ウチコミ!タイムズ

賃貸経営・不動産・住まいのWEBマガジン

「事故物件ガイドライン」――ガイドラインとは異なる事例の場合

藤戸 康雄藤戸 康雄

2021/11/29

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

イメージ/©️ken・photoAC

人の死の告知に関するガイドライン

2021年5月に「人の死の告知に関するガイドライン(案)」が発表され、その後パブリックコメント募集などの手続きを経て、21年10月に正式に制定された「人の死の告知に関するガイドライン」。ちまたでは、通称「事故物件ガイドライン」と呼ばれている。

本稿では繰り返し出てくるので単に「ガイドライン」として触れていきたい(ガイドライン本文中では「本ガイドライン」と記されている)。ただ、既に正式発表から1カ月が過ぎ、多くの専門家がネット上で解説しているので、ガイドラインそのものの内容の解説などではなく、ガイドラインがあくまでも宅建業者が関わる不動産取引における「事故物件の告知に関する判断の目安」に過ぎないこと、従って、ガイドラインとは異なる判断がありうることなど、ガイドラインの射程するところから外れるような場合について解説したい。

誰が目安にすべきガイドラインか?

いうまでもないことだが、ガイドラインは「宅地建物取引業者」のために制定されたものである。こちらをクリックしてもらえば、表紙部分に「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」と書かれている。そして、本文には、ガイドラインの位置付けとして、

①「宅地建物取引業者の義務の判断基準としての位置づけ」であるとして、具体的には不動産取引に際し、買主・借主が契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす可能性がある事案について、売主・貸主による告知が適切に行われることが重要であるとしながらも、実際の取り引きにおいては、不動産取引の専門家である宅地建物取引業者が売主となる、又は媒介をするケースが多数であり、買主・借主は、契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす可能性がある事項について、宅地建物取引業者を通じて告げられることが多数を占めるのだから、その告知・不告知については「宅地建物取引業者はガイドラインを十分に参考にしたうえで取引に当たるように」と言っている。

②宅地建物取引業者がガイドラインで示した対応を行わなかった場合、「そのことだけをもって直ちに宅地建物取引業法違反となるものではないが、宅地建物取引業者の対応を巡ってトラブルとなった場合には、行政庁における監督にあたって、本ガイドラインが参考にされることとなる」と言っている。ガイドラインは国会で制定された「法律」ではないので当たり前に思われるかもしれないが、実は、宅地建物取引業は国(国土交通省、都道府県)から免許というものを与えられて初めて業務を行える性質から、国の指示や指導に従わない場合は、明確な法律違反でなくとも「行政指導」を受けうる立場にあることがとても重要な部分だ。

③最も厄介なのは、ガイドラインの位置づけのなかでも「民事上の責任の位置づけ」という項目で記載されている事項だ。そこには「個々の不動産取引において、人の死の告知に関し紛争が生じた場合の民事上の責任については、取引当事者からの依頼内容、締結される契約の内容等によって個別に判断されるべきものであり、宅地建物取引業者が本ガイドラインに基づく対応を行った場合であっても、当該宅地建物取引業者が民事上の責任を回避できるものではないことに留意する必要がある」と書かれている点だ。おそらくガイドラインを守っていても取り引きが紛争状態になった場合、宅建業者は「ガイドラインを守っているので問題ない」という対応を取るだろうし、苦情申立てを受けた監督官庁も「納得できない場合は裁判をしてください」というかも知れない。そこで裁判所に紛争が持ち込まれた場合に、ガイドラインを守った取り引きであっても、宅建業者が損害賠償義務を認められる可能性がありますと言っているのだ。

事故物件に関する調査義務はどこまで課せられるのか?

①対象不動産について
「本ガイドラインにおいては、居住用不動産を取り扱うこととする」と言っているが、絶対に勘違いしないでほしいのだが、ガイドラインが定める告知義務や調査義務については、「居住用不動産の場合ですよ」と言っているだけで、店舗や事務所に関して宅建業法上の調査義務や告知義務がないとは一言も言っていない点だ。

②調査の相手と方法
ガイドラインをそのまま引用すると、「媒介を行う宅地建物取引業者においては、売主・貸主に対して、告知書(物件状況等報告書)その他の書面(以下「告知書等」という)に過去に生じた事案についての記載を求めることにより、媒介活動に伴う通常の情報収集としての調査義務を果たしたものとする。この場合において、告知書などに記載されなかった事案の存在が後日に判明しても、当該宅地建物取引業者に重大な過失がない限り、人の死に関する事案に関する調査は適正になされたものとする。調査の過程において、照会先の売主・貸主・管理業者より、事案の有無及び内容について、不明であると回答された場合、あるいは回答がなかった場合であっても、宅地建物取引業者に重大な過失がない限り、照会を行った事実をもって調査はなされたものと解する」とある。

ここでの重要ポイントは、「宅地建物取引業者に重大な過失がない限り」という部分だ。では、どういう場合が「重大な過失」とされるのだろうか?

大家さんが遠く離れた地方在住の方で、物件には管理会社があるものの、自殺などの事故が起こったときの管理担当者が退職するなどして情報の引継ぎがなされておらず、媒介業者が大家さんに確認したところ「管理会社に聞いてください」と言われて、管理会社に問い合わせしたところ、「事故があった情報は知りません」と言われたようなケースを考えてみよう。

自殺のケースと殺人事件のケースを分けて考えてみたい。たとえ担当者が変わっても、管理をしているのは会社なのだから、会社として知らなかったということはできない。だから管理会社には重大な過失があると言えるが、管理会社に問い合わせをした媒介業者にまで重大な過失があるということは難しいと考えるのが普通だろう。だが、ここでのポイントは、遠く離れた大家さんに告知書の提出を求めなかった場合に、重大な過失がなかったと言えるかは判断が難しい。なぜなら、大家さんは退職した前の管理会社担当者から自殺の件を聞いていたかもしれないが、あえて「管理会社に聞いてください」といったかも知れないからだ。

もし事故が「殺人事件で、テレビや新聞で報道されていた」というような場合はどうだろう。不動産屋というものは大抵「地域密着でやっています」というのが普通である。だとすると、地域で起こった重大な事件を知らなかったなどと言える立場にはない。ましてやテレビや新聞で報道されていたなら「知っていて当然」ということになる。

今回、ガイドラインが制定されたことで、それを逆手に取ってくる大家さんや管理会社がいても不思議ではない。ガイドラインでは「宅地建物取引業者が告げなくてもよい場合について」、賃貸借取引の場合に「概ね3年が経過した場合。ただし、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案はこの限りではない」と書かれている。大家さんや管理会社が「事件後の長期空室」を埋めたいと考えるは当然だ。だから大家さんや管理会社の立場からは「事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案ではない」と考えたくなる。

だが、まさに「心理的瑕疵」といわれる事故物件に関する告知事項は、それは買う側や借りる側がどう思うかという点が重視される。媒介業者は地域で起こった「概ね3年が経過した事件を知っている場合に、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案に該当するかどうか」を検討すべき立場にあるのかもしれない。

③インターネット情報などについて
インターネット上に事故物件サイトなるものが登場して以降、不動産取引に関わる人たちが念のために確認することが増えたように思う。

今回のガイドラインでは、「事案の有無に関し、宅地建物取引業者は、原則として、売主・貸主・管理業者以外に自ら周辺住民に聞き込みを行ったり、インターネットサイトを調査するなどの自発的な調査を行ったりする義務はないと考えられる」との記載がある。今後は事故物件サイトを確認していない場合でも、調査義務違反とはならないと考えてよいのだろう。だが、ここでも「宅地建物取引業者に重大な過失がない限り」という部分には十分に気を付けたい。

宅建業者の注意義務・調査義務とは?

ガイドラインでは、「不動産取引における人の死に関する事案の評価については、買主・借主の個々人の内心に関わる事項であり、それが取引の判断にどの程度の影響を及ぼすかについては、当事者ごとに異なるものである」と書かれている。これは文脈から一般論を述べているだけと捉えて読み流す部分かも知れない。

だが筆者は、この部分こそが最重要であると考えている。それは、物件の案内中に買主候補者または借主候補者が、「この物件で過去に自殺や事件はありませんでしたか? 私は霊感が強いのでとても気になるのです」などと言っている場合には、たとえ賃貸借取引であっても「概ね3年」という限定を外して、過去にさかのぼって「なかったかどうか」を調査する義務があると考えた方がよい。ましてや売買の場合はなおさらである。取り引きする金額が大きければ大きいほど、宅建業者の損害賠償義務も大きくなる。お客様から聞かれたことはお客様が納得するような調査や報告が必要となる。

宅地建物取引業法第31条1項に「宅地建物取引業者は、取引の関係者に対し、信義を旨とし、誠実にその業務を行なわなければならない」と規定されている。聞かれたら誠実に調査して答える義務があるのだ。だから、売主や貸主の告知書を取ることは最低限度必要であって、「霊感が強い」と言われた場合には、せめてネットに出てくるような情報くらいは検索し、その正確性などについても別の方法を講じるべきだと考えられる。

【この著者のほかの記事をみる】
アフターコロナ時代の不動産マーケットを大胆に予測する
実家の不動産相続に大きな影響を与える可能性――「おしどり贈与」
実家の不動産相続に大きな影響を与える可能性――「遺留分侵害額請求権」

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

この記事を書いた人

プロブレムソルバー株式会社 代表、1級ファイナンシャルプランニング技能士、公認不動産コンサルティングマスター、宅地建物取引士

1961年生まれ、大阪府出身。ラサール高校~慶應義塾大学経済学部卒業。大手コンピュータメーカー、コンサルティング会社を経て、東証2部上場していた大手住宅ローン保証会社「日榮ファイナンス」でバブル崩壊後の不良債権回収ビジネスに6年間従事。不動産競売等を通じて不動産・金融法務に精通。その後、日本の不動産証券化ビジネス黎明期に、外資系大手不動産投資ファンドのアセットマネジメント会社「モルガン・スタンレー・プロパティーズ・ジャパン」にてアセットマネージャーの業務に従事。これらの経験を生かして不動産投資ベンチャーの役員、国内大手不動産賃貸仲介管理会社での法務部長を歴任。不動産投資及び管理に関する法務や紛争解決の最前線で活躍して25年が経過。近年は、社会問題化している「空き家問題」の解決に尽力したい一心で、その主たる原因である「実家の相続問題」に取り組むため、不動産相続専門家としての研鑽を積み、「負動産時代の危ない実家相続」(時事通信出版局)を出版、各方面での反響を呼び、ビジネス誌や週刊誌等に関連記事を多数寄稿。

ページのトップへ

ウチコミ!