ハザードマップを忠実になぞる熱海の被災地 「頭上の剣」はほかの地域にも下がっていないか
朝倉 継道
2021/07/07
写真はイメージ。熱海・伊豆山地区の土石流とは関係ありません/©︎Elmar Gubisch・123RF
「予告」されていた被災地
温泉地・熱海が、甚大な豪雨災害に見舞われた。7月3日午前、JR熱海駅から北へ約1.5kmの辺りに広がる同市伊豆山(いずさん)地区の中心部を大雨による大規模な土石流が襲った。住宅など約130棟が流されたり、破壊されたり、泥に埋まったりなどの被害を受けている。
発災直後から、現地では懸命な救出・捜索作業が続いているが、助け出される人の数に比べて安否不明者が多く、死者、行方不明者ともに多数にのぼることが懸念されている。7月6日夜の時点では、今後の状況はいまだようとして知れない状態だ。
ちなみに、熱海の伊豆山地区といえば、源頼朝と北条政子の逢瀬の場所ともされる東日本指折りの古社・伊豆山神社がその地理的中心となっている。山が海に押し出すように迫る傾斜の厳しい土地で、今回、土石流は伊豆山神社本殿をのせた山の尾根の南側住宅地をすさまじい勢いで流れ下っている。その流路は全長およそ2㎞で、蛇のように細長く、現地を流れる二級河川「逢初川」(あいぞめがわ)の川筋に完全に沿ったかたちとなっている。
そこで、この土砂の流れた跡を地域のハザードマップに重ねてみると、まさにため息を禁じ得ない。言葉は不謹慎ながら、今回の災害は見事といっていいほどハザードマップ上にくっきりと“予告”されている。
イエローゾーンの真っ只中を流れた土砂
今回、土砂が駆け下った範囲は、上記、逢初川水系の上流にあたる3本の沢のうち、もっとも北側の沢の源流部分から流れが谷を下って住宅地に現れたあと、残り2本の沢水も誘って合流し、市街地を突っ切って海に注ぎ込むまでのルートと重なっている。
このルートはハザードマップで見ると、人家のない山中の谷あい部分を除いては、すべてが土石流による土砂災害警戒区域に含まれている。この区域は、通称「イエローゾーン」とも呼ばれるもので、土砂災害が発生した場合、住民の生命・身体に危害がおよぶ可能性があるため、市町村長等は警戒避難体制を整備しなければならないこととなっている。
また、不動産関係者であれば、イエローゾーンはいわゆる重要事項説明の対象であることも知っているはずだ。すなわち、「大雨が降って、山から土砂が流れ落ちてきたときは、この付近は呑み込まれるおそれがある。そのときは当然命にかかわるから、よく考えて家を買ったり、借りたりしてくれ」というのがこのイエローゾーンで、今回はそれが不幸にも現実に起きてしまったということになる。
無論、ハザードマップは、完全品でも完成品でもない。盛り込まれる情報は調査などによって随時流動するが、たびたび叫ばれているその確認の重要性を今回の悲劇はまざまざと世の中に示すこととなった。
頭上の剣が下がっていたか
一方、ツイッターの映像などに捉えられた今回の災害の様子を見ていて、当初から違和感を覚えた人も、現地の山の様子や土砂災害をよく知る人のなかには少なくなかったはずだ。
私も、実は伊豆山地区には過去に何度か訪れたことがあり、風景には多少詳しい。そこで、土砂に埋まる街の様子をニュースなどで見ると、映像に切り取られた範囲内ではあるが、あの緑鬱蒼とした山々から崩れ落ちて来たものにしては、樹木の混入が少ないのが不思議だった(被災地がまさに「流木まみれ」となる、過去の似た災害の様子を思い出してみてほしい)。
しかし、その原因と思われるものは、さほど時間も経たないうちにあっという間に世間に知れ渡った。なんと今回の土砂災害では、人の手による大量の盛り土が雨水を含んだ結果、推定5万立方メートル以上もの規模で崩れ、谷も削ったうえで街まで流れ下ってきているという。
そのため、あらためて各映像を見直すと、やはり街を埋めているのは山が崩れての土砂や岩、流木が中心といった感じではない。どちらかといえばさらさらとした「泥流」が、家や道路をひたしているといった印象だ。
そこで、問題の盛り土だが、発災前の写真を見ると、さきほどの逢初川の北の沢の最上流部分をまるで詰め物をしたかのようにうずめている。すると、結果論として、土砂災害警戒区域のリスクの原因そのものである土砂が、ここにはわざとてんこ盛りにされていた可能性が窺われる。
とはいえ、ここに盛り土をした人や、それを許した行政が、沢の下流の人々の命をないがしろにする意図をもってこれを行ったわけではもちろんないはずだ(想像できていてやったのならば、その行為は犯罪に類することになる)。
となれば、一体どういう判断と時系列によって、このような状態になってしまったのか。人の頭上に刃物を糸で吊り下げておくような状況がほかでも起きていないか、厳密な検証が全国でも速やかに行われるべきだろう。
ハザードマップに見当たらない盛り土
さて、そのうえで、次にはこの逢初川最上流部分の盛り土について、国土交通省のハザードマップポータルサイトを開き探してみた。すると、当該現場のような大規模盛土造成地は掲載の対象となっていておかしくないのだが、なぜか見当たらない。
とはいえ、熱海市のデータはここにはすでに盛り込まれているはずで、現に当該地周辺の別の該当箇所はきちんと色分けがされ、明示されている。
そのため、「国交省か県・市に尋ねようか」「しかし、こんな時期の問い合わせは間違いなく迷惑」……と躊躇していたところ、先に報道があった。
朝日新聞デジタル7月5日付の記事によると、国交省担当官の話として、「盛り土の上や、盛り土をした山の斜面のすぐ下側に人家がなかったためにマップの掲載から外したことが考えられる」とのこと。
つまり、「崩れても人に危害が及ばない盛り土であると思った」ということのようだが、それが事実であれば、今後はぜひ遠慮願いたい判断といっていいだろう。
われわれは、今回、ハザードマップの重要性をとにかく身に染みてよく知った。国も、地方も、今後、行政はこれまでに増して口酸っぱくハザードマップの確認を国民に要請することになるだろう。
一方の国民にとっても、気候が年々不安定さを増すなかで、ハザードマップを人生の重要な判断の基とする機会もこれからさらに増えていくはずだ。
無用の意図や、ましてや忖度による取捨選択など存在しない、プレーンで判りやすい情報開示の場を国を挙げて整備していける環境を皆で整えていきたいものだ。
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この記事を書いた人
コミュニティみらい研究所 代表
小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。