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〜この国の明日に想いを馳せる不動産屋のエセー〜

水を制する者は天下を制す・不動産オーナーやエージェントが知っておくべき"土地"の素性(2/3ページ)

南村 忠敬南村 忠敬

2022/04/20

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【吉原遊郭の移転と浅草日本堤】


イメージ/©︎lightfieldstudios・123RF

江戸市中に大洪水をもたらした代表的な河川は荒川(当時は大川と称された)だった。荒川の支流、入間川(現隅田川)は、現在の東京都北区・岩淵水門から分岐し、東京湾に注いでいる。この川は江戸時代から舟運の交通路として重要な役割を担っていたから、利根川のように流路を移動させるわけにはいかなかった。 

河川の治水工事の基本は、「特定の場所で意図的に溢れさせる」ことだそうである。つまり、川の下流域に被害を出させないようにするには、上流の特定区域に意図的に放流する、ということだ。

浅草寺は、この隅田川の中州に在る小丘の上に建立されており、当時で既に1000年の歴史を誇る名寺であった。ということは、1000年もの間に洪水で流された経験の無い、非常に安全な場所に在るということだ。江戸幕府はその浅草寺を治水の拠点とし、堤防を北西に延ばし、それを現在の三ノ輪から日暮里の高台につなぐ。この堤防が洪水を東へ誘導し、隅田川の左岸で溢れさせる。そうすれば隅田川の西(右岸)に展開する江戸の市街を守ることができると考え、1621年真土山(現待乳山)から客土を運び、堤防を造ることとなった。これが「日本堤」である。

一方、幕府開設に伴って人口流入が著しい江戸では、住人の男女比が男7:女3であったとも言われ、自ずと風俗産業が発展する環境が生まれる。そのため、1617年に幕府公認の遊郭として日本橋葺屋町続きに初めて誕生したのが、「吉原遊郭」である。

以後40年に亘り江戸の発展と共に吉原も繫栄したが、都市機能の整備が進むにつれ、当初は江戸の外れに位置していた日本橋周辺にも武家屋敷が建てられたりして、風紀面からも遊郭の移転が検討されていた。その矢先、江戸時代最大最悪の被害を記録した明暦の大火(1657年・明暦3年正月)によって江戸の大半が焼失し、吉原遊郭も浅草寺裏手(現在の台東区千束)に移転を早めることとなる。

さて、前置きが長くなってしまったが、この吉原遊郭の移転がもたらした効果というのが本題で重要なのである。

“新吉原”(移転前の吉原は元吉原と呼ばれる)は、隅田川の氾濫を防ぐために造られた堤防「日本堤」の西側、浅草寺の直ぐ北に位置しており、江戸の市街地からは日本堤の土手の上を経路とし、ただ一カ所の入り口である吉原大門に通じている。新吉原の郭内面積は六丁歩(約1万8000坪)、最盛期には7000人を超える遊女を抱え、24時間営業の不夜城だったらしく、毎日毎夜、相当数の客が日本堤を踏みしめて通ったことだろう。

また、“浅草寺”も当時人気のスポットであったことは言うまでもない。江戸市街地として吸収され、参詣・行楽・歓楽を目的とした人びとが溢れる江戸有数の盛り場として栄えたこの地に、老若男女が引きも切らずに日本堤を往来する姿も目に浮かぶ。 

堤防とは、人家の在る地域に河川や海の水が浸入しないよう、河岸や海岸、運河に沿って土砂を盛り上げた治水構造物である。盛土は、それだけでは大雨や流水にえぐられ浸食し、本来の役目を果たせない。堤防工事には、本体(堤体盛土)の「締固め」が重要で、現代ならブルドーザ、振動ローラ、タイヤローラなどの大型機械や、法面などには振動コンパクタ、ランマ、タンパなどの小型機械を使って施工するが、江戸時代のことであるから、それらは全て人力施工となる。

そこで思い出してほしいのが、昼夜を問わず日本堤の上を往来する多くの人々の存在だ。そう、実は新吉原を浅草寺の北側に持ってきたことで、参詣客のみならず、吉原詣での男衆の足も堤防の締固めに役立っていた事実。 

つまり、土木工学的に言う“自然転圧”の効果を狙ったというのが裏話としてあるそうだ(竹村公太郎氏)。


イメージ/©︎langdu8x・123RF

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この記事を書いた人

第一住建株式会社 代表取締役社長/宅地建物取引士(公益財団法人不動産流通推進センター認定宅建マイスター)/公益社団法人不動産保証協会理事

大学卒業後、大手不動産会社勤務。営業として年間売上高230億円のトップセールスを記録。1991年第一住建株式会社を設立し代表取締役に就任。1997年から我が国不動産流通システムの根幹を成す指定流通機構(レインズ)のシステム構築や不動産業の高度情報化に関する事業を担当。また、所属協会の国際交流部門の担当として、全米リアルター協会(NAR)や中華民国不動産商業同業公会全国聯合会をはじめ、各国の不動産関連団体との渉外責任者を歴任。国土交通省不動産総合データベース構築検討委員会委員、神戸市空家等対策計画作成協議会委員、神戸市空家活用中古住宅市場活性化プロジェクトメンバー、神戸市すまいまちづくり公社空家空地専門相談員、宅地建物取引士法定講習認定講師、不動産保証協会法定研修会講師の他、民間企業からの不動産情報関連における講演依頼も多数手がけている。2017年兵庫県知事まちづくり功労表彰、2018年国土交通大臣表彰受賞・2020年秋の黄綬褒章受章。

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