ウチコミ!タイムズ

賃貸経営・不動産・住まいのWEBマガジン

〜この国の明日に想いを馳せる不動産屋のエセー〜

敷金と保証金、申込証拠金と手付金…秋の夜長に考える「似て非なる業界用語」のあれこれ

南村 忠敬南村 忠敬

2021/10/16

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

イメージ/©︎takadahiroto・123RF

中秋の日曜日。日差しはまだ強く、夏の名残が秋の風と見事なコラボを見せている、とある市民公園で、母娘の話し声が運ばれてきた。

「ママぁ、、この木は何ていうの?」

「これは木じゃないよ。ススキ、うーん、草かな?」

まあ、なんてのどやかな昼下がり。毎日の疲れも和むような微笑ましいシーンに心も緩む……かと思いきや、植え込みになびくその姿に視線を移した途端、拙者の脳が反応する。側頭葉で認識した「ススキ」の音と、後頭葉に映し出されたその「ススキ」の画像情報が、老朽化一歩手前の大脳を大いに刺激してくれた。

(心の声)「お母さん、それはススキではありません。たぶん荻(オギ:注ハギではありません)です……。まあ、オギでもススキでもどっちでも良いと言われるかもですが、ススキとオギは別物です」

ススキに似た植物と言えば、それ以外に葦(ヨシ、アシ)、萱(茅:カヤ)などが有名であるが、みなイネ科の植物であり、親戚みたいなもの。ただし、カヤという種は存在せず、日本家屋の屋根材として重宝された多年草の総称らしく、ススキもその中に含まれるそうだ。

不動産業界にもある混同しやすい用語

我々の業界でも、似て非なるものはけっこうある。

その1 敷金と保証金

どちらも賃料その他賃借人の債務を担保するために家主に預け入れる金銭の意味だが、現在では、どうも住居系には「敷金」、事業系には「保証金」という風に使い分けがされているようだ(ただし、これも地域性がある)。

敷金のそもそもの語源を調べてみると、「敷≒しく(方言では“ひく”とも発する)お金」という使い方から来ているようで、江戸時代前期、浮世草子の昼夜用心記(1707年)の文中に、女が嫁ぐ先への持参金を指す意味で、「残る百両を敷て道場か医者か、兎角身楽なる方へかたづきたきねがひ…」と書かれている。

一方、賃貸不動産の保証金的名目で使われ始めた「敷」は、江戸幕府が本格的になるまで、主に関西地方が日本の中心であり、銀本位制であったため、「敷銀(しきがね)」の表現で同じく婚姻の持参金や、借家・借地の保証金の意味で使われたようである(出典/精選日本国語大辞典)。


用語も深堀りして調べてみると面白い/©︎suyujung・123RF

その2 ベランダとバルコニー

不動産屋のセールスパーソンと懇意になったら、一度は聞いてみたくなるWordのトップ3に入るだろう、この違いが説明できるかどうか(笑)。

そもそも、原語が違うこの二つ。ベランダはヒンディー語barandah(バランダー)、バルコニーはイタリア語balcone(バルコーネ)を語源とする。共に建物の外部の有効スペースを指す名称だが、ベランダという表現は日本以外、諸外国ではメジャーではないようである。

建築用語の解説などでは、両方とも「建物外部の2階以上に作られた外壁または手摺などで囲まれたスペース」を指しており、不動産業界の定説となっている「屋根有」か「屋根無」での区別は無い。マンションをイメージするとよく分かるが、そもそもバルコニーの屋根は上階のそれの床部分であり、雨除けにはなっているが、「屋根」ではない。

また、イギリスではベランダと言えば、日本で言う「テラス」のイメージが近く、庭付き建物1階部分にしつらえた屋根付きのスペースであり(本来、テラスは地面より高い位置に設えた床スペースの意味)、集合住宅では、日本式のあたかも部屋の一部分のようなバルコニーは見当たらず、建物からせり出したスラブ(床材)に手摺を付けたシンプルなスペースがバルコニーである。

今では、建築の専門家でも意味の違いには拘らず使っている、ベランダとバルコニー。「2階にバルコニーを付けましょうか?」「いや、ベランダにしてください!」というようなやり取りは、日本人には不要で、「バルコニーに屋根を付けますか?」「はい、付けてください!」の方が合理的なのだろう。

あ、因みに車庫とガレージの違いは、両者とも「車を格納する構築物」のことで、英語でgarage、日本語訳は「車庫」と表現するだけの違いだから、同じものですよ。


違いを説明できる?/©︎eliskadlecova・123RF

その3 申込証拠金と手付金

分譲物件や賃貸物件を、購入もしくは借りようとした場合、気に入った物件が見つかれば、仲介をする不動産業者はその意思を売主や貸主に伝えるため、書面を作成して記名押印を求めます。その際に、名前を書いて認印を押すだけだと、契約前段階における申込者の買おう、借りようという意思が途中で揺らぐことも懸念されるため、書面と併せて一定の金銭を預け入れることを半ば強制的に求めてきます。これが申込証拠金(単に申込金)と言われるお金で、契約に至らなかった場合には返還される性質の金銭だ。

他方、手付金は、契約に当たって売主または貸主に交付する金銭で、不動産契約の場合、殆どが代金等(賃貸の場合は賃料や礼金など貸主に支払う金)の一部に充当するという条件を付して支払うのが一般的(賃貸の現場では、手付金の授受は一般的ではない)。

しかし、手付金というのは、契約という法律行為の実現に則してやり取りされるお金だから、申込証拠金のように、「買う(借りる)気が失せたので返して頂戴!」「はい、お返しします」というわけにはいかない(厳密には手付契約不動産契約別物とご存じか?)。

従って、不動産の場合、手付金に特段の条件を付さない以上は、解約手付と看做されるため、一旦成立した契約を反故にする際には、この金銭をやり取りして解約することができるよう、本体の契約上に特約をしているのだ(手付解除特約)。

一般消費者がしばしば遭遇する「申込金没収」被害の実態は、悪意のある不動産業者に、部屋止め料とか優先交渉権を得るための預かり金などと言われて差し入れた申込証拠金が、いつの間にか手付金という名目に変えられ、申し込みの撤回≒キャンセルを契約解除にすり替えられることによって、返還できないお金になってしまうことだ。

不動産の契約は、社会通念上も重要な法律行為だから、民法上の諾成(だくせい)主義をそのまま当てはめられないのが殆ど。特に不動産屋さんが仲介に入っている場合は、契約書面の交付や重要な事項の説明を果たして初めて契約が成立する。それまでは、預け入れたお金が勝手に手付金に成ったり、代金に充当されたりすることはありませんので、ご用心を。


手付契約と不動産契約は別物です/©︎mosaymay・123RF

よく聞く「被疑者と容疑者」「被告と被告人」の違い

法律家の間では笑い話となって久しいと聞くが、未だにメディアではその違いと意味を理解せずに使い方を間違っているにも係わらず、堂々と公共の電波に乗せて拡散し続けているのはどうしてだろう。殆ど毎日、マスメディアの報道番組やニュース、ワイドショーの果てまで、耳にしない日は無いほど使われている言葉。拙者が初めてこの疑問に触れたのが昭和59年に初版された、今は亡き弁護士で作家の和久俊三氏が出した『法定生態学』という書籍だったと思う。

先日、衆議院が解散された。これからまた騒々しい2週間が始まる日本列島だが、現職国会議員として4度逮捕・起訴され、統合型リゾート(IR)を巡る汚職事件の単純収賄と証人買収等では、9月7日に東京地裁の有罪判決を受けた秋元司衆議院議員(当時)に関する新聞各社の記事やニュースに、『秋元被告に懲役4年の実刑判決!』の文字が躍っていた(秋元氏弁護団は即日控訴)。これはれっきとした刑事事件だから、被告ではなく被告人だろう!

被告は民事事件の裁判で訴えられた側を言い、訴えた側は原告である。因みに判例集などでは原告をX、被告をYと記述する。

不動産の世界では民事裁判は日常茶飯事だから、所属する団体に寄せられる苦情案件にも裁判所の判決文や、和解調書などが添付されていることもしょっちゅうだ。民事は事実関係が明らかになって被告が勝訴することもしばしば。

だから被告だろうが原告だろうが、どっちが良いとか悪いとかの先入観は持たないのだが、メディアの影響でか、どうも訴えられた側は犯人、加害者だと言われているようなプレッシャーを感じるようだ。「被告って、気分が悪い!」と、開口一番、相談員に吐露する業者さんはけっこういる。


被告、原告、どちらが良いとか悪いとかの先入観は不動産業界にはあまりない/©︎freehandz・123RF

一方、刑事裁判では原告は常に検察官であり、逮捕勾留期間中に容疑が固まり、検察庁に送致後起訴するかしないかが判断されるのだが、起訴される前までは被疑者、されたら被告人と呼称が変わるのだ(刑事訴訟法37条の2等、60条等)。しかし、容疑者という言葉は法律にはなく、マスコミ用語として定着しているようだ。一説によれば、被害者と被疑者が紛らわしいので、起訴されるまでを容疑者と称し、被告人は文字数の関係と言い易さで被告と表現している、らしい。

秋の夜長に、似て非なる言葉を探求するのもまた楽しい。

〜この国の明日に想いを馳せる不動産屋のエセー〜
パラリンピックから考える、障害と不動産業 
不動産屋に文章能力は必要か?
「あなたの知らない物件査定の世界」/媒介契約を取れなかった恨み節

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

この記事を書いた人

第一住建株式会社 代表取締役社長/宅地建物取引士(公益財団法人不動産流通推進センター認定宅建マイスター)/公益社団法人不動産保証協会理事

大学卒業後、大手不動産会社勤務。営業として年間売上高230億円のトップセールスを記録。1991年第一住建株式会社を設立し代表取締役に就任。1997年から我が国不動産流通システムの根幹を成す指定流通機構(レインズ)のシステム構築や不動産業の高度情報化に関する事業を担当。また、所属協会の国際交流部門の担当として、全米リアルター協会(NAR)や中華民国不動産商業同業公会全国聯合会をはじめ、各国の不動産関連団体との渉外責任者を歴任。国土交通省不動産総合データベース構築検討委員会委員、神戸市空家等対策計画作成協議会委員、神戸市空家活用中古住宅市場活性化プロジェクトメンバー、神戸市すまいまちづくり公社空家空地専門相談員、宅地建物取引士法定講習認定講師、不動産保証協会法定研修会講師の他、民間企業からの不動産情報関連における講演依頼も多数手がけている。2017年兵庫県知事まちづくり功労表彰、2018年国土交通大臣表彰受賞・2020年秋の黄綬褒章受章。

ページのトップへ

ウチコミ!