『地面師――他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』の著者・森功氏に聞く 地面師の実態とだまされないための心構え
小川 純
2020/11/12
聞き手・文/小川 純 写真/地面師詐欺事件の舞台となった五反田の海喜館(編集部・2019年1月に撮影)
11月12日、警視庁捜査2課が表参道で他人の不動産を無断売却したとして、職業不詳の容疑者ら3人を偽造有印私文書行使容疑などで逮捕したと各主要メディアが報じた。容疑者は地面師グループの一員とみられ、詐欺容疑でも追及するという。他人の不動産をどうやって売却するのか? 地面師グループとはいったい何なのか? 地面師にだまされないためにはどうしたらよいのか? 本稿ではウチコミ!タイムズ(現媒体名 ウチコミ!タイムズ ジ・オーナー)2019年2月号に掲載した『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』の著者であるノンフィクション作家・森功氏に実施したインタビューを転載する(表記は掲載当時のもの)。
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2018年夏ごろから、次々と明らかになった地面師詐欺事件。その被害は積水ハウスが63億円、アパホテルが12億円とだまし取られた金額が大きいうえ、まんまと嵌められた企業が誰もが知る大企業とあって、注目が集まった。
こうした世間の耳目が集まるなかベストセラーになっているのが『地面師――他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』(講談社)だ。著者のノンフィクション作家・森功さんは、『サラリーマン政商 宮内義彦の光と影』(講談社)、『日本を壊す政商 パソナ南部靖之の政・官・芸能人脈』(文藝春秋)など数多くの著作があり、18年には『悪だくみ――「加計(かけ)学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』(文藝春秋)で「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」を受賞。その取材力には定評のあるジャーナリストである。
本書『地面師』では、積水ハウス事件、アパホテル事件のほか、東京・富ヶ谷の台湾華僑が持つ土地、世田谷を舞台にした事件、新橋で白骨死体が発見されたことから発覚した女性資産家の土地をめぐる事件の詳細、そして、そこで暗躍する地面師グループ実像に迫った力作だ。もちろん、ノンフィクションなのだが、丹念な取材と数多くの関係者の証言によって綴られるそれぞれの事件の背景、地面師たちの実像は、まるで小説のような展開で興味は尽きない。
個々の事件、地面師たちについては本書を読んでいただくとして、土地を舞台にした詐欺事件は賃貸住宅オーナーにとっては無縁ではない。そこで地面師事件の手口、だまされないための心得など、森さんに聞いた――。
まるで盗賊団 地面師グループの実態
――本書では「内田マイク」という地面師の頂点に立つとされる集団の頭目を中心に書かれているが、地面師グループというのはどのくらいあるのだろうか。
大きな地面師グループというのは都内では1990年代の終わりぐらいから6グループぐらいあります。ただ、バブル当時まで遡ると10グループぐらいあったようです。この当時は池袋グループ、新宿グループ、下北沢グループ、総武線グループなど、地価が上がっているような地域や沿線で分かれ、それぞれに頭目がいて、配下にそれぞれ役割を持った手下がいるようなかたちでした。こうしたグループが90年代終わりから2000年代に入って一斉に摘発され、その連中が刑務所から出てきて、頭目のなかには、引退したものがいる一方で、積水ハウス事件の中心人物である内田マイクように再開した連中もいるわけです。
そして、東日本大震災以降、とくに都心では地価が上がりはじめ、マンションの売れ行きが好調なため、マンション用地が不足していることに目をつけてかつての地面師連中が復活し、それに新しい若いメンバーが加わってグループを形成してきたというようなことでしょう。
――地面師たちは10人ほどのグループで行動し、それぞれが役割を持つ。その様はまるで鬼平犯科帳に出てくる盗賊団のようだ。その実態とはどういったものなのか。
メンバーがいないと成立しないというか、それぞれに役割があるので地面師グループには最低でも5~6人の人数が必要です。グループには、ターゲットの土地を探してきて、犯行計画を立てる主犯格のボス。地主などに“なりすまし”の演技指導をする「教育係」、なりすまし役を見つけてくる「手配師」と、パスポートや免許証などの書類を偽造する「印刷屋」や「道具屋」と呼ばれる連中。そのほかに振込口座を用意する「銀行屋」、さらには法的手続きをする弁護士や司法書士の「法律屋」、それに地主などになりすます役割というメンバーで構成されます。積水ハウス事件のような大きなものでは16人が関係していました。昔はこうしたメンバーも固定されていたけれど、いまはその都度メンバーを集めるようなスタイルになっています。
――不動産の人気スポットというと、千代田区、中央区、港区が思い浮かぶ。地面師たちが狙う土地というのはどういったものか。
住宅地でも結構狙われる土地があります。本でも書いている渋谷区富ヶ谷、世田谷区、杉並区といった住宅街、墨田区東向島といった下町などいろいろです。今回の取材でいろいろ土地を見ましたが、駅近の広い土地でも誰も住んでいないようなボロボロの家があるところは結構多いんですね。
また、いわく付きの土地というのも狙われやすい。積水ハウスがだまされた五反田の土地も、地上げ業者が入れ替わり立ち替わり出入りしていたけれど、地主が「売らない」と言っていたものでした。でも、住んでいた地主がいつの間に近所でも見かけないようになって、そのころから地面師たちが登場しています。彼らは手始めに隣接していた同じ地主が持っていた月極駐車場と契約し、地主と接触。地主の個人情報や動向を調べていました。そしてなりすまし役を仕立て上げました。
地面師詐欺事件の舞台となった五反田の土地(写真/編集部・2019年1月に撮影)
とくに最近は地主も高齢になって入院したり、施設に入ったりして住まなくっているところも狙われやすい。なりすましは、本人がどこにいるかわからないほうがいいわけで、所有者の所在がわからないとなればなおさら好都合です。こうした情報は、新橋とかの喫茶店などでブローカー同士が情報交換しています。また、内田マイクなんかは独自のネットワークを持っていて、そうした土地情報が集まってきていたようです。その情報をもとに現地を見に行ったりして、意外と地味な作業をやっています。
だましの手口と戻ってこない土地
――さまざまなところから情報を集め、ターゲットになる土地を定めて、アプローチをしてくる地面師たち。地面師たちから金をだまし取られるターゲットは一義的には不動産会社やデベロッパーだが、地主が被害者になるケースもある。
地主に接触してくるケースと地主をまったく無視するケースがあります。富ヶ谷の事件は地主が台湾人で日本にいなかったので、接触もなく行われました。また、アパホテルの事件も地主との接触はありませんでした。
地主に接触してくるケースでは、最初は地主に土地を売ってくれといわゆる地上げに来るというパターンです。そこで「売らない」と断られて、それなら地主になりすまして土地を売却しようと、地上げから地面師に方針転換するケースもある。こうした“なりすまし”は彼らの用語で「なんちゃって」と言います。
また、手数料や手付けだけをだまし取る「逆ざや」とう手法もあります。たとえば、10億円の価値がある土地に対して1億円の手付金を地主に支払い、その土地を担保に金融機関から10億円の融資を受けたり、10億円で売却。最初の手付金だけで、あとは金がないと逃げてしまうというものです。そこでだまされたと警察に被害届を出すと、100万円、200万円のお金を支払うことで、警察の介入を防ごうと「民事崩れ」にしてしまいます。その後、裁判で和解にする。和解になると取られた側も早めに終わらせたい気持ちが働いたり、本来は10億円の価値があっても、全くないよりはマシということで、5億円ぐらいで妥協してしまうこともあって、そうなれば残りは地面師たちのまる儲けです。
――何も知らず「なんちゃって(なりすまし)」の地面師事件で土地が使われたケースで、最悪なのはその土地が戻ってこないこともあるという。
本には書いていないケースですが、地主になりすまして不動産業者に売却された土地では、買った不動産業者が土地を分筆して分譲販売したというものがありました。発覚したのが売ったあとで、それを知った地主が、不動産業者を訴えましたが、だまされた不動産業者も売却してしまっているため、地主はその土地は取り返せなかったというケースもあります。
実際、本でも書いている新橋のケースでは当該の土地が、いくつかのデベロッパーを通して、最終的にだまされたNTT都市開発に売却されたことになっていて、登記上はNTT土地開発の名義になっています。この土地の地主はすでに死亡していて、相続人もいない。本来なら国庫に納められるべきものでしょうが、この先どうなるかわかっていません。また、これは未遂で終わったケースですが、駅近の条件のよい賃貸アパートがなりすましで、居住者も含めて丸ごと地面師の被害に遭いそうになったケースもありました。
警察はアテにならない? 地面師からどう土地を守るか
――この本で紹介されている地面師事件を見ていくと、どのケースについても警察や検察といった捜査機関の動きが鈍く、警察や検察はアテにならないということだ。
地面師詐欺の被害届は所轄の警察署に出されますが、所轄には詐欺や横領などの知能犯の係がありません。そのため本庁の捜査2課の指揮を仰がないとなかなかできない。2課には昔から地面師やM資金詐欺といった事件を扱うベテラン刑事がいるのだけれど、その数が少ないためなかなか対応できません。
それに逮捕しても明確な逮捕容疑は、偽造有印私文書行使や電磁的公正証書原本不実記録などで、詐欺で逮捕しても起訴まで持って行けないことも多い。これは検察も同様で事件が難しく犯意を立証したり、詐欺として立件するのも難しいんですね。そのため捜査しても不起訴になるケースも結構あり、そうなれば警察や検察の失点になってしまう。こうしたこともあって、腰が引けるところがあります。積水ハウスの事件のように大きな事件であれば、やらざるを得ないというところはあるけれど、この事件にしても16人を逮捕しましたが、4人は処分保留になっています。
また、逮捕された地面師の側も詐欺で懲役刑になっても最高で10年。電磁的公正証書原本不実記録など文書の改ざんであれば5年で、実際には2~3年で刑務所から出てきます。10億円ぐらい稼げればこのくらいの懲役刑は、彼らにとってはお休みみたいなもの。逮捕されても痛くもかゆくもない。こうしたことも、地面師被害がなかなかなくならない理由の1つです。
さらに被害者が警察に告発しても、この被害者が警察から地面師たちの共犯者と見られるケースもあります。逮捕されて取り調べを受けているときに、「被害者もグルになって銀行をだまそうとした」というようなことを言うんですね。警察もそう言われると疑いを持ってしまう。悪賢いですが、やっぱり詐欺師ですから、いろいろなことを考えてそれを専門にやっている連中なんです。
――では、こうした地面師にだまされないためにはどうしたらよいのか。その対策方法とは――。
土地をほったらかしにしないということでしょうね。具体的には、自分の土地の登記簿を見たり、上げたりはなかなかしないと思いますが、定期的に登記簿を確認する。また、弁護士や司法書士選びもポイントです。事件で使われた文書などを見ると、地主の生年を間違えていたり、干支が違っていたり、小さなミスが必ずあります。弁護士や司法書士もこれを見つけていたりするのですが、同じ“商売”だしということで、単純なミスとして済ませる人もいます。こうした小さなミスも見逃さないことです。
『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』
著者/森 功 出版社/講談社 定価/1600円+税
ノンフィクション作家。「週刊新潮」編集部などを経て独立。2008年、2009年 「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を連続受賞。『同和と銀行』『総理の影『大阪府警暴力団担当刑事』『総理の影』など著書多数。『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で2018年、「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」を受賞。
この記事を書いた人
編集者・ライター
週刊、月刊誌の編集記者、出版社勤務を経てフリーランスに。経済・事件・ビジネス、またファイナンシャルプランナーの知識を生かし、年金や保険など幅広いジャンルで編集ライターとして雑誌などでの執筆活動、出版プロデュースなどを行っている。