東京都(台東区) 文明開化から続く老舗 浅草『すき焼 ちんや』で食する絶品肉
2021/06/22
江戸から令和 歴史と文化の新旧が交錯する街、浅草
浅草——そこは、江戸時代には商人が集まり、近隣日本橋には河岸(魚市場)もある、人が集まる歓楽街だった。そして訪れる大政奉還。
日本は江戸から明治時代へと近代の道を歩み始め、西洋の文化が一気に流れ込む「文明開化」が始まる。これを機に庶民にも衣食住の変化が訪れる。特に「食」。そう、牛肉を食べる文化が始まるのだ。幕末から明治に活躍した戯作者、仮名垣魯文(かながきろぶん)は自著『安愚楽鍋』の中で「牛肉を食べない人間は流行りに遅れている」と記している。街は変われども味は変わらないのが食文化。今日は贅沢に財布を開化させてすき焼にする。
創業140年のちんやが辿り着いた魅惑の「適サシ肉」
浅草には『今半本店』など、すき焼きの名店がいくつかある。なかでも6代目がしっかりと暖簾を守る『すき焼ちんや』で食することに決めた。店名の由来は「狆屋(ちんや)」。江戸時代、諸大名や豪商に狆(ちん・愛玩犬)などを納めていたのでそう呼ばれたらしい。その後明治13年に料理屋に転じ、同36年にすき焼の専門店に。屋号はそのまま今に至る。
ちんやでは、食材の品質を徹底的に管理し、商標登録している「適サシ肉(適度な霜降肉)」を馳走になることとする。「文明開化」————まさにその当時を思わせる店内にタイムスリップした。
メニューを開き、間髪入れずに「桐」[宮城県産・島根県産の雌牛適サシ肉とざく(焼豆腐・しらたき・野菜)のセット]を所望する。
きれいにサシの入った適サシ肉は見た目も香りもいい。期待が膨らむ。浅草ちんや祭りの始まりだ。仲居さんから食材の説明を受け、いよいよガスコンロに火が入れられ、幕が開ける。さすがプロの手さばき————鍋と食材が一つのすき焼きという芸術品になる。
牛脂を鍋に万遍なく広げ、まずは葱から。切口がちょっと焼けてきたら、待ちに待った肉を入れ、ちんや秘伝の割下を鍋に注ぐ。
そして絶妙な頃合いで肉を掬い上げ、用意していた卵にくぐらせる。
うまい。
一枚の鍋の上で繰り広げられる肉と野菜、割下のランデブー。適サシ肉は火が通っても柔らかい。ぱくりと口に運べば溶けるように喉奥に吸い込まれていく。関西のすき焼きは具材の熱を冷ますために卵を使うと聞いたことがあるが、いやいや卵に失礼である。肉を優しく包み込み味を調えてくれるのだ。
最初の適サシ肉を食べた後は「ざく」の出番である。ざくとは葱をざくざくと包丁で切って、ほかの野菜・具材と一緒に盛ってあるからである。鍋に行儀よく整列したら火を強める。
肉の旨味が残る割下に、2度目の適サシ肉と一緒に煮込む。最初のそれとは違い、今度は野菜の旨味が足される。肉の柔らかさ、葱・椎茸の程よい硬さ、豆腐の舌触り、白滝の滑らかさがこの一枚の鍋の上で繰り広げられる。至福の時だ。
江戸の食文化を確実に継承している「すき焼き」。
本当であれば一杯傾けながらすき焼きを愉しみたいところだが、今は、江戸っ子も黙る「令和の禁酒令」。なんとももったいない話である。いつか解禁になったらもう一度ここで食したいものである。そしてまた活気のある「浅草」を取り戻さなくてはいけないと思いながら、店を後にする。
今回お邪魔したおいしいお店:『すき焼 ちんや』
※下記住所に移転・再開
再開日:2022年3月18日(金)
移転先:東京都台東区花川戸2丁目16-1
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この記事を書いた人
編集者・ライター
長年出版業界に従事し、グルメからファッション、ペットまで幅広いジャンルの雑誌を手掛ける。全国地域活性事業の一環でご当地グルメを発掘中。趣味は街ネタ散歩とご当地食べ歩き。現在、猫の快適部屋を目指し日々こつこつ猫部屋を制作。mono MAGAZINE webにてキッチン家電取材中。https://www.monomagazine.com/author/w-31nekoyama/