真性のおとりと不作為のおとり 「正直不動産」はいまの時代そんなに少なくない
朝倉 継道
2022/04/15
撮影/編集部
「正直不動産」は連載の長い人気作
NHKのテレビドラマ「正直不動産」の放映が今月から始まっている。不動産会社に勤める青年を主人公にした物語だ。原作は、連載がすでに長期に及んでいる人気漫画だ。2017年からのスタートとなっている。
話の幕開けはやや怪談仕立てだ。さる場所に建っていた古い祠と石碑を主人公が力ずくで破壊してしまう。その場所は、サブリース契約に絡んで建てられる予定のアパートの敷地だった。続く商談に滞りが出ることを怖れた彼は、これを邪魔に思い、勝手に取り除く。ところがその直後に異変が生じる。なんと、彼は祠の“たたり”に遭ってしまうのだ。「正直者は馬鹿を見る」「千の言葉に真実は三つ」を不動産営業の常識と豪語していた彼が、決して嘘がつけず、真実と本音しか口に出せない正直者に生まれ変わってしまったところから物語は始まっていくかたちだ。
嘘をつけない不動産営業マンになってしまった主人公。業者としてはあるまじき(?)存在だ。顧客を前にすると、彼はその物件の裏側に潜むリスクや、取り引きに関わる問題点など、都合の悪いすべてを口に出さずにいられない。そんな彼が業界でどう生き残り、成長して行くのかを軸に、一般にも分かりやすい不動産の教科書として「正直不動産」はよくまとまった作品になっている。(以上、原作のディテールに沿った記述としている)
正直者にはなり切れていなかった? 主人公
ところでその正直不動産だが、スタート間もないあたりで「賃貸おとり広告」に触れる場面が出てくる。この部分ではやや誤解が生じそうな描写がされているので、少し解説しておこう。
そのシーンで、主人公は勤務先である店舗にいる。そこで客からの電話を受け取る。要件は賃貸の問い合わせだ。入居者募集広告を見て「この物件を見たい」と、希望しているらしい。対して、嘘をつくことができなくなっている主人公は、「この物件は入居者がすでに決まっている」旨を“正直”に答えている。そのうえで、「店に来ればほかの物件を紹介する」旨、客に誘いをかけ、断られる。これをあとから上司が知り、主人公を咎める。「客に本当のことを言ったらしいな」と、彼を責める流れとなっている。
そこで、少し話がややこしくなるが指摘しておこう。実は、このシーンでは主人公は“正直”になり切れていない。なぜなら、入居者がすでに決まっている物件について問い合わせた客に対し、他の物件を紹介できる旨をもって来店を促せば、それはすでに立派なおとり行為になるからだ。
加えて、それ以前に、すでに入居者が決まっている物件が広告されていたのならば、それは故意・不作為にかかわらず、その時点でおとり広告となる。
そのため主人公は、本当にたたりに遭い、真正直か、あるいは馬鹿正直な営業マンになっているのならば、客を来店に誘うトーク自体がそもそも口から出てこなくなるはずだ。できることはただ詫びるのみ。現に、過去の私はそうしていた。
悪意で行われる「真性のおとり」
賃貸のおとりには、理由別に大きく2種類がある。
ひとつは、まさに「真性のおとり」だ。正直不動産で主人公が勤める会社は、これに手を染めている。彼らは、すでに入居者が存在するなど、本来客に紹介できない物件をそのことを知りながら広告し続ける。
こうした物件には特徴がある。立地など条件がよく、反面、賃料が手頃であるなど、注目を集めやすいことだ。それらは、客からの問い合わせを集めるよいエサとなる。そこで、そうしたエサを広告としてわざとばらまいておき、客に無駄な問い合わせをさせ、あわよくばその中から来店者を得ようとするのが、真のおとり行為=真性のおとりだ。
入居希望者の多くは、行動心理として、不動産会社の店舗までわざわざ足を運んでしまうと、その手間や労力が結果を生まないことを嫌がるようになる。そのため、できればそこで物件を決めてしまいたい欲求が強くなる。つまり、業者にとって店に来た客はオトしやすいのだ。そこが彼らの狙いとなる。
ちなみに、正直不動産の主人公が勤める会社では、「この物件は入居者がすでに決まったが、店に来ればほかの物件を紹介する」ではトークが生ぬるいとされているようだ。問い合わせに対しては「この物件はまだ空室」との嘘をあくまでつらぬくよう、スタッフは指導されているらしい。そのうえで、騙された客がいよいよ店のドアをくぐると、そのタイミングで「たった今この物件には申し込みが入りました。ほかを紹介する」との芝居を打たせる方法を採っている。これはおとりのなかでももっともあくどいやり方で、不動産業界が荒れたバブル時代などには時折見られていたものだ。
悪意が無くても発生する「不作為のおとり」
一方、「不作為のおとり」もある。賃貸物件情報が流通する仕組み上、物件が「まだ空いている=入居できる」「空いていない=入居できない」に関して、情報が受け渡しされるにあたっては、多くのケースでタイムラグが生じる。
例えば、日常茶飯に多いのが、いわゆる「客付け」仲介会社が、他社である「元付け」会社が入居者募集している物件を広告し、これに客を付けたケースだ。
客付け会社が正直な会社ならば、彼らは客の申し込みを受けた時点で、自らが掲げていた広告をまず落とすだろう(主にはインターネット上から取り下げる)。理由は、当然ながら他の客に無駄な問い合わせをさせるのを避けるためだ。と、同時に、彼らは元付け会社にも状況を知らせる。「わが社でそちら様の物件の契約が取れました。手続きを進めます」の報告だ。
すると、これを受け、元付け会社の方でも、仮に自社がその物件の広告を打っていた場合はこれを落とすことになる。と、同時に、業者間情報流通システム(ネット、紙メディア併せて複数ある)にその物件の情報が流れないようにもする。そうすることで、別の客付け会社がこの物件の情報を新たに見つけ、広告してしまう事故が防がれる。これらは重要な仕事のため、元付け会社が正直な会社ならば、まさに可及的速やかなペースで行われるはずだ。
一方、ほかの客付け会社はどうだろう。彼らは、これまで同じ立場にいた1社がすでに客の申し込み(事実上の契約)をゲットしたことをこの時点では知らずにいる。すると、そのことを知るまでの間、彼らがネットなどに出し続けている当該物件の広告は、取引対象となる物件が存在しないおとり広告となる。
なので、それを少しでも避けるため、彼らは例えば数日ごと、1週間ごとといったルーティーンを決め、各業者間情報流通システムの画面をチェックし、物件が消えていないかを確認したり、元付け会社に直接状況を尋ねたりもする。しかしながら、その場合でもタイムラグの発生は避けられない(ルーティーンが1週間ならば最大1週間)。タイムラグの間、成約済みとなった物件を載せた広告は世に存在し続けることになるが、これが不作為のおとりだ。「成約済み物件広告」などといわれることもある。
さらに、この「不作為」が「作為」になることもある。彼らがわざと上記のチェックを行うスパンを長くとるようなケースだ。タイムラグを長期化させることで、「知らんぷり」での広告期間がその分延長される。
加えて、たとえ不作為であるにしてもそれが“エサ”として効いてしまい、入居希望者から問い合わせが入ったとして、これに乗じて別の物件を紹介するようなことがあれば、それは立派なおとり行為となる。この場合、たとえ客の側がそれを望んだ結果だとしても、競合する他社から見れば「ミスを利用してライバルを出し抜いた」ことになる。つまり不正競争だ。
正直不動産はいまの時代そんなに少なくない
以上のとおり、賃貸のおとりには大きくわけて2種類がある。そのうえで「真性のおとり」は悪意からなるものであって、100%悪質であり、「不作為のおとり」においてはそうでないケースも多い。
すると、いま現在、賃貸おとり広告のうちのどれだけが悪質な真正のおとりかといえば、これは統計があるわけではないが、おそらく数%にも満たないだろう。あるいは、「正直不動産」のセリフを借りれば、「千に三つ」といった割合かもしれない。
さらには、賃貸のおとりに限らず、不動産業界はバブル崩壊以降の約30年間を通じて実に大きく変わった。こちらも正直不動産のセリフを借りれば、彼らはかつての何倍も「カスタマーファースト」を意識するようになっている。
しかし、そうはいってもこの業界は、全国12万7千におよぶ膨大な数の事業者が群れて渦巻く銀河系だ(2020年度末時点)。7社しかない国内乗用車メーカーのように、7社すべてが正しく振る舞えば業界全てが正しく振る舞うことになるといった捉え方は当然できない。
そんななか、たまたま悪質な不動産会社のいくつかを目の当りにしたカスタマーにとって、同業界はすべてが悪質であるかのように見えてしまうのは致し方ないことだが、それでもこの業界はコンプライアンスの面、CS(顧客満足)の面で、ここ20年程度の間、格段に底上げがされた。
なので「千の言葉に真実は三つ」は、あくまでフィクションとしての漫画のセリフ、ストーリーを面白く演出するための刺激的な表現にすぎない。すなわち、正直不動産はいまの時代そんなに少なくはないということだ。業界で働く、主に若い人たちの気持ちを想う意味でも、ここは一応クギを刺しておこう。
ちなみに、正直不動産の第1巻で、主人公はこのように言っている。
「今の不動産会社の多くは、嘘をつけばつくほど、あくどければあくどいほど儲かる仕組みになっている」
しかし14巻まで下ると、彼のセリフはこう変わる。
「大多数を占める善良な不動産屋に詫びろ。おまえらのような一部の悪徳不動産屋のせいで、世の中の不動産屋のイメージまでもが悪くなっている」
どちらも、真実しか言えない青年の言葉ということだ。
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この記事を書いた人
コミュニティみらい研究所 代表
小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。