南房総の里山とそこに住む人への恩返し
馬場未織
2016/01/05
助けてもらってばかり、お返しができない
週末田舎暮らしでは、不慣れで不器用なわたしたちはしょっちゅう近所の方に助けてもらっています。
土いじりもまともにしたことのなかったわたしに畑のつくり方を教えてくれたり、イノシシの被害が酷くて落ち込んでいると「畑をネットで囲うだけでもマシだっぺ」と杭やネットを持ってきてトンカントンカン一緒に作業してくれたり、土手からスパイダーモア(手押しの草刈り機)が自分もろとも滑落して途方に暮れていたら「ちょっと待ってろ」とトラクターで駆けつけてくれたり、地域で決められた期日までに草刈りが終わらずひーひーしている時に助けてもらったり。他にもいろいろ、数えきれません。
「本当に…ありがとうございます!」と感謝すると「お互いさまだからよぉ」と返されます。
うーん。
お互いさま、に、なってない。
ご近所さんを手助けできる立場に立てたことはあるだろうかと振り返ると、そんなこと滅多にありません。農作業を手伝おうにも自分のところの作業もおっついていないのがバレバレだし、収穫した野菜をお裾分けしようにもご近所さんのできばえのほうがいいし、東京で買ったささやかなスイーツを渡したりすると「じゃあこれ持ってって」と逆にどっさり野菜をいただいてわらしべ長者になってしまう。
どうやって、お返しすればいいんだろう!?
里山の未来の担い手を、南房総で育てよう
「子どもの声がするだけで嬉しいもんだ」と言ってもらうと、ようやく少しほっとします。うちの集落は、ほんの数世帯しかありません。ずいぶん以前は子ども会を運営していたほど活気のある集落だったそうですが、現在は子どものいる世帯はわたしたちだけ。
この集落を含め、田舎の過疎化や少子高齢化はどんどん進んでいます。10年後、20年後に、果してここはどうなるか。来るべき未来に対し、ぼんやりとした不安がわきあがります。
もし、わたしたち二地域居住者がすこしでもできることがあるとすれば、わたしたちのように地域外から訪れる人たちにここを愛してもらうこと。そして地域内外の人たちが共にこの土地の豊かさを守っていく動きをつくること。
そんなことではないだろうか。
身近でたくさん助けてくださっている方たちへの恩返し、それから里山や南房総そのものへの恩返しができればという思いから、「南房総リパブリック」という任意団体をつくったのは、二地域居住を始めて4年目になる2011年5月のことでした。
メンバーは16人、南房総在住の農家さんや市役所職員の友人らと、東京在住の建築家、造園家、ウェブデザイナーなど得意の違う多種多様なメンツです。いろいろな興味や角度から南房総のよさを再発見していく仲間として、これまで南房総には深い縁がなかった人たちも一緒に動き出しました。
願いを、具体的な形にしていくということ
最初の企画は、忘れもしない2011年4月。里山にある野草を、見極めて、摘んで、食べてみよう! という親子参加の自然教室でした。リーダーは、南房総リパブリックの理事で農家の本間秀和さん。
彼との出会いは衝撃的でした。素晴らしい生きもの写真と的確な説明のあるブログを書いている人が、この地域に住んでいるらしいと知り、のこのこ会いに行ったのです。農家の後継ぎとしてUターンしてきた本間さんは、東京農工大学で植物学を専攻していた生きもの博士。「このチョウはなに?」「ルーミスシジミだよ」。息子の疑問に次から次へと答えている様は圧巻でした。親には絶対与えることのできない豊かな知識が息子に注がれると、目の輝きが変わるのがわかりました。この感動はわたしたち家族にとどめておくのはもったいないと思い、都市に住みながらも自然環境を欲する親子を集めて自然教室をやるのはどうか、と始めたのがきっかけです。
この自然教室は「里山学校」として通年で行なわれるようになり、NPOの大きな柱の事業となっていきました。季節ごとに里山を楽しみ学ぶ内容となっており、今では人気プログラムは募集告知後1時間で満員御礼となることもあります。
http://mb-republic.com/satoyama.html
また、南房総の美味しい野菜を東京でも食べたい、という東京在住者たちの願いから、目黒区洗足に「洗足カフェ」というコミュニティカフェをつくりました。毎日違うオーナーが厨房に立って料理を提供するという“日替わりオーナー制”を導入し、毎日通っても違う料理が食べられる、という近所の食堂としてお年寄りから赤ちゃん連れまで幅広く使われるようになりました。
http://mb-republic.com/cafe.html
今では、そのオーナーのひとりが店を引き継ぎ、とっても美味しい中華料理を出す「シノワ レッセフェーズ サクシード アズ 洗足カフェ」というお店として親しまれています。
さらに、自分たちの拠点として「三芳つくるハウス」というオフグリッドの手づくりビニールハウスを運営したり、最近では南房総市内の空き家調査を市や大学と協働で進めたりと、南房総での住まいの形を探る事業も進めています。
http://mb-republic.com/activities.html
わたしたちの活動の特徴は、「はじめは縁もゆかりもなかった土地に、次第に愛着を持ち、かけがえのない関係をつくっていく」というところにあると考えています。そこには数えきれないほどの失敗があり、反省があり、それでも次につなげていきたいと思う喜びや、それを分かち合う仲間があります。
二地域居住や移住は、まさにヨソモノから始まる暮らしです。この連載ではこれから、自分の見つけた「はじめは縁もゆかりもなかった土地」で新たな暮らしをつくっていきたい人たちへの応援として、私が経てきたさまざまな問題への解決方法や、進め方の選択肢など、迷った時困った時にヒントとなるようなアクションプランを伝えていこうと思います。
基本は、まずやってみること。やってみた後考えてみること。喜びも苦悩も、実践の中にある。迷った時には、この連載を読みながら「失敗したって死にゃしない!」と元気出してください。
この記事を書いた人
NPO法人南房総リパブリック理事長
1973年、東京都生まれ。1996年、日本女子大学卒業、1998年、同大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2014年、株式会社ウィードシード設立。 プライベートでは2007年より家族5人とネコ2匹、その他その時に飼う生きものを連れて「平日は東京で暮らし、週末は千葉県南房総市の里山で暮らす」という二地域居住を実践。東京と南房総を通算約250往復以上する暮らしのなかで、里山での子育てや里山環境の保全・活用、都市農村交流などを考えるようになり、2011年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市役所公務員らと共に任意団体「南房総リパブリック」を設立し、2012年に法人化。現在はNPO法人南房総リパブリック理事長を務める。 メンバーと共に、親と子が一緒になって里山で自然体験学習をする「里山学校」、里山環境でヒト・コト・モノをつなげる拠点「三芳つくるハウス」の運営、南房総市の空き家調査などを手掛ける。 著書に『週末は田舎暮らし ~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』(ダイヤモンド社)、『建築女子が聞く 住まいの金融と税制』(共著・学芸出版社)など。