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BOOK Review――この1冊 『下山の哲学 登るために下る』(1/2ページ)

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『下山の哲学 登るために下る』 竹内洋岳 著/川口穣 構成/太郎次郎社エディタス 刊/定価 1800円+税

本書の著者は、日本人で初めて8000m峰14座(世界最高峰・標高8848mのエレベストを始め、地球上に存在する8000mを超える14の山)の完全登頂に成功したプロ登山家・竹内洋岳だ。タイトルに『下山の哲学』とある通り、本書は登山の記録でありながら、登ることよりも下ることに焦点をあてている。

その理由を、著者は以下のように語る。

「頂上はゴールでも折り返し地点でもありません。登山の行程はひとつの『輪』のようなものです。(中略)頂上は地形的な最高地点ですが、登山という行為のピークは、かならずしも頂上ではありません。登山をひとつの輪と考えたとき、『登り』と『下り』は一体で、分ける必要もない」

標高8000mを超える領域は、登山の世界では「デスゾーン」と呼ばれる。人が普通に生活するエリアよりも気圧や酸素濃度が著しく低くなり、生物が生存できる限界を超えるためだ。気温は0度を上回ることはなく、年間通して極寒だ。あまりに厳しい環境のため観測所を置けず、実測データも少ないが、分析によればマイナス60度くらいまで下がる可能性が示唆されている。

そうした環境に身を置くこと自体、人間にとっては大きなリスクになる。だから、著者はベースキャンプ(高山登山の際に拠点とする場所)に戻るまでは「登頂した」とはいえないと考えている。

プロ登山家が記した8000m峰14座完全登頂の記録というと、多くの人は笑いあり涙ありのロマンあふれる冒険譚を想像するのではないか。本書は確かにそうした側面がないわけではない。しかし、主に記されているのは、生存さえ危うい環境のなかで、専門の知識と装備をもった登山家が、命を危険にさらしながら山に登り、そして、下山した日々の過酷な記録だ。

実際、8000m峰の一つ、ガッシャーブルムⅠ峰(中国とパキスタンの国境のカラコルム山脈にある山/標高:8068m/世界第11位)の登頂後には、つい1時間ほど前に著者と共に登頂を喜び合った仲間が山から落ちて命を落としている。著者自身も、2007年にガッシャーブルムⅡ峰(中国とパキスタンの国境のカラコルム山脈にある山/標高8035m/世界第13位)に登る途中、雪崩に遭遇して300mほど転落。周囲の必死の救助もあり、奇跡的に一命をとりとめたが、背骨の破裂骨折や肋骨の骨折などの大けがを負っている。

驚かされるのは、死ぬのが怖かったとか、もう山はこりごりだとか、心底、嫌になって一時は登頂をあきらめたとか、そうした記述がただの一行も出てこないことだ。それどころか著者は、背骨にシャフトを入れる大手術を行って、けがから1年後には8000m峰登頂に復帰。肺の片方はつぶれ、骨折した肋骨は変形して神経を圧迫する。そんな状態でも目標を見失わず、挑戦を続けた。

そして、ケガを負ってから5年後の2012年、ダウラギリ(ネパール北部のヒマラヤ山脈のダウラギリ山系にある山/標高は8167m/世界第7位)の登頂に成功し、8000m峰14座を完全制覇。1995年のマカルー(ヒマラヤ山脈にある山/標高は8481m/世界第5位)の登頂以来、17年目の悲願達成だった。

しかし、著者の物語は終わらない。登っては下り、下っては登る日々の末、世界で29番目の14サミッター(8000m峰14座完全登頂成功者のこと)となった著者がたどりついた境地は「登るために下る」。著者にとって登山とは登りと下りを含めた行程そのものであり、登山の目的は、次に登る山をみつけることだ。

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この記事を書いた人

ウチコミ!タイムズ「BOOK Review――この1冊」担当編集

ウチコミ!タイムズ 編集部員が「これは!」という本をピックアップ。住まいや不動産に関する本はもちろんのこと、話題の書籍やマニアックなものまで、あらゆるジャンルの本を紹介していきます。今日も、そして明日も、きっといい本に出合えますように。

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