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医療・介護問題だけではない――高齢者の財産管理における「2025年問題」

藤戸 康雄藤戸 康雄

2021/06/28

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イメージ/©️imtmphoto・123RF

コロナ禍でも増えた認知症の行方不明者

先日、警察庁がまとめている「警察に届け出があった行方不明者数」の発表があった。2020年は、コロナ禍の中で外出自粛要請もあってか、統計を取り始めてから最少だったようだがコロナ以前の10年間はほぼ横ばいだった。ところが認知症での行方不明者は、統計を取り始めてから8年しかたっていないが毎年増加しており、統計最初の年(12年)が9607人であったのに対し、20年は1万7565人と、たった8年で1.8倍にもなっている。

目の前に迫ってきた「2025年問題」

医療や介護に携わる人たちだけではなく、不動産業界にいる人たちの間でも、数年前から危機意識をもって「2025年問題」が取り上げられてきたのをご存じだろうか。2025年問題とは、戦後のベビーブームに生まれた「団塊の世代」といわれる日本で最も人口ボリュームのある800万人もの人が全員75歳以上の後期高齢者になり、今ですら国民の医療保険・介護保険の重い負担が更に重くなるという危機感から、各方面において「2025年問題」といわれてきたのだ。

国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」によれば、25年には全人口において65歳以上の高齢者が3人に1人、75歳以上の後期高齢者でも5人に1人の割合になると予測されている。そして、内閣府の推計値によれば、高齢者の認知症有病率は、12年に15%(約7人に1人)だったものが25年には18.5%(約5人に1人)にもなるらしい。あとたった4年で、日本は「3人に1人が高齢者、その高齢者の5人に1人が認知症(かもしれない)」という社会になるのだ。

民法改正で明文化された「意思能力」の重要性

認知症になると何が困るだろうか? 冒頭で紹介したように、行方不明になったら本人はもちろん、家族も心配どころの話ではないだろう。行方不明にならなくても、日常生活でさまざまな問題が発生する。だが、スーパーで野菜を買ったり、ブティックで洋服を買ったりする分には大きな問題はない。昨日も買った大根を今日も買ってもいいし、昨日買った服と同じ服を買っても無駄遣いではあるが、大きな問題にはならない。

認知症になっても病状の程度によっては日常生活における買い物など問題ないとされる場合もあるのだが、高額な商品や不動産の取り引きにおいては、「意思能力の有無」が「契約の有効無効」に大きく影響するから注意が必要だ。

改正前民法では明文の規定がなく判例・通説とされてきた意思能力に関する規定が、20年4月に施行された改正民法3条の2では、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と明文の規定がされたのは、超高齢化する社会に明確な警鐘を鳴らすものといえるだろ

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まったなし! 高齢者の財産管理問題

認知症になれば、程度の差はあっても誰かの介護を必要とする場合が多い。また高齢世帯では、火事の心配や徘徊なども心配になるので、いよいよという時には施設などへの入居が必要になるだろう。

そしていつの世も「先立つものは金」なのだ。施設などに入居するために必要な資金を銀行から引き出したり、やむなく所有する自宅を売却する必要に迫られたりするのだが、そこで大変困った事態になる。銀行は認知症が疑われる人の口座を不正から守るために口座を凍結する=預金を引き出せなくするといわれてきた。

しかしながら、前述した2025年問題などの危機感を抱いてきた政府=金融庁の有識者会議の提言に基づいて、21年3月、全国銀行協会は傘下の各銀行に対して「認知症患者の家族が預金を引き出しやすくするよう」通達を出したのだ。具体的には医師の診断書や面接などで本人の認知能力の低下が認められ、家族が引き出す預金が介護費や生活費、施設入居費など本人の利益になることが明らかな場合に限って、親族らに本人の代わりに預金の引き出しを認めるというものだ。言葉で表すと「なるほど」と思えるが、これらは実際にやるとなると結構骨が折れるものだ。全国銀行協会も「原則は成年後見制度の利用」と言っている。

では、施設などへの入居費用を捻出するために「自宅の売却」をしなければならない場合はどうだろう。既に述べた「民法3条の2」の規定により、認知症になると有効に売買契約をすることができない。その場合は家庭裁判所に成年後見人の選任申し立てを行い、選任された成年後見人が代理人となって売買契約を行うのだが、その場合でも成年後見人の一存では売却できないのだ。家庭裁判所が「本当に自宅の売却が必要か?(認知症といえども)本人の意向はどうか? 家族などの看護の状況や一時帰宅などが可能となった場合の帰宅先の問題、売却金額の妥当性はあるか? 等々」について相当に厳しい審査が行われるという。簡単に許可されるものではないのだ。

そもそも、成年後見人の選任ですら申し立てから選任されるまで3~4カ月はかかると言われる。もし、今すぐ自宅を売って資金を捻出しなければ施設入居費を用意できないとなると、高額な場合が多い施設入居費を家族が立て替えなければならなくなる。その穴埋めに親の自宅=子どもたちの実家を後日売却するとなると、複数の子どもがいる場合は「売る、売らない」「その金額で売るのは納得できない」などのもめ事になりやすい。

認知症対策に有効な財産管理の特徴を知っておこう

認知症は急になるものではなく、徐々に進行していく病気だといわれる。高齢者の5人に1人が認知症になるかもしれないといわれるなかで、大丈夫と思っていてもいつの日か認知症と判断されて、必要な時に預金が引き出せない事態や、自宅を売却したくてもできない事態にならないためにはどうしておけばよいのだろうか? 以下に、一般的に知られている認知症対策のための財産管理制度について紹介したい。

【成年後見制度】
成年後見制度には、判断能力が不十分な状態になってから利用する「法定後見制度」と、本人の判断能力が十分にあるときに、将来判断能力が不十分になったときのために事前に契約して備えておく「任意後見制度」の二通りがある。

①法定後見制度には判断能力の状態に応じて「判断能力が常時欠けている➡成年後見人」「判断能力が著しく不十分➡保佐人」「判断能力が不十分➡補助人」と3つの種類がある。このうち、認知症と診断されて契約ができない人のための制度である成年後見人について気になる点を知っておこう。前述したとおり、家庭裁判所における選任手続きに時間がかかること以外にも、選任されて財産管理が開始されると「管理財産額に応じた月額報酬」が必要となる。基本報酬は管理財産額が1000万円以下で月額2万円、1000万円超5000万円以下で月額3~4万円、5000万円超だと月額5~6万円が目安とされる。決して少ない金額ではない。

また、成年後見人は資格がないとなれないわけではなく、日常的な身上監護も含めて「親身になって面倒を見る」という必要性から、家族、特に同居している家族が適任と考えられるが、そのような家族が成年後見人になった場合に、「本人のための支出」と「家族のための支出」がどうしても混同しやすく、他の家族からは「使い込み」と疑われやすい。そういう観点などもあり、最近では家庭裁判所の選任審判においては家族が選ばれる割合は低下している。最高裁判所事務総局家庭局による直近(21年3月発表)の統計によれば、親族が成年後見人に選ばれた割合は約19.7%にとどまっている。大半は弁護士や司法書士、社会福祉士などの専門職士業が選ばれている。ここで問題となるのは、選ばれた専門家との相性が悪かったりしても、変更などはほぼ認められず、被成年後見人が亡くなるまで同じ人であり続ける点だ。

②これに対して任意後見制度は「後見人を任意に選べる」という利点がある。本人に意思能力がある時点において、自分が信頼できる人(必ずしも専門職士業でなくてもよい)を選べる。家族でもいいし家族以外の親しい友人などでもいい。自分がこの人がいいと考えた人を任意後見人受任者として「公正証書で任意後見契約書を作成する」ことで成立する。

そして、いよいよ認知能力の低下が疑われた時点で、家庭裁判所に対して後見監督人選任申し立てを行い、選任された時点で任意後見受任者は「任意後見人」に正式に認められて、あらかじめ契約で決められた事務を開始することができる。なお、任意後見監督人は法律や身上監護などに関する専門性を求められるため、弁護士や司法書士、社会福祉士などが選任されることになる。任意後見監督人の報酬は家庭裁判所が財産額に応じて決めるが、月額3~6万円と「成年後見人」と同様の費用がかかる。成年後見人と任意後見人を比較すると、任意というだけあって「相性が悪くて困る」ことのない人を選べるメリットがあるものの、認知能力の低下に付け込んだ高額商品の売り付けなどについて、成年後見人は「法的な取消権」を持っているが、任意後見人には取消権がないというデメリットがある。

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【家族信託】
近年、高齢者の財産管理として、あるいは遺言に代わる遺産承継の有効な手法として特に注目されているのが「家族信託」だ。最近は新聞や雑誌で特集記事をみかけることが多くなった。

大きな本屋さんに行くと、何冊もの家族信託解説本が本棚に並んでいる。家族信託とは「信託契約によって、自分の所有している財産を家族の誰かの名義に移してその運用や管理を任せつつ、その財産から得られる利益は自分または自分が指定する第三者に得させること」をいう。財産の管理を任せる人を「委託者」、任せられる人を「受託者」、利益を得る人を「受益者」と呼んでいる。超高齢化社会といわれるようになり、相続問題が脚光を浴びるようになってから、「信託銀行」や「信託会社」も活発に営業活動を行っており、信託業法という法律にのっとって営利目的で信託に関する業務を行う場合を「商事信託」という。これ対して、受け手が家族の場合が多いのだが、必ずしも家族でなくても、非営利すなわち手数料をもらわないで信託に関する業務を行う場合を「民事信託」といい、この民事信託のうち受託者が家族の場合を家族信託と呼んでいるのだ。

成年後見制度と家族信託の大きな違いを2つ挙げておきたい。

①財産を委託する高齢者が意思能力を持っている段階から財産管理ができること

成年後見制度では、法定後見であれ任意後見であれ、いずれも「本人の認知能力が低下した段階(=認知症が疑われる状態)になってから本人の代わりに財産を管理することができる。本人に意思能力がある限り、たとえ本人が希望しても代わりに財産管理を行うことはできない。

②相続税対策や資産運用が可能であること

成年後見人あるいは任意後見人は、本人の財産を管理する場合、本人の利益のために財産を守る義務があるとされ、たとえ本人のためによかれと思って「いま株式市場が好況だから預金を使って株式で運用して財産を増やそう」というような積極的な運用は、財産が減る可能性があるためできないとされている。また、多額の現金があるまま相続が発生すると相続税が多くかかる場合があるが、相続税対策として現金をアパートの土地・建物に変えるというようなことも、「損をする可能性がある」ので原則的にはできない。一方、家族信託で財産管理を任された「受託者」の場合は、信託契約の中で資金の積極運用や土地の有効活用なども入れておくことで可能となる。このあたりの柔軟性が昨今特に注目されているゆえんだ。

家族信託のデメリット
資産運用や相続対策という点では「家族信託が優れている」と思われるのだが、家族信託にもデメリットもある。特に気を付けたい点を2つ挙げておきたい。

①身上監護は行えない

家族信託でできることは、信託契約で規定された財産管理・運用などであって、本人である委託者が認知症になる前もなった後も、任された財産の管理・運用はできるのだが、肝心の「認知症高齢者の面倒をみる仕事は含まれていない」ということだ。認知症高齢者にとっては、財産管理も重要だが、医療・介護の手配など「療養看護」もとても重要だ。受託者が家族という立場で行える範囲は限定される。介護の契約や施設への入居契約は、代理人という法的立場をもつ成年後見人や任意後見人でなければできないのだ。

②信頼できる専門家を探すのが困難

家族信託が注目されてからそれほどの年月が経っていないため、失敗例としての訴訟になったケースでの判例などに乏しく、家族信託を組成するにあたって注意しなければいけない点など不明とされることが多い。法的な点だけではなく相続税などの税務問題も同じく不明な点が多いといわれる。ということは、家族信託について専門家として営業されている方は多くいるが、誰に頼むかがとても悩ましい問題だろう。

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高齢者の財産管理における最も大切なこと

ここまで、認知症になるかもしれない、なってしまった場合の財産管理に関する法的な対応方法を述べてきた。既に読者の中にはいずれかの対処方法をとられている方もいるだろう。だがしかし、いずれの方法も一長一短あることも事実だ。よく研究されれば「複数の方法を組み合わせる」ということも必要かもしれない。最後に私から最も大切なことを伝えたいと思う。それは、認知症になるかならないかは別として、人は誰でもいつかは死を迎える。そのときまで元気でいられればいいのだが、認知症やその他の病気で自分で自由に預金を下ろしたりする行動の自由が利かなくなる場合もあるものだ。そのとき、周りの家族がどうしたらいいのかを元気なうちに家族でよく話し合っておくことが最も大切なのだ。そうすれば、いざその時を迎えても、ここで述べた法的な対処策のいずれかを適切に選ぶことができるだろう。

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この記事を書いた人

プロブレムソルバー株式会社 代表、1級ファイナンシャルプランニング技能士、公認不動産コンサルティングマスター、宅地建物取引士

1961年生まれ、大阪府出身。ラサール高校~慶應義塾大学経済学部卒業。大手コンピュータメーカー、コンサルティング会社を経て、東証2部上場していた大手住宅ローン保証会社「日榮ファイナンス」でバブル崩壊後の不良債権回収ビジネスに6年間従事。不動産競売等を通じて不動産・金融法務に精通。その後、日本の不動産証券化ビジネス黎明期に、外資系大手不動産投資ファンドのアセットマネジメント会社「モルガン・スタンレー・プロパティーズ・ジャパン」にてアセットマネージャーの業務に従事。これらの経験を生かして不動産投資ベンチャーの役員、国内大手不動産賃貸仲介管理会社での法務部長を歴任。不動産投資及び管理に関する法務や紛争解決の最前線で活躍して25年が経過。近年は、社会問題化している「空き家問題」の解決に尽力したい一心で、その主たる原因である「実家の相続問題」に取り組むため、不動産相続専門家としての研鑽を積み、「負動産時代の危ない実家相続」(時事通信出版局)を出版、各方面での反響を呼び、ビジネス誌や週刊誌等に関連記事を多数寄稿。

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