都市では得られない田舎暮らしの喜び
馬場未織
2016/01/04
ドアツードアで1時間半、着いた先は深い田舎
1週間の仕事や学校が終わる金曜、夜。
やーれやれ、とみんなのちょっと気持ちがゆるむこの時間に、わたしたち家族はもうひとふんばり。宿題やら、季節の着替えやら、カメラ、パソコン、ネコ2匹、そして子どもたちを車に乗せて東京の家を出発し、キラキラの街あかりを抜けて南房総へと向かいます。
東京湾アクアラインで海の上を突っ切って、館山自動車道で房総半島を一気に南下すると、南房総の里山の山肌に張りついた我が家に到着です。満天の星空に、月明りでできた影。車中でうとうとしていたこどもたちは「もうついた?」と眠い目をこすります。東京の家から、ドアツードアで1時間半。たったそれだけの移動時間で、田んぼからカエルの合唱が聞こえる環境にワープできるのです。
南房総への行き来を、億劫に感じることはそれほどありません。
移動時間の短さもさることながら、週末に暮らす場所を変えることで、心も体も深くリラックスし、深くリフレッシュするようです。また、がらんと人のいない家に帰ってくるとはいえ、外では育てている野菜たちが待っています。土を掘れば、虫たちと会えます。今年からは、冬場は長野の養蜂家さんの受け入れも始めましたので、ミツバチも待っています。人以外の生きものたちにたくさん出会えるこの環境は、生きもの好きの息子に親が「与えてあげた」つもりでしたが、今ではわたし自身が誰よりも満喫しているという次第です。
オトナも子どもも一緒になって興奮する
そう、親が親たる指導力を発揮するというポジションにいないのが、我が家の状態です。
なぜならば、田舎暮らしにおいては親も子もなく、何もかもスタートラインから一緒に学び、発見し、感動する仲間になるからです。
うちの敷地に隣接している平久里川という小さな川があるのですが、夏はよくそこでガサガサをします。ガサガサとは、網で川底に「ガサガサ」と突くことで岩影や水草に隠れた魚が飛び出したところを捕まえる遊びですが、これが本当に面白い。子どもたちは網を片手に、水面を見つめてガサガサ、ガサガサ。時間を忘れて夢中になります。
それをほほえましく見守っているかと思いきや、親も見ていたら我慢ができなくなるのです。自分もやりたくてやりたくて。
「ちょっっっとその網、貸してくれる?」とお願いして、一度手に持つともうだめです。ウグイ、ギバチ、シマドジョウ、ヨシノボリ、オタマジャクシ、ヤゴ……捕まえるのってこんなに楽しいのか。「ママもう返してよ」とこどもに怒られるのですが、オトナが目の色を変えて真剣に楽しんでいる様子を見ると、子どもたちも一層気合いが入ります。
「つかまえた!」という声にわっと集まり、ケースに入れた魚を食い入るように見つめる。「シマドジョウだな」「ちがう、ホトケドジョウだよ」「まじか!」「ヒゲみてごらんよ」と、図鑑まで引っ張り出して大騒ぎ。オトナとこどもが目線の高さを同じくして、一緒になって自然を遊び倒す時間です。
大地と関わる暮らしは、学びの宝庫
そしてもちろん、楽しいことばかりではありません。
自然相手の暮らしですから、都会暮らしでは味わうことのない苦労もいろいろあります。その代表作業が、草刈りです。
温暖湿潤な南房総は野菜や果物がよく育つことで有名ですが、同じく、雑草も本当によく育ちます。先週頑張って刈ったのに、2週間たてばすっかり元の木阿弥……都会だって、草むしりが面倒だからとレンガを敷き詰める家があるくらいですが、田舎では全面土ですからね! その作業量たるや推して知るべしです。決して軽くはない刈払い機を肩に背負い、端から刈る、刈る。土手の法面にぞぞっと伸びたセイタカアワダチソウも踏ん張って刈る。汗だくで刈る。まさに体力勝負です。
じゃあこれが、嫌でしょうがない作業かといえば、一概にそうともいえません。
足元でひょこっと跳ねるカエルやバッタ、たまには野ウサギもいたりして、それを目で追いかけているだけで飽きません。たまに刈払い機を放り出して本当に追いかけてしまいます。刈った草からは緑の濃い匂いが立ちのぼり、匂いの違いで植生を五感で感じたり。まさに、自然と交わる作業です。
春から秋にかけては、早朝から日暮れまで、集落のそこかしこで刈り払い機のエンジン音が響いています。自分の家だけでなく、公道の道端の草刈りも集落の人たちで集まって自分たちで行なうのですが(この作業を「道普請(みちぶしん)」といいます)、自分の親くらいの歳のおじいさん、おばあさんも刈払い機を担いで作業しているのを見ると、田舎の人のたくましさに惚れ惚れします。
里山に住まう誰もがこうやって、何十年も何百年も土地に手を入れ続けていることで、美しい田園風景はつくられているということを、ここで暮らして初めて実感しました。たかが「じぶんちの野良仕事」ですが、それがひとつながりになって、日本の美しい田園風景はつくられているという事実。そんなこと、旅行で田舎に行った時に車窓から景色を見ているだけでは、到底想像できませんよね。
自分が土地と関わることで、さまざまな想像力を持てるようになるというのは、オトナになってからの貴重な学びの機会だという他ありません。
暮らすことそのものに充実感があるのは、幸せなことです。
めんどくさいなあ、と思うことがまったくないかといえばウソになりますが(笑)、プラスマイナスで圧倒的にプラスです。だからこそ、わたしたち家族の二地域居住は無理なく続いているのだと思います。
また、この里山での暮らしでの思いをベースに、NPO法人を発足するに至りました。活動を始めてかれこれ5年になるのですが、その話は次回にしましょう。
この記事を書いた人
NPO法人南房総リパブリック理事長
1973年、東京都生まれ。1996年、日本女子大学卒業、1998年、同大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2014年、株式会社ウィードシード設立。 プライベートでは2007年より家族5人とネコ2匹、その他その時に飼う生きものを連れて「平日は東京で暮らし、週末は千葉県南房総市の里山で暮らす」という二地域居住を実践。東京と南房総を通算約250往復以上する暮らしのなかで、里山での子育てや里山環境の保全・活用、都市農村交流などを考えるようになり、2011年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市役所公務員らと共に任意団体「南房総リパブリック」を設立し、2012年に法人化。現在はNPO法人南房総リパブリック理事長を務める。 メンバーと共に、親と子が一緒になって里山で自然体験学習をする「里山学校」、里山環境でヒト・コト・モノをつなげる拠点「三芳つくるハウス」の運営、南房総市の空き家調査などを手掛ける。 著書に『週末は田舎暮らし ~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』(ダイヤモンド社)、『建築女子が聞く 住まいの金融と税制』(共著・学芸出版社)など。