炎上した「都道府県魅力度ランキング」を覗いたら、魅力ある地域の条件が見えてきた――群馬県には『頭文字D』という宝がある
朝倉 継道
2021/10/26
群馬県草津温泉/©︎takadahiroto・123RF
地域ブランド調査はずさんで不正確?
10月9日に発表された「地域ブランド調査2021」(ブランド総合研究所)が物議を醸している。
とりわけ注目が集まっているのが群馬県知事の発言だ。この調査による代表的なランキングのひとつ「都道府県魅力度ランキング」において、今回群馬県は44位という残念な結果に甘んじた。知事はこれに対し、「分析がずさんで不正確。経済的損失にもつながる」などとして、法的措置も含めた対応も検討する旨、12日の会見で激しい不満を露わにしている。
以降、この件はいわば炎上中だ。
知事の発言への賛否、さらには調査自体への評価も含め、インターネットはじめさまざまな場で意見が飛び交っている。
群馬よりももっとディスられているわが埼玉
ところで、実際に群馬県知事のいうとおり、この調査はずさんでかつ不正確なものなのだろうか?
私が見るかぎり、そうは思えない。
例えば今回、知事はアメリカ・ブルームバーグ社が月次でまとめている新型コロナウイルスに関する国・地域別番付である「COVIDレジリエンスランキング」を引き合いに、都道府県魅力度ランキングの信頼性に疑いを浴びせている。
「ここまで大きく報道される調査なのだから、ブルームバーグのようにもっと土台を広く、精緻に突き詰めろ」との意見に思える。それはそれでひとつのニーズだろう。
だが、それはもはや言い出せばキリのないことでもある。そもそも地域ブランド調査は、国が政策を起案するための土台となる国民規模の調査でもなければ、高度な学術研究なわけでもない。ゆえに、あてがうモノサシとしてブルームバーグ云々はやや邪険に過ぎる。影響力の規模に対し、大げさであるというほかないだろう。
では、一方でこの調査、要は街角アンケートに毛が生えた程度のものなのかといえば、まったくそんなことはない。
ご存じの方はよく知るとおり、当調査はそれなりに緻密で多角的、かつ堅牢なものだ。なので、順位そのもののみならず、その動きにも納得感が少なくない。よって、私個人の意見だが、この調査の中心であり、話題となっている「都道府県魅力度ランキング」は、たしかに日本の47都道府県の魅力度を的確に表す指標のひとつと認めるに足るものだ。
それは、私の暮らす埼玉県が今回もひどくディスられている(群馬県より低い45位)にもかかわらずの意見となる。
ディスられることには耐性のある……いや、むしろ楽しんでいる埼玉県民/『翔んで埼玉』予告
東京の視点が出やすい仕組み
とはいえ、このランキングには小さな問題点もある。2点だ。
ひとつは、タイトルにおける「魅力度」という言葉だ。不適当とはいえないが、いまとなっては受け取る側の解釈の幅を余計に広げやすい。
もうひとつは、ウエイトバック集計のもつ“憾み”がにじみ出ている点だ。ざっというと、この調査では、大都市圏に暮らす人々の意識が人口比に応じてボリュームを占めやすくなっている。そのことは、北海道、京都、沖縄の恒常的な人気や、対する北関東各県の同じく恒常的な不人気などによく表れているといえるだろう。
たびたびいわれる「草津温泉は好きだが、群馬県にあるとは思わなかった」「日光にはよく行くが、あそこも栃木県だったのか」は、まさしく東京を視点にした際によく生じる現象だ。
なお、この調査がウエイトバック集計を採ること自体は、市場調査のひとつともいえる当調査のスタンスとして、当たり前に正しいことは添えておきたい。
地域の魅力を測るいまどきの4つのキーワード
そのうえで、今回の都道府県魅力度ランキングをあらためて覗いてみたい。私が注目したのは上位だ。といっても、そこにはいかにも「あるある」なメンバーが、なんとも退屈な雰囲気で並んでいる。
ただ、これらをじっと見ていると……あるキーワードが頭に浮かんでくる。それは、“いまどき”の人々をその場所に向けて旅立たせる強力なエモーション、あるいはパッションとなっている4つのキーワードだ。
「グルメ」「絶景」「ニッポン」「ストーリー」となる。
都道府県魅力度ランキングTOP10の面々に対し、これら“いまどき”を象徴するキーワードのうち、もっとも適するものを選りすぐって振り分けてみたい。
1位:北海道→「グルメ」「絶景」
2位:京都府→「ニッポン」
3位:沖縄県→「絶景」
4位:東京都→「ストーリー」
5位:大阪府→「グルメ」
6位:神奈川県→「ストーリー」
7位:福岡県→「グルメ」
8位:長崎県→「ストーリー」
9位:奈良県→「ニッポン」
10位:長野県→「絶景」
10位:石川県→「ニッポン」
なお、繰り返すが上記は、日本の一シンクタンクが調査し、まとめた「都道府県魅力度ランキング」という括りの中での上位11地域だ。
でありつつも……お気づきだろうか。
これらはそのまま「グルメ」「絶景」「ニッポン」「ストーリー」という、それぞれのキーワードにおいての横綱・大関クラスを集めた“1ダース引く1”にもなっている。すなわち、この調査にいう魅力度の高い都道府県とは、上記の4要素いずれかにおいて傑出している都道府県を指すにほかならない。
「グルメ」「絶景」「ニッポン」「ストーリー」——実はこれこそが、いまどきの人々が地域に魅力を感じる際における、当該「魅力」の単純な正体であるといっていい。
ちなみに、上記の振り分けを考えるにあたっては、1都道府県につき、なるべく絞りに絞って1つだけとすることを当初は目標とした。しかしながら、北海道のみはどうしてもそれが適わなかった。なので、上記のとおり「グルメ」「絶景」の2つを割り振っている。つまり、逆にいうとこれこそが、こうした土俵における北海道の強さを表している。
あらためて調べなくとも、おそらくデパートの物産展の圧倒的一番人気はつねに北海道だ。ブランドという切り口でいえば、北海道はやはり他とはひとケタ違う強力なパワーをもつ別格の土地といっていい。
浦和は非日常性の発信で「住みたい街」になった
話を進めよう。今度は、上記の「グルメ」「絶景」「ニッポン」「ストーリー」をさらに蒸留器にかける。究極に本質的な、ひとつのキーワードを抽出してみる。すると、出てくるのはこの言葉だ。「非日常性」となる。実は、地域のブランド力の正体とは、とりもなおさず「非日常性」だ。
他の地域に住む人々に対しても、さらには地元の人々に対しても、非日常性をするどく発信できている地域であること。それこそが、ブランド力に優れた魅力度の高い地域であるということができる。
そのよい例が首都圏では浦和だ。
いまはさいたま市の一部となっている浦和(旧埼玉県浦和市)は、近年いわゆる「住みたい街」の上位にたびたび顔を出す常連となっている。東京以外の首都圏では、隣の大宮も巻き込んで、横浜や鎌倉・湘南地域に次ぐブランドを備えつつあるといっていい。
しかしながら、古い人はよく知っている。90年代半ばくらいまでの浦和といえば、離れた地域の人に想像してもらえるような「絵」がほとんど見当たらなかった。ある一部の人々の頭にのみ、「ボートレースの戸田・オートレースの川口・競馬の浦和」といった、何やらタバコとアルコールとアンモニア臭のにおうトライアングルの中にある記号として、その名前が存在した程度だろう。
その浦和に強烈な非日常性をもたらしたのが、ご存じのとおりサッカーだ。さまざまな人々の努力と経緯から、いわゆるビッグクラブがこの街に育つとともに、日本最大のスタジアムもこの街に生まれた。すなわち“Jリーグで活躍する浦和レッズ”がスタートした1993年以降、浦和は全国に向けてブランドを発信する街になった。
そのことによって浦和は、誰も知らない街から「知りたい街」に劇的にポジションを変えた。同時に、もともと他に抜きんでて教育熱心な土地柄であるなど、街がもつ素地の部分にも光が当たるようになった。
ついには「住みたい街」の上位という、かつてはありえなかった栄光が、いまやもたらされるに至っている。
鎌倉市民は動かない
以上のとおり、地域のブランドの正体とは、実は「非日常性」であるというのが私の持論だ。
そのことは、神奈川県の鎌倉市のような、およそ住むには不便な街(特に旧市街)に対し、外部の人がいたく憧れ、中の人も多くが誇りと満足をもって暮らしていることの最大の理由にほかならない。
鎌倉には、歴史や文章、歌や映像、さまざまなストーリーがそれこそ満ち溢れている。そのうちいくつかは、年月によるプレミアがつくかたちでレガシーにもなっている。加えて、休日には「ニッポン」や「グルメ」も求めて、多くの人がこの街を訪れる。鎌倉はそのたび非日常性の舞う賑やかな舞台となる。
なお、そのことは住人のストレスに拍車をかけてはいるが、それ以上に彼らの誇りをくすぐってもいる。なので、観光客がうるさく、道路が混むからといって、鎌倉を出てほかへ引っ越す人の話を私は聞いたことがない。
つまりは、それこそが都道府県魅力度ランキング6位の神奈川県を支える大きな柱のひとつでもある、鎌倉のもつ強力なブランド力だ。よって、都道府県にしても、市町村にしても、ブランドを築きたいのならば、とにかく非日常性を気にすることだ。非日常性をそなえた発信と、地域の名前とがリンクするかたちを日々模索し続けることだ。
やがてその先に、求めているブランドは必ず芽吹いてくるはずだ。
群馬のもつ“世界のストーリー”
群馬県に戻ろう。
都道府県魅力度ランキング44位の群馬県が保持している、すでに世界中に広く発信されているすごいストーリーがひとつあることを読者はご存じだろうか。似たものは栃木も茨城も持っていない。しかも草津温泉などと違って、これには群馬=GUNMAの5文字もくっきりと刻印されている。
漫画・アニメの『頭文字(イニシャル)D』だ。
“ストリート&クルマ”という、世界を跨ぐポップカルチャーを代表するIP(インテレクチュアルプロパティ=知的財産)として、『頭文字D』は、アメリカ映画『ワイルド・スピード』シリーズに次ぐ力を持つはずだ。特にアジア市場に限っては、両者の影響力は逆転しているかもしれない。
なお、近年、中古日本車の国際的な価格高騰が話題になり、投資資産化さえしているが、これに影響するところも、この作品にあってはもちろん大きいだろう。つまり、このような宝をもつ群馬県は、世界が注目するWRC(世界ラリー選手権)の舞台を愛知や岐阜に奪われている場合ではないということだ。
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この記事を書いた人
コミュニティみらい研究所 代表
小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。