そして、彼が最も部下から嫌われたことと言えば、決断をしないということであった。客の出方をあれこれと分析しだすので、いつまでたっても結論が出ない。部下は、上司の決定がなければ、動きにくくて仕方がない。Y氏の武器であったはずの情報は、常に変化する顧客からの無理難題の前では役にたたなかった。実を伴わぬY氏の言葉は重みがない。部下からは次第に軽視されるようになり、最後には、顧客にまでその発言を疑われるようになった。

結局Y氏の部署は、設立からわずか3年で解体が決まりライバルの部署に吸収され、Y氏は、懇意にしていた下請けに転職することとなった。

昔、とある企業家から「都合の良すぎる人間と文言は、信用しないこと」と教わったことがある。初めのうちは、Y氏のカリスマ的な語りと、いかにも正確でありそうなデータは、部下たちの欲望に響いたのである。が、しかし、時を追うごとに、それは空虚な中身のない物だということが露呈し始め、困難な時期がやってきたとき、まったくと言っていいほど、機能しなかった。

人の心を動かすことは容易である。人々の欲求を満たすようなフレーズを打ち出せばよい。しかし、それのみでは、何も現実に作用しない。それよりも困難なのは、人の心を繋ぎとめておくことである。これには、実を証明せねばならない。

前述の企業家は、「情報から価値を生み出す方法は、自ら行動すること」と付け加えた。

人心を魔術師のように操る方法は無い。情報は唱えれば何か素晴らしい物を召喚できる呪文ではない。氾濫する情報に惑わされることなく現代を泳いでいくためには、発信する側も、受け取る側も、実際に身体を動かし、状況に合わせてトライアンドエラー繰り返すことにつきるようである。

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この記事を書いた人

精神科医

1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。

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