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『BLUE/ブルー』/松山、東出、柄本、それぞれが演じる挑戦者のかたち(1/2ページ)

兵頭頼明兵頭頼明

2021/04/02

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©︎2021『BLUE/ブルー』製作委員会

努力家と天性の才能の2人――それぞれの立場

『ヒメアノ~ル』(16)、『犬猿』(18)、『愛しのアイリーン』(18)など、リアリティあふれる描写で映画ファンを魅了してきた吉田恵輔監督の最新作である。

瓜田信人(松山ケンイチ)は大牧ボクシングジムに所属するトレーナー兼選手。昼間はダイエット目的の主婦たちにボクシングを教え、夜はジムの練習生とともに汗を流すというボクシング漬けの生活を送っている。基本をしっかり身に付け、後輩にも的確なアドバイスができるのだが、いくら努力しても試合には勝てないため、ジム内でも軽く見られている。

一方、瓜田の後輩で親友でもある小川一樹(東出昌大)は抜群のセンスと才能を持ち、日本チャンピオンを狙えるポジションにいた。小川は瓜田のすすめでボクシングを始めたのだが、すぐに天性の才能を開花させて瓜田を追い抜き、瓜田を介して知り合った天野千佳(木村文乃)とも付き合っていた。千佳は瓜田の幼なじみで、瓜田にボクシングを始めるきっかけを与えた女性である。瓜田はずっと千佳に好意を寄せているが、その思いを伝えることができない。

日本チャンピオンのタイトル獲得に向けてトレーニングに励む小川であったが、突然、彼は体の意変に気付く。ボクシングの影響で、脳に障害が発生したのだ。医者からはこれ以上ボクシングを続けることはできないと宣告され、千佳は引退してほしいと懇願するが、チャンピオンを目指す小川は聞く耳を持たない。

千佳は瓜田に説得を頼むが、自分には手の届かない高みを目指している小川を止めることはできないと断られてしまう。千佳はなお、小川と同じ立場になっても同じことが言えるのかと食い下がるが、彼と同じ強さが手に入るのならばどんな犠牲も払うと答える瓜田に、何も言えなくなってしまう。

やがて、小川に日本タイトル戦の話が舞い込む。同じ日に、負け続きの瓜田にもデビュー選手との対戦が組まれることになった。小川は瓜田に問いかける。

「この試合に勝ったら、千佳と結婚しようと思います。勝ってもいいですか?」

瓜田と小川は、それぞれの思いを胸にリングへ上がってゆく――。

本作にはもう一人、魅力的な人物が登場する。ゲームセンターに勤務する冴えない男、楢崎(柄本時生)である。

楢崎は同じ店で働く女性に片思いしているのだが、ある日、中学生の客とトラブルになり、ボコボコにされてしまう。彼は咄嗟に「ボクシングをやっているから素人には手を出せなかった」と嘘をついてしまう。引っ込みがつかなくなった楢崎は、その足で大牧ボクシングジムを訪れ、トレーナーの瓜田に出会うのだ。

楢崎は本気でボクシングに取り組むつもりはないので、瓜田に“ボクシングをやっている風”に見える程度にトレーニングしてほしいと頼む。片思いの女性の前でボクサーらしく見えれば、それでよいのである。全く不純な動機でボクシングを始めた楢崎であったが、瓜田との日々の練習やチームメイトとの関係を経てボクシングに魅了され、真剣に取り組んでゆくことになる。

楢崎の存在は映画のトーンが重くなりすぎることを防ぐ抑止力となっているが、緊張した場面や感情を一瞬和ませる脇役、いわゆるコメディ・リリーフという役どころではない。楢崎は作品全体のトーンを柔らかくする柔軟剤のような存在であり、役柄のウエイトも瓜田、小川、そして千佳の3人と変わらない。楢崎を含めた4人の登場人物によって本作のトーンは形作られているのである。

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この記事を書いた人

映画評論家

1961年、宮崎県出身。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。日本映画ペンクラブ会員。2006年から映画専門誌『日本映画navi』(産経新聞出版)にコラム「兵頭頼明のこだわり指定席」を連載中。

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