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1964-2020東京五輪へと続く道路開発1――幻の地下高速「築地~新富町」ルート(1/3ページ)

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写真/立木 信

川を埋め立て作られた駐車場と公園

東京五輪では東京都、大会組織委員会、国という三者によって大会の準備から、実行までを担うかたちになっているが、一大国家イベントに変わりはない。そのため国をあげて競技場はもとより、関連施設、鉄道や道路といったインフラ設備にいたるものまで官民が一丸となって開発を行う。

前回の1964年の東京五輪においても、東海道新幹線、東京モノレール、首都高速、環状七号線など交通インフラが整備された。しかし、計画通りに着手はしたものの、完成しなかったものもある。

その1つが首都高速道路環状線の新富町ジャンクション(中央区築地1丁目の中央区役所本庁舎付近)を作る構想だった。工事そのものは構想通り行われたものの、今なお長く未利用まま「幻の首都高速」としてその姿をとどめている。

銀座を貫く晴海通りと新大橋道路が交差する築地四丁目交差点。その一角に建つのが「築地本願寺」だ。その周辺は大小さまざまなビルが建ち並ぶ。

また、築地市場が豊洲に移転したあとも、商店や飲食店が身を寄せるように軒を連ねる築地の場外市場エリアは今も健在だ。しかし、そこにひときわ目立つ新しい建物が中央区営の市場である「築地魚河岸」だ。


築地魚河岸 小田原橋棟

この「築地魚河岸 小田原橋棟」から築地本願寺裏を北東方向、新富町方面に目を向けると、ほぼ直線のスペースが開けており、そこは駐車場や公園として利用されている。ここはその昔、旧築地市場あたりまで通じる築地側の支川だった。


本願寺裏は駐車場になっており、遊歩道が整備されている

その名残からか、公園名は「築地川公園」とされている。

また、公園が通りと交差するところには「備前橋」や「暁橋」などの通り橋の欄干、史跡説明が建てられ、そこがかつて川に架けられた橋があったことを今に伝えている。


かつて橋だったことを伝える史跡説明

次ページ ▶︎ | 地下へとつながる舗装道路と突然現れる広場 

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この記事を書いた人

経済アナリスト

マクロ経済面から経済政策を批評することに定評がある。不動産・株式などの資産市場、国や自治体の財政のバランスシートの分析などに強みを持つ。著書に『若者を喰い物にし続ける社会』(洋泉社)、『世代間最終戦争』(東洋経済新報社)、『地価「最終」暴落』(光文社)などがある。

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