二地域居住をするために家よりも大事なもの
馬場未織
2016/01/15
買うか、借りるか
いろいろ迷ったけど、やっぱり、二地域居住を始めてみよう。
そう思ったらすぐ始めるのが、おそらく不動産探しではないかと思います。さて、売買物件と賃貸物件、どちらにするか?
たとえば、月5万の物件なら借りることができる場合。800万円の物件を購入すれば、月5万の物件を14年借りるのと(ローンを組む場合の金利は無視して)ほぼ同等の出費ですよね。14年経つということは、現在35歳の人が49歳になるということ。もし子どもが5歳だったら、14年後は19歳になっています。子育て二地域居住→夫婦二地域居住、という変化が途中で生じるでしょう。さて、そんな変化も楽しみながら暮らしをつくっていきたいと、思えるでしょうか。
「そういえば子どもの受験もあるし、10年くらいで一旦区切りをつけるか」というなら賃貸で始めるのがいいかもしれません。「子育てもそうだけれど、自分の軸足も田舎に置きたい」というのであれば、定年まで30年で家賃2.2万円になりますから、購入のほうが得です。
このように、動機や継続感などによってどんな選択肢がベストか、ちょっと深く想像してみるといいかもしれません。ただ二地域居住の場合は、誰に頼まれたわけでもないのにわざわざ選ぶライフスタイルですから、家選びも理想を追求する向きがあると思います。となると、「うちは賃貸じゃなきゃ無理」とはじめに決め込まず、全方向的に可能性を追求するのがベストでしょう。
農家資格という厳しいハードル
わたしは残念ながら賃貸二地域居住をしたことがありませんから、物件購入時の体験を参考までにお伝えしようと思います。
二地域居住を始めた9年前は、賃貸の田舎暮らし物件というものがいまほど充実していませんでした。ですので、圧倒的に数の多い売買物件を中心に検索し、不動産めぐりをしていました。たまに賃貸物件も探したりしましたが、わたしたち家族が求めていた500坪程度のスケールの土地は、当時ほとんどなかった記憶があります(結局、8700坪という桁外れに広い土地を買ってしまったのですけれどね!)。
親族や知人からは、購入に関していろいろ心配されました。「田舎の土地は資産価値がないから、財産として子に残すものにはならない」とか、「路線価のつかない場所だから、提示価格だって信用できない」とか、「もし失敗したら取返しがつかない」とか。
それらは確かにわたしたちの不安の一要素でした。売買価格については指摘通りかもしれず、同じ物件でも不動産屋によって価格が大きく違うことがありました。あまりに高く売り出している不動産屋があったのでよく見てみると、『農地取得についての手続きなどは当方が請負います』といった文言があったのです。
実は、わたしたちの手に入れたい土地には“農地”が入っていたため、買い主が農家資格を取得しないと取引できないという厳しいハードルがありました。そのため土地購入後も農地部分はしばらく“仮登記”状態のままで、2年ほど農地管理の実績を積み、ようやく地域の農業委員会より農家として認められて、本登記に至ったという次第(つまりわたしの名前は農家基本台帳に掲載されています)。まあ、当時は割りと気を揉みましたし、そこそこ苦労はありました。
話は戻りますが、それらの苦労は買い主さんはしなくていいですよ、というのがこの不動産屋の言い分でした。一体どんな方法で、一般的にはすべき手続きをせずに農地が取得できるのか? そして、その不動産価格の大きな上乗せ部分は何に使われるのか?
気になってしかたないので、この不動産屋に電話をしてストレートに聞いたところ、よくわからない強気の発言(だったらいま検討中のほかの人に売ります! だの)が繰り返されて、電話を切られてしまいました。今思えば、その不動産屋を通さなくて本当によかったです。
暮らしを楽しむ努力ができますか?
物件価格については、慎重に調査したり、場合によっては値切る手間もかけたほうがいいでしょう。
また、「失敗したら取返しがつかない」というのもあたっています。大枚はたいて、残ったのは資産価値もなければ使いもしない土地家屋だなんて、大失敗です。ただ、だからこそ、「絶対、失敗にはしない」といういい意味でのプレッシャーにはなりました。
失敗にはしない、というのは、平たくいえば「暮らしを楽しむ努力をする」ということです。田舎暮らしには、消費の快楽とはまったく違う価値があります。アウトドアがメインの暮らしになりますから、慣れない草刈りをしたり、イノシシの被害に遭ったり、古民家では特に冬寒かったりと、見方によっては“しんどい”局面も少なくありません。それを、田舎暮らしの醍醐味だと思って楽しむことができるか、どうか。
意志の弱いわたしは、賃貸であればひょっとしたら「あー大変すぎるわー。やめよっかなー」と思うことがあったかもしれません。でも、家を買い、土地に根ざし、地域の方々とゆっくりじっくりつき合うというなかで、暮らしを楽しむスキルがメキメキ上がり、同時に地域に対する愛着と責任感が生まれてきました。時間をかけて、そうした心が育ったひとつの背景には、物件を“購入した”ことによる覚悟があると思っています。
家ではなく、「体験」を手に入れる
いまは、賃貸でも面白い物件が増えてきました。古民家1棟月々2万円という物件をふたりで使い、ひとり当たり月1万円で田舎暮らしを満喫している友人もいます。また、素敵な賃貸オーナーの暮らしに憧れて入居者選抜に挑み、見事念願の部屋を借りられた友人も。あるいは、更地の土地を借りて、そこにテントを建てて暮らしているというちょっと変わった人もいます(結局その場所が気に入って、購入して小屋を建てていましたが)。
でも、実は二地域居住でもっとも大事なのは、家そのものではないかもしれません。もっとも大きなポイントは、その暮らしで「どんな体験を得たいか」ということ。そしてそれが、家を得ることに主眼があった“別荘”との大きな違いのひとつではないかと思っています。
財産として価値があるかどうかは、「二地域居住を経て、あなたに何が残るか」で変わってくるでしょう。
この記事を書いた人
NPO法人南房総リパブリック理事長
1973年、東京都生まれ。1996年、日本女子大学卒業、1998年、同大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2014年、株式会社ウィードシード設立。 プライベートでは2007年より家族5人とネコ2匹、その他その時に飼う生きものを連れて「平日は東京で暮らし、週末は千葉県南房総市の里山で暮らす」という二地域居住を実践。東京と南房総を通算約250往復以上する暮らしのなかで、里山での子育てや里山環境の保全・活用、都市農村交流などを考えるようになり、2011年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市役所公務員らと共に任意団体「南房総リパブリック」を設立し、2012年に法人化。現在はNPO法人南房総リパブリック理事長を務める。 メンバーと共に、親と子が一緒になって里山で自然体験学習をする「里山学校」、里山環境でヒト・コト・モノをつなげる拠点「三芳つくるハウス」の運営、南房総市の空き家調査などを手掛ける。 著書に『週末は田舎暮らし ~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』(ダイヤモンド社)、『建築女子が聞く 住まいの金融と税制』(共著・学芸出版社)など。