『メインストリーム』/一般の人がSNSでカリスマに そのときに人はどう変わるのか?
兵頭頼明
2021/10/06
©︎2020 Eat Art, LLC All rights reserved.
メディアの移り変わりとそこから生まれるカリスマ
1976年、シドニー・ルメット監督作品『ネットワーク』(日本公開は1977年)が公開され、アカデミー賞作品賞にノミネートされるなど話題を呼んだ。
『ネットワーク』という作品はテレビ界が舞台。アメリカ四大ネットワーク局の一つであるUBSのニュースキャスター、ハワード・ビール(ピーター・フィンチ)は、15年間キャスターを務めた報道番組を降板させられることになった。視聴率の低下が原因である。
報道部門責任者で、ハワードと苦楽をともにした盟友のマックス(ウィリアム・ホールデン)がハワードに降板の件を告げると、ハワードは「生放送中に自殺してやる」と呟く。酒を酌み交わしながらの話なのでマックスは真に受けなかったが、ハワードは次の生放送で「来週で番組を降板だ。来週の生放送中に、私は自殺する」と予告してしまう。
生放送での自殺予告と歯に衣着せぬ反体制発言が思わぬ反響を呼んだため、野心に燃える若き女性プロデューサー、ダイアナ(フェイ・ダナウェイ)はハワードの続投を進言。彼を現代の預言者として祭り上げ、「ハワード・ビール・ショー」を企画する。番組は大ヒット。ハワードは大衆のカリスマとなってゆくという物語である。
『ネットワーク』公開時は、まだインターネットやSNSなるものが世の中に登場していない。後にインターネットが急激に普及し、とてつもない影響力を持ったことは万人の知るところだ。電通が2020年3月に発表した「日本の広告費」によると、2019年ついにインターネット広告費がテレビメディア広告費を上回る結果となった。
『ネットワーク』はテレビがメディアの王様だった時代のお話である。ハワード・ビールはテレビという巨大メディアが生み出したカリスマであり、怪物だった。いまや、テレビはメディアの王様の座から転落寸前であり、今後ハワード・ビールのようなカリスマ的怪物を生み出すのはインターネットやSNSであろう。そこに注目したのが、本作『メインストリーム』である。
何気ない動画アップから人気YouTuberへ
舞台は、何者かになりたいという夢と野心を持つ人々があふれる街、ロサンゼルス。
フランキー(マヤ・ホーク)はハリウッドに近い場末のバーに務め、うだつの上がらない日々を過ごしている。彼女のささやかな楽しみは、オフの時間に撮影した映像をYouTubeにアップすることだった。
しかし、「いいね」の数が増えることはない。母親からも、そんなことはやめて帰っておいでとたしなめられている。
ある日、フランキーは奇妙な男リンク(アンドリュー・ガーフィールド)と出会う。彼はネズミの着ぐるみをまとい、ショッピングモールを歩く人々に無言でチーズの試食を勧めているが、誰ひとり応じてくれない。フランキーが自分を撮影していることに気づいたリンクは、着ぐるみの頭の部分を外し、彼女に話しかける。素顔のリンクは、なかなかのイケメンだ。
「何を撮っているの?」
「あなたが無視されている様子」
映像を見たリンクは苦笑いし、立ち上がる。通行人を相手に話し始めたリンクの話術は天才的だった。フランキーは立ち止まって大笑いしている人々の様子を夢中になって撮影し、YouTubeにアップ。すると「いいね」の数が急増した。
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リンクのカリスマ性に魅了されたフランキーは、彼女と同じバーに務める作家志望のジェイク(ナット・ウルフ)を巻き込み、本格的に動画制作をスタートする。
「ノーワン・スペシャル(ただの一般人)」と名乗り、型破りでシニカルな言動を繰り返すリンク。その動画はかつてない再生数と「いいね」を記録し、リンクは瞬く間に人気YouTuberに成長。リンク、フランキー、ジェイクの3人はSNS界のスターダムを駆け上がってゆくのだが――。
本作『メインストリーム』は、匿名のネットユーザーがSNSのメインストリーム=主流となる危うさと恐ろしさを描いている。
20年のヴェネチア国際映画祭で、革新的かつ斬新な作品を集めるオリゾンティ部門の作品に選出されているが、ある人物がふとしたきっかけで一般大衆のカリスマとなってゆくというプロットそのものは、むしろ古典的と言えるだろう。
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『ネットワーク』の舞台をテレビからインターネットに置き換え、『傷だらけのアイドル』(1967)のプロットをまぶしたような作品だ。ちなみに『傷だらけのアイドル』は、本人の意思とは関係なく組織的な力によってスターに仕立て上げられ、利用されてゆく歌手を描いたイギリス映画である。
コッポラの孫、ジア・コッポラの手堅い演出
監督は、本作が長編第二作となるジア・コッポラ。彼女は『ゴッドファーザー』(1972)や『地獄の黙示録』(1979)の監督フランシス・フォード・コッポラの孫にして、『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)や『SOMEWHERE』(2010)の監督ソフィア・コッポラの姪である。ジア・コッポラの演出は手堅く、奇をてらったところはない。
気まぐれなネット住人たちの間で名声を得ることに快感を覚えながら、自分を愛してくれない男を愛してしまった女。その女を陰から支える男。そして、暴走するカリスマ。彼らの姿が丁寧に描かれてゆく。
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リンクを演じるアンドリュー・ガーフィールドは2012年に『アメイジング・スパイダーマン』で主役を演じ、ブレイクしたスターだ。時に不快感を与えながらも万人を魅了する怪しいカリスマを好演している。本作は低予算の作品だが、リンク役を『アメイジング・スパイダーマン』や『ハクソー・リッジ』(2017)のような大作の主演スターが演じたことで、作品に厚みが加わった。
映画は時代を映す鏡である。本作はネット社会に警鐘を鳴らす問題作ということになろうが、むしろ、夢を追い求める“今の”若者たちを描いた青春映画の小品として楽しんでほしい。
『メインストリーム』
監督・脚本:ジア・コッポラ
出演:アンドリュー・ガーフィールド/マヤ・ホーク/ナット・ウルフ/ジョニー・ノックスヴィル/ジェイソン・シュワルツマン/アレクサ・デミー/コリーン・キャンプル
配給:ハピネットファントム・スタジオ
10月8日より公開
公式HP:https://happinet-phantom.com/mainstream/
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この記事を書いた人
映画評論家
1961年、宮崎県出身。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。日本映画ペンクラブ会員。2006年から映画専門誌『日本映画navi』(産経新聞出版)にコラム「兵頭頼明のこだわり指定席」を連載中。