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牧野知弘の「どうなる!? おらが日本」#10 東京にも「街間格差」の時代が来る

牧野 知弘牧野 知弘

2019/07/01

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20年間で激変、東京の住宅事情

東京の住宅事情はここ20年ほどの間にずいぶん変わった。その原因は人々のライフスタイルの変化と都心部での住宅供給力のアップだ。

男女雇用機会均等法の改正による夫婦共働きの進展は、住宅マーケットにおいては世帯における住宅購買力を一気に高める効果があった。これまでの主流だった専業主婦世帯では住宅ローンは夫が返済するもの。夫の収入の範囲内でしかローンは組みようがなかった。だがこれに妻の収入が加わることによって、今まででは考えられなかった高額の住宅ローンが組めるようになった。

また、90年代の後半以降、超円高などを原因として産業構造が変化、東京の湾岸部にあった工場や倉庫などが次々に撤退したことでデベロッパーやゼネコンがこうした土地にタワーマンションなどを建設分譲、都心部における住宅の供給力を大幅に高めることができるようになった。

夫婦共働き世帯では、夫婦ともに会社に通勤しやすい街に住むのが最優先課題。住宅選びで最も重視されるのは住環境というよりも交通利便性ということになった。郊外住宅地の人気は薄れ、代わってJRなどの主要路線のターミナル駅が人気を呼ぶようになった。

令和の時代になり、東京は来年には五輪という宴を迎える。ではこうした状況は五輪後も続いていくのだろうか。このことに答えるためにはこれからの東京の不動産をめぐる環境がどのように変化するのかを見極める必要がある。

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限界を迎える東京の「集客力」

人が集まる街は不動産が上がる、これは不動産を業としている人ならば誰しもが実感することだ。だが、東京都の発表によれば東京都の人口はおおむね2025年ごろがピークでその後は減少を始めるという。都区部に限ってみても2030年頃から人口は減少する。エリアにもよるが、これまで一方的に人を集めてきた東京の「集客力」はそろそろ限界を迎える。その原因は住民の高齢化だ。

東京都の高齢者人口推計によれば、2017年9月15日現在の都区部における65歳以上の高齢者人口は201万1千人と初めて200万人の大台を超えた。この数値は20年前の約1.7倍に及ぶ。しかもこのうち75歳以上の後期高齢者の人口は101万人。なんと高齢者の半数以上が75歳以上の後期高齢者だ。

時間軸をあと10年から20年先へと引き伸ばしてみよう。都区部において大量の相続が発生することが容易に予測できる。そして相続人の多くはすでに家を所有している世代。親の家に住む人もいるだろうが、これを賃貸や売却に出す人が多いはずだ。

もうひとつの環境変化が、都区内に多く眠る農地だ。今でも世田谷区や練馬区を歩くと多くの都市農地を見ることができる。これらの農地は生産緑地制度に登録した土地が多く、固定資産税が宅地並み課税とはならずに農地並みの課税として取り扱われている。

この生産緑地制度に登録するには農業を30年間継続することが条件となっており、東京都内では約3300 haが生産緑地に登録されている。都区部では練馬区は189 ha、世田谷区でも95 haもの土地が生産緑地となっているのだ。

この営農30年の期限が最初に到来するのが2022年だが、現在登録されている生産緑地のおよそ8割が同年に期限切れを迎えるとされている。期限満了と同時に売却や賃貸アパートなどとしてこれらの土地がマーケットに供給されると東京の地価は、供給圧力に押されて大幅に下落する可能性が囁かれている。

生産緑地制度の期限延長や条件の緩和などがすでに打ち出されてはいるが、生産緑地所有者世帯の多くで高齢化が進み、円滑な事業承継が進んでいないのが実態だ。また期限切れの生産緑地を借り上げて農業を営む法人個人がどれだけ出現するかも不透明だ。

次ページ ▶︎ | 相続ラッシュによる物件の大量供給

相続ラッシュによる物件の大量供給

これから東京都内では相続ラッシュが起こる。そして意外と多い生産緑地の一部が賃貸や売却といった形でマーケットに拠出されてくる。いっぽうで東京の人口増加ペースは鈍り、2025年を境に減少に転じる。人が集まらなくなることはそれだけ住宅に対する需要が減退するということに直結する。

もちろん住宅は人口だけで決まるものではない。これまでの日本は人口の増加ペースが鈍っても、世帯数は増え続けてきた。ライフスタイルが変化し核家族や単身世帯が増えた結果、日本の世帯数は増え続け5340万世帯(2015年国勢調査)になっている。しかし、国立社会保障・人口問題研究所の推定では2023年の5419万世帯を境に日本の世帯数は減少に向かうとされる。

これからの日本は高齢者の単身世帯は増加するが、高齢者の多くはすでに住宅を所有しているケースがほとんどで新たに住宅を買うあるいは借りる層ではない。そして若者人口が減少するということはやはり住宅に対する実需が減らざるを得ないことを意味する。「供給が増えて、需要が減る」ということは、価格は下がる。経済学の基本中の基本である。

いっぽうで都内の不動産価格が下がるということは住宅を選ぶ側から見れば朗報だ。賃貸でも購入でも都内の不動産は選り取り見取りになる。つまり都内の不動産は「借手市場」「買手市場」に転換するのだ。

都内での住宅選びの自由度が高まるということは、都内における住宅選びの審美眼が上がることを意味する。今まではとにかく交通利便性だけを重視して会社にアクセスしやすい住宅を選んできた人々が、落ち着いて都内に「住む」ということを様々な角度から「考える」ようになるだろう。

中古住宅や土地が大量にマーケットに出てくれば、これまで新築マンション広告を、目を皿のようにして眺めていた顧客が、立地の良い暮らしやすい街を選択するようになるだろう。これまでは「会社ファースト」で住宅選びを行ってきたのが、テレワークが主流となり必ずしも毎日朝9時から夕方5時まで会社にいなくてもよくなれば、通勤という概念から離れ、一日のうち長い時間を過ごす、自分が住む街の魅力度を精査するようになるだろう。

こうした動きはこれまでの鉄道一本やりだった交通手段に対する考え方をおおいに変える可能性を秘めている。駅から徒歩何分という選択肢ではなく、自分たちの住む街の環境や機能にも目を向けるきっかけになるのである。

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これからは「街の質」を選ぶ時代

都内でも駅からは遠くとも意外と緑などの自然環境が豊かな住宅地はたくさんある。とても都内とは思えないような静かな住宅地もある。必ずしも湾岸タワーマンションに住んで、無理に着飾った生活を送らずとも都内にはすでに良い街がたくさんあるのだ。

デベロッパーが謳う新築マンションのポエムのような宣伝文句だけに惑わされずに、じっくり街選び、住宅選びができるようになるのがこれからの東京だ。

こうした住宅選びの環境の変化は、これまでのなんでも「東京はいいね」といったステレオタイプな価値観にも大きな変化を生じさせるだろう。人々が住宅選び以上に街を選ぶようになるからだ。同じ行政区にあっても、街の質を選ぶ時代になるのだ。

夫婦が街の中にある保育所に子供を預け、街の中にあるコワーキング施設で夫婦会社は違っても、一緒に働き、先に終わったほうが子供を迎えに行き、買い物をする。街で遊び、街を楽しみ、街で寛ぐ。通勤がなくなるということは自分たちが住む「街」という生活ステージの選択が重要となるのだ。

世田谷区だから「勝ち組」だとか、足立区だから「微妙」とかいう価値観は希薄化し、街のブランドも変わってくるだろう。つまり現代人が必要とする機能を備えた街が新たなブランド街としての頭角を現す時代になるのだ。

都内にあっても街間競争に敗れた街は、空き家が増え、地価は大幅に下がるだろう。駅前というアドバンテージだけでは人を集められなくなる街も出現することだろう。そしてこうした時代の到来は、人々の住宅環境に対する意識を高め、街の環境をよくするためのコミュニティの醸成に尽力する地域社会を作り出すことにつながるはずだ。思いもよらぬ街に人気が集まることも考えられる。ここに未来の東京の顔が見えてくる。

そうした意味ではこれから住宅を選ぶことになる若い東京人は幸せだ。これまで人生で稼ぐカネの多くを家という「ねぐら」につぎ込まざるを得えなかったものが、自分を磨く別のものにも使えるようになるのだ。きっとそのとき東京に住む人々の生活はもっと豊かなものになるはずだ。

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この記事を書いた人

株式会社オフィス・牧野、オラガ総研株式会社 代表取締役

1983年東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し経営企画、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT市場に上場。2009年オフィス・牧野設立、2015年オラガ総研設立、代表取締役に就任。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題 ――1000万戸の衝撃』『インバウンドの衝撃』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)、『実家の「空き家問題」をズバリ解決する本』(PHP研究所)、『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『マイホーム価値革命』(NHK出版新書)『街間格差』(中公新書ラクレ)等がある。テレビ、新聞等メディアに多数出演。

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