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賃貸おとり広告はなぜなくならないのか――2つの「構造」が重なるその仕組み

朝倉 継道朝倉 継道

2021/07/13

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イメージ/witoldkr1・123RF

存在しつづけるおとり広告

賃貸物件の「おとり広告」といえば、耳にしたことのある人も多いはずだ。

いまに始まった話ではなく、何十年も昔から変わらず存在している。例えば24年前、あるテレビ番組が賃貸住宅市場における長年の問題として、このおとり広告の特集を組んだ。私はその画面に登場している。おとり広告を行う不動産会社を取り締まる、住宅情報誌の調査スタッフというのが、その時の肩書きだった。

賃貸おとり広告はなぜ存在し、なくならないのだろうか。

理由を正しく知る一般の人はあまり多くない。この記事では、若干入り組んだその仕組みをひもといていきたい。

賃貸おとり広告のほとんどは成約済物件

まず、賃貸・売買を含めた、不動産おとり広告の定義を押さえておこう。不動産公正取引協議会連合会という組織がこれを定めている。


出典/不動産公正取引協議会連合会「不動産の表示に関する公正競争規約」第8章 不当表示の禁止・第2節 おとり広告(第21条)

ここで注目なのが(2)だ。「物件は存在するが、実際には取引の対象となり得ない」とある。答えを先にいえば、世の中の賃貸おとり広告といわれるもののほとんどはこの(2)に該当する。9割以上、あるいは10割に近いといっていいかもしれない。

なお、(1)の「物件が存在しないため、実際には取引することができない物件の広告」は、売買で見られやすい。物件が存在しない=架空の物件を指す。例えば、ウソの建築確認番号を捏造し、ありもしない建物をどこかの土地にでっちあげる。そのうえで客寄せをするといったケースがこれにあたる。

一方(3)の「物件は存在するが、実際には取引する意思がない物件の広告」は、賃貸でもたまに見られる。例えば、家賃は格安なものの実はワケありな物件で、それを知れば誰もが入居してくれない。そのため、不動産会社もハナから成約など考えていない。使い勝手のよいエサとしてその物件を広告、客を釣ってほかの物件を決めるというやり方だ。

ただし、(3)では、不動産会社としてはその物件がおとりになることを避けるため、本当は広告したくなくとも、オーナーの希望により断れない場合があったりもする。現場としては、なかなか苦しいところだ。

そうしたわけで、問題の焦点は(2)ということになる。賃貸おとり広告のほとんどを生み出す「物件は存在するが、実際には取引の対象となり得ない」状態とは、どういうかたちを指すのだろうか?

その答えは、「成約済物件」ということになる。

では、成約済物件とは何なのか? 読んで字のごとく、賃貸では一旦入居者募集が行われていたものの、そのうち誰かの入居が決まり契約が結ばれた物件を指す。

あるいはさらに厳しく、契約は未締結でもいわゆる申し込みが入った時点で成約済みとみなす運用も不動産ポータルサイト等によっては行われているはずだ。

であれば、そんな成約済物件が、なぜおとり広告のほとんどを占めるのか。

理由は大きく2つある。1つは不動産という商品がもつ本質。もう1つは賃貸物件情報がやりとりされるうえで避けられない情報流通の仕組み。これら動かしがたい2つの構造だ。

「唯一無二」の不動産という商品

まず、1つ目の構造である不動産の本質、その内容は実に単純だ。

賃貸・売買問わず、不動産という商品においては、世の中に同じものが決して2つ以上存在しない。不動産は、そのすべてが唯一無二の商品であるということだ。

すなわち、「練馬区〇丁目〇〇アパートの203号室」は、この宇宙に1つしか存在しない。そのため、唯一無二のその物件で入居が決まり、成約となれば一瞬にして「商品としての当物件」は消え失せてしまう。このきわめて単純な「0か100か」が、ほかの多くの商品にはない、賃貸(またはすべての不動産)でのおとり広告が生まれやすい最大の要因だ。

例えば、ある日の午前10時に賃貸借契約が結ばれた物件の広告を不動産会社がその日の午後2時にポータルサイトから削除したとしよう。

すると、10時から2時までの4時間の間、ポータルサイトに載っていた広告は、当然「物件は存在するが、実際には取引の対象となり得ない」ものとなる。

そのため、この間、当該物件に対し、入居希望者が問い合わせをしても、それはすべて無駄足となる。すなわち立派なおとり広告だ。

おとりを防ぎきれない「二重」の媒介 

2つ目の構造、それは「二重媒介」とも呼ぶべき、賃貸不動産業界における仕組みだ。ほとんどの賃貸物件情報の流通が、このシステムの上で行われている。

具体的には、物件を所有するオーナーと、そこに住もうとする入居希望者との間に、不動産会社が2社介在し、両社が共同で契約をとりもつ行為を指す。

このうち、オーナーから入居者募集を頼まれる方の会社を主には「元付け」と呼ぶ。一方、元付けから渡される物件情報をもとに広告を行い、入居者を募る側を「客付け」と呼ぶ。

なお、この元付けの位置に、管理会社が座ることがかなり一般的になってきているのが、近年の動向だ。

図:賃貸物件情報流通の仕組み(共同仲介のケース)

そのうえで、元付けは流通図面(いわゆるマイソク・物件チラシ)や、その他業者間媒体を使い、物件情報を広く不特定多数の客付けに周知し、入居者募集活動を促す。

その際、すぐに入居が決まりそうな“おいしい”物件ほど、多くの客付けを集めることになるが、その頭数の分だけ広告の数も増えていくことになるわけだ。そのため不動産ポータルサイトには、通常、同一物件が複数載っている。

さて、そうした「二重媒介」上での広告活動が行われているなか、複数存在する客付けのうち1社が、見事入居者を獲得したとする。つまり成約だ。

そうなれば、その事実は、本来ならばほかの客付けすべてにも通知されなければならない。なぜなら、彼らがそれを知らずにいると、彼らが世に出し続けている当該物件の広告は、その全部がおとりとなるからだ。

ところが、現実にはあまねく通知するというのはきわめて難しい。

不特定多数を相手に物件情報を流している以上、元付けは、自らと、今回成約を勝ち取った1社のほかは、どの会社がその物件を広告しているのか、把握したくともしきれない。

そうした事情もあって、元付けからの情報にもとづいて客付けがこしらえた広告がおよぼす結果の責任を誰が負うのか? それについて、不動産業界とその周辺においては、官民すべてにわたっての一致した見解が存在する。

責任は「客付けがもつ」ということだ。いわゆる広告主責任に集約されている。

よって、客付けが成約済物件によるおとり広告を発生させ、入居希望者に迷惑をかけても、元付けには影響が及ばない。

たとえ元付け側にミスがあって、客付けからの確認に対し、成約した物件を「ある」としていた場合も、広告に対しての責任はあくまで広告主である客付けに存在する。

そうした関係上、成約の有無を客付けに対し自発的に伝えることは、訳あって客付けを元付け側から指名しているといった特別な場合以外、やろうとしても完遂不能なだけでなく、そもそもやる責務が存在しない。「聞かれたら答えてあげればよい」までの話となっているわけだ。

一方、客付けの方は、必死の立場となる。

繰り返すが、元付けには、成約を自発的に彼らに知らせる義務はなく、現実にも行わない。なので、元付けが何十社存在しても、広告が何百件あっても、確認は客付け側がひとつひとつ手作業で行っていく必要がある。

そこで、客付けは、電話を掛けたり、元付けが客付け向けの物件リストをインターネット上に用意している場合は、それを検索し、物件が成約によって消えていないかを確かめたりする。

しかしながら、ときにはサイトへの情報反映精度が頼りないことなどもあって、その場合はやはり時間を縫っての電話となる。

とはいえ、「元付け何十社」「広告何百件」のボリュームを一体何人がいれば、そんな風に次々捌いていけるだろうか。

つまり、ここに、入居希望者に無駄な問い合わせの手間をかけさせ、時間を奪う「おとり広告」が発生するもうひとつの大きな要因がある。

客付け側の業務体制の中で、取り扱う広告の量と人的パワーとのバランスが崩れ、オーバーフローが起き、確認を放っておかれる物件が発生した際、客付けが知らないところで起きている成約済みの事実がそれにぶつかるごとに、次々おとりが生まれてくるといった流れだ。

悪意のおとりはおそらく減っている

以上、「賃貸おとり広告は、なぜ存在し、無くならないのだろうか」との疑問に対する、根本的な2つの理由を説明した。

述べたとおり、賃貸おとり広告が生み出される理由のうちもっとも大きなものは、市場の根元の部分にすでに構造として備わっている。なので、これを減らすことはできても、なくすことは、現状不可能といっていい。

そのうえで、より問題なのは「悪意のおとり」とも呼ぶべき存在だ。

ほとんどの賃貸おとり広告は物件成約の事実と、客付けがそれを知るまでのタイムラグによる成約済物件広告として世に現れる。だが、悪意のおとりはそうではない。

成約したことを実は知っていながら(または推測できていながら)、それでも「この物件は客を釣るよいエサになる」ということで、一部の業者はわざと広告を出し続ける。そのうえで、釣り上げた客には、自らの都合のよい別の物件を紹介するわけだ。

つまり、これこそがおとりという言葉の意味を正しくなぞる、真のおとり広告といっていいだろう。

もっとも、「紹介された別の物件を客が気に入ればそれはそれでいいんじゃないか」と、いう人もなかにはいる。だがそれは違う。悪意のおとりは、市場の観点からは故意の不正競争に当たり、蔓延すると業界が腐っていく大きな要因となる。決して擁護されたり、許されたりするものではない。

なお、統計は存在しないと思われるが、私の実感値としては、こうした悪意のおとり広告を行う業者は、私が冒頭の仕事をやっていた時代に比べいまはかなり減っている。

その理由としては、賃貸不動産業界全体がコンプライアンスをより重んじる方向でレベルアップしたこと、つまり真面目になったことがまず大きい。

さらには、前述した不動産公正取引協議会連合会を構成する各団体や、いわば前線で体を張ってきた不動産情報誌(=のちのポータルサイト事業者)による努力も大きいのだが、話は内輪褒めとなる。ここで終わることとしておこう。 

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この記事を書いた人

コミュニティみらい研究所 代表

小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。

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