共用部分のタバコの投げ捨ては「割れ窓」と同じ? 犯罪機会論で賃貸経営を斬る
朝倉 継道
2021/09/28
イメージ/©︎suriyawut・123RF
犯罪機会論はあきらめの論理?
「犯罪機会論」が、防犯のための有力な提言として語られるようになってから、かなりの年月が経つ。例えば、その重要な一展開となった「割れ窓理論」が発表されてから、来年ですでに40年にもなるといったところだ。
とはいえ、日本では一部の自治体がこれを防犯行政の柱に据えるなどの実績はありながらも、基本として、犯罪機会論はあまり一般化したようには感じられない。
その理由として、犯罪機会論においては、普段から犯罪を企図している者、要は「悪人」の社会における恒常的な存在が前提となっていることが、おそらく挙げられるだろう。
この考え方は、合理的、かつ現実的ではある。だが、ある意味希望がなく、諦観論的でもあるため、われわれの日本社会においては、軽い拒絶感を含むメンタルに阻まれている気配も感じられる。
しかしながら、一方で犯罪機会論的な考え方は、賃貸住宅を営むオーナーにとっては経営上のスタンスとして重要なものといっていい。
防犯のかなめを「人間」ではなく「場所」や「条件」に求めようとする犯罪機会論的思考は、賃貸住宅オーナーがぜひ知っておくべきよいヒントとなる。
犯罪機会論と犯罪原因論
犯罪機会論の説明をしておきたい。
犯罪機会論では、防犯のための論理の土台を個人に求めない。犯罪原因としての「人間」に着目しないことが、その特徴となっている。
どういうことかというと、犯罪の発生理由を分析するにあたって、犯罪機会論においては、犯罪者の人格や境遇は資料とされない。代わりに注目されるのは、その犯罪が起きた場所などの「条件」となる。
例えば、いたずら目的で児童を誘拐した犯人がいるとすれば、われわれの関心は、通常、その人物の生い立ちや、普段の生活、社会的地位、境遇などに向かっていく。
だが、これは下世話な感情のようでいて、おそらくそうではない。犯人と類似する存在をふたたび世の中に生み出したくない、われわれの本能的な欲求によるもののはずだ。
しかしながら、犯罪機会論では、そうした人間における人間的な部分には注目しない。代わりに、犯行現場における物理的環境、さらにはそこに存在する制度上の要件などに深くフォーカスしていく。
すなわち、上記のような事件にあっては、犯人が児童に声をかけた場所や、誘い込んだ建物等のかたち、位置関係など、具体的状況を把握したうえで、「犯人はなぜその場所に侵入・滞在できたのか」「なぜ、周りの目を盗んで児童に声をかけ、誘うことができたのか」「なぜ、周囲に気付かれず児童を隔離された場所に誘い込めたのか」など、当該犯行に「機会」を与えた要因を割り出していく。
そのことをもって、次なる犯行抑止のための知見や材料を得ようとするのが、犯罪機会論による防犯のかなめとなる考え方になる。
一方、犯罪者における境遇や人格形成のありようなどに犯行の原因を求めていく立場を「犯罪原因論」と呼ぶ。
犯罪原因論による犯罪の抑止は、犯罪の根もとを断つという意味で、いわば崇高だが、出てきた答えが属人的で特殊だったり、あるいは逆に「貧困は犯罪を生む」といった、課題として規模の大きすぎるものであったりしやすい。
対して、犯罪機会論による防犯は、例えば、「万引きする人は老若男女さまざまいて、犯行に及ぶ理由もさまざまだが、万引きしづらい店をつくればとりあえず結果は得られる」といった、要は守備範囲の広いものとなる。
ゆえに、犯罪原因論に基づく追究は、もちろん個々の犯罪においては行われていくべきだが、目の前に予測される犯行をいま抑止するという、現実レベルの目的においては、犯罪機会論による防犯は、いわば即効性に優れているものといえるだろう。
その意味で、犯罪原因論と犯罪機会論は、犯罪防止の両輪ではあるべきだが、いずれかの優先度を量るべき場面においては、手っ取り早い「盾」となる犯罪機会論が、当然ながら優位に立つはずだ。
割れ窓理論とホットスポット・パトロール
犯罪機会論的な考え方が、賃貸住宅経営にとってよいヒントとなる理由は、賃貸住宅という場において、犯罪機会論の柱となっている理論が、まさに恰好のものとなるからだ。
具体的に挙げると、冒頭にも触れた「割れ窓理論」、さらに「ホットスポット・パトロール」と呼ばれる手法および考え方が、賃貸経営にとって特に大きなプラスとなる。
そのひとつ、割れ窓理論についてはよく知られている。これは、「割れたまま放って置かれている窓」という小さな破壊が、周囲の人々をして公共と秩序を損じることに対する罪悪感を衰えさせ、やがて、その周りに犯罪がはびこっていく状態を指す。
そこで、私が賃貸住宅で見てきた範囲にこれをあてはめると、例えば、共用部分でのタバコの吸い殻の投げ捨てが見られた物件では、その後、必ず家賃の滞納や、深刻な入居者間トラブルが発生している。
すなわち、ここでの捨てられたタバコは、割れた窓同様、「この場所では秩序に従う必要がない」ことを示すよくないサインとなっている。
そのため、これを見た人物が、もともと秩序に従うのが苦手な人物であった場合、彼らの中では往々にして自律のタガが外れてしまう。
ダラダラと家賃を遅らせたり、周りの迷惑を考えず好きにテレビのボリュームを上げたり、タバコや紙屑を自らも廊下や玄関に投げ捨てたりといった方向に、転がってしまうことになる。
よって、割れ窓も、タバコの吸い殻も、いずれも初期における問題の排除こそが何より肝心となる。まだ1本目のうちに、捨てられたタバコを素早く取り除けるような管理体制が、賃貸住宅ではつねに重要なこととなる。
一方、ホットスポット・パトロールは、防犯上重要な地点=ホットスポットにおけるパトロール要員の「滞在」を重視した手法となる。
通常のパトロールでは、要員が一定またはランダムなコースを立ち止まらずに移動していくことが多い。その過程で、不審者や不審な現場を発見することが、基本的な目的となっている。
対して、ホットスポット・パトロールでは、パトロール要員は、コースのうちいくつか一定の箇所にとどまり、一定時間その姿を人々の目に晒し続ける。そのことで、犯罪への監視体制がその場所に存在することを示威的に周囲に知らしめる。
すなわち、そこを行き交う人々の間に隠れ、潜んでいる犯罪者に対し、対抗力を示すことで、犯行の難しさと不利益を認識させることが要点となるかたちだ。
これは、賃貸経営にあてはめると、なんのことはない。成功しているオーナーによく見られる「毎日の物件掃除」と、まったく効果の重なる行動といえるだろう。
レベルアップすべきは「物件の属性」
以上のように、犯罪機会論の論理と実践における大きな柱となっている割れ窓理論とホットスポット・パトロールを見ると、これらは「いつも物件の玄関を掃除しているオーナーさん」と、その本質が大変よく似ている。
彼らは、物件に“割れ窓”があれば、これを素早く発見し、速やかに修復できる態勢をつねに維持している。なおかつ、ホットスポット・パトロールに精励精勤しているような存在であるともいえるだろう。
その多くが順調な賃貸経営を続けていることについての、これらは大きな理由であると見ていいはずだ。
ちなみに、オーナーの口からたまに聴かれる言葉として、「属性」というものがある。
あまり耳触りのよい言葉とはいえないもので、要は客である入居者への選別的な評価を指す。例えばこんな風に使われる。
「家賃を下げたら、属性の低い入居者が集まるようになって、クレームと滞納が増えた」
しかしながら、述べたように賃貸住宅の入居者における素行や生活マナーといった面での問題については、必ずしも当人の資質ばかりでなく、物件の管理状況に影響されることも多い。
すなわち、犯罪機会論に学べば、オーナーの経営姿勢も含めた物件自体の属性もまた、これをレベルアップすることこそが、ネガティブな事象の発生を抑える大きな力となる。
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この記事を書いた人
コミュニティみらい研究所 代表
小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。