『ねばぎば 新世界』/浪花節で人情味あふれる勧善懲悪の娯楽作
兵頭頼明
2021/07/03
©︎映画「ねばぎば 新世界」製作委員会
数々の映画賞を受賞し、内外から高い評価
かつて「浪速のロッキー」として人気を博し、現在は俳優として活躍する元プロボクサー・赤井英和が、2006年『ありがとう』以来15年ぶりに主演を務めた作品である。
2020年ニース国際映画祭外国映画部門で最優秀作品賞と最優秀脚本賞を受賞し、WICA-World Independent Cinema Awards 2021 外国映画部門では最優秀主演男優賞(赤井英和・上西雄大)を受賞した。
大阪・新世界の串かつ屋で働く勝吉こと村上勝太郎(赤井英和)は、親分肌で後輩の面倒見がよい男だ。彼はかつてボクシングジムを営んでいたが、練習生が覚醒剤取引を行って逮捕されたことを機に、ジムを畳んでいた。
そんな勝吉の勤める串かつ屋は、元犯罪者の更生プログラムを運営している幼馴染み・沢村(上山勝也)が経営する店であった。勝吉は沢村から刑務所の慰問に誘われ、そこで弟分のコオロギこと神木雄司(上西雄大)と再会する。
勝吉とコオロギは大のヤクザ嫌いで、かつて共にヤクザを潰し回り伝説となった間柄だが、コオロギは悪い女に引っかかり、覚醒剤所持の罪で服役中だったのである。しばらくしてコオロギは出所。沢村の協力のもと、勝吉と同じ串かつ屋で働き始める。
ある日、勝吉はカルト集団から逃げ出した少年が追われているところに出くわし、その少年を助け出す。少年の名は徳永武。武は母親が入信したことで父親と別れさせられ、そのことがショックで言葉を発することができなくなっていた。武は筆談で会話しようとするが、失読症のコオロギは武が書く文字を読むことができず、悔しい思いをする。
勝吉たちは武を保護し、父親を捜索するとともに件のカルト集団に探りを入れるが、そこには若く血気盛んだった頃の勝吉にボクシングを教えた恩師・須賀田(西岡德馬)の娘・琴音(有森也実)も所属していた。勝吉とコオロギは武と恩師の娘を助けるために立ち上がる――。
本作で監督・脚本、そして赤井英和とW主演を務めた上西雄大は、2012年に大阪で劇団10ANTS(テンアンツ)を立ち上げ、関西の舞台を中心に活動。その後、映画製作にも進出し、製作・監督・脚本・主演を務めた『ひとくず』(19)がWICA 2021とロンドン国際映画祭の外国映画部門で最優秀作品賞を受賞するなど、国内外から高い評価を受けている。
監督・脚本・プロデューサー上西雄大がみせた自身の幅の広さ
『ひとくず』は、生まれてからずっと虐待を受けてきた少女と、その家に空き巣に入った男の物語。この作品で上西が演じた主人公は、電気もガスも止められ、食べる物も与えられず置き去りにされた少女に、幼いころ虐待を受けていた自分の姿を重ね、彼女を救おうと動き出す。しかし、犯罪者である主人公が少女を救うために選んだ方法は、社会通念から逸脱していたというお話だ。
児童虐待をテーマにしてはいるが、社会派を気取ったお上品な作風ではなく、骨格は浪花節で、そこにリアルな描写と娯楽性が同居するという新しい感覚の作品であった。上西をはじめ主要キャストがほぼ無名というのも新鮮で、木下ほうか、飯島大介、田中要次らベテランのワンポイント出演が絶妙のスパイスとなっていた。
本作『ねばぎば 新世界』はいささかヘビーな味わいの前作『ひとくず』に比べて軽いタッチとなり、娯楽映画に徹した作りとなっている。アクションシーンも随所に取り入れられ、「浪速のロッキー」赤井英和ならではの見せ場も用意されている。
その一方で、浪花節の部分は前作よりも強調されており、人情味あふれる主人公と仲間たちが織り成す勧善懲悪の物語として実に分かりやすい。
本作は、上西雄大が自身の幅の広さを内外にアピールした作品と言えるだろう。『ひとくず』は映画ファンを唸らせる秀作であったが、上西がメジャーへの階段を昇ってゆくためには、純然たる娯楽作品も撮れるということを示す必要があったのだ。彼にとって『ねばぎば 新世界』の製作は必然であった。
一般大衆とうるさ型映画ファンの両方を唸らせる娯楽性と作家性、そして興行力を兼ね備えた作品の製作。上西雄大ならば、それができるはずだ。次回作にも期待したい。
『ねばぎば 新世界』
監督・脚本・プロデューサー:上西雄大
出演:赤井英和/上西雄大/田中要次/菅田俊/有森也実/小沢仁志/西岡德馬
配給:10ANTS 渋谷プロダクション
2020/JAPAN/Stereo/DCP/108min
7月10日より公開
公式HP:http://nebagiba-shinsekai.com/
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この記事を書いた人
映画評論家
1961年、宮崎県出身。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。日本映画ペンクラブ会員。2006年から映画専門誌『日本映画navi』(産経新聞出版)にコラム「兵頭頼明のこだわり指定席」を連載中。