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オーナー変更に伴う退去のお願い!?突然送り着けられた困惑の通知

南村 忠敬南村 忠敬

2022/10/24

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夏の終わりが好きだ。人々が躍動した季節の終わりには、喧騒から静寂へと向かう流れのなかで、残暑厳しき都会のムッとした風にもかすかな哀愁が漂い始め、ひと夏の思い出が秋を誘うからだ。振り返る余裕もない慌ただしい世の中、“十五夜お月さん”を見て跳ねる兎を見上げ、好みの酒や音楽を楽しむ。一度はやってみたいと思いながらも、ただの一度も風流を嗜んだことはない。今年こそは、と意気込んで、余裕ある中秋を楽しむぞ!と思わせることなく大雨だ、いきなり10度近くも気温が下がるだの、上がるだのの9月を過ぎてしまって、特徴的ラニーニャ現象に季節のうつろいも台無しの日々である。皆様、どうぞご自愛ください。

ある日のこと。数年前に同窓会で再開を果たした高校時代の友人から久しぶりに電話が鳴った。母子家庭で立派に育てた自慢の娘さんが東京の大手企業に就職され、一昨年の春に東京都心で賃貸マンションをお世話頂く地元の不動産業者を、所属協会のネットワークを頼って紹介した。無事に新生活を始めた彼女の元に、一通の手紙が届いたという。「謹啓」で始まる定型の気候挨拶は、それが事業者からだと即座に読み取れる行に続き、「すでにご承知のとおり8月末に弊社が所有権を取得した本物件の運用を検討しておりましたが、築後二十年以上を経過した建物で、設備等の老朽化や今後の維持修繕を鑑みると、このまま運用を続けることは困難と判断し、再開発事業として有効利用を図ることとなりました云々」とある。要は、このマンションをぶっ潰して新築分譲マンションを建てる計画だから、賃借人は出ていってくれ!ということだ。
賃借人にはこの手紙と電話が一度。9月末に合意書を持参するので署名押印をと依頼してきたのは、新オーナー会社の営業社員で、金銭補償についても合意書に記載されているらしい。ならば、取り急ぎその合意書をファックスでも良いから送れと電話を置いた。

【賃貸借契約の終了とは】

人が住み、または使用収益を目的とする建物の賃貸借には、借地借家法が適用される。民法では、賃貸借の終了は①期間満了、②解約の申し入れ、③解除、④目的物の全部滅失の4つ。例えば、契約に期間の定めのない建物の賃貸借については、当事者のいずれかが解約を申し入れてから3ヶ月を経過することで終了すると定めている。4つのパターンは共に大雑把な規定だし、これらは任意規定とされているから、これを当事者で変更する合意も有効となる。例えば、期間満了によっても当事者が異議を述べずに使用が継続されている状態を定義するのに、予め同期間同条件で更新されたものと看做す規定や、合意解除や債務不履行に一定の条件を付すことも公序良俗に反しない限りは有効に扱われるなどだ。
 一方、借地借家法は民法の特別法と位置付けられ、民法の規定と異なる借地借家法に基づく約定は、特別法が優先される。これも例えれば、期間満了による終了に対して借主が更新を希望する場合に、貸主がそれを拒絶するには、貸主側に「正当事由」が必要としている(借地借家法第28条)ことや、期間の定めのない建物賃貸借契約の賃貸人が解約の申入れをする場合、特に6ヶ月の期間を要するなどもそれである。

しばらくして友人から合意書(案)と、期間内解約のお願いと書かれた通知が送られてきた。通知書は前述した通り、合意書の内容に目をやると、解約を合意する場合の補償について次のように記載されていた。
1.令和5年1月15日を期限として本物件を明け渡す
2.合意解約金として金415,000円を支払う(ただし、預かり敷金を含む)
3.9月末日までに合意した場合に限り退去月までの賃料を免除する
 この物件の賃料は管理費込みの月額83,000円。敷金は1ヶ月で83,000円だから、実際の補填額(所謂立退料)は332,000円である。この話を聞いた9月中に合意した場合に限り賃料3ヶ月半相当額を免除するということになる。また、332,000円は引っ越し費用や次の転居先の契約金等の経費だというが、それは実費弁償であって補償ではない。つまり、退去を受容れた場合の賃借人の経済的メリットは、今後3カ月ほどの短期間に次の新居を探索する労力と時間的損失、環境変化による心理的、経済的損失、引っ越し費用と転居先の契約金等が補填されることである。しかし、それらが考慮されているという説明も根拠もなく(敷金全額返還なんて当然の当たり前!)、そもそもこの話に合意しなければならない理由など見当たらない。


(引っ越しのイメージ)

【正当事由は何処に?】

借地借家法26条1項は、更新拒絶要件を定めている。それには「当事者が期間の満了の1年前から6ヶ月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなければ…」と書かれているから、契約終了を期間満了日として、更新しないのであればその1年前から6ヶ月前までに意思表示を行うことが必要という意味である。
 期の途中で、且つ立ち退き期日を3ヶ月半後と約定させるこの合意書(合意解約であるから更新拒絶ではないという理屈)には、事業者の手慣れた日常業務の様相が目に浮かぶ。

送られてきた書面に目を通してから友人に尋ねた。「で?、娘さんは立ち退きに合意してるの?」「合意するも何も、ここには居られない雰囲気らしくて、仕方ないって言ってるわ」「まだサインしてないの?」「してないよ。私に任せると言ってます」。。じゃあ、方向性を確認することとしよう。立ち退きに合意はするけど、もう少し条件を有利に交渉しようということになった。そこでまず、基本的な借地借家法の考え方と法律のポイント、相手方との交渉の進め方、話のもって行き方を伝授する。
 『そもそも築二十年そこそこで、鉄筋コンクリート造のマンションが老朽化し、維持が難しいなんて通常はあり得ない(現に生活している友人の娘さんは、特に困ることも無かったと証言している)』のだが、事業用賃貸物件にも貸主からの解約には正当事由が必要なことは当然で、借地借家法28条の更新拒絶要件に在る「建物の現況」とは、建物自体の物理的状況、つまり、取壊し・建替えの必要性が生じていることも考慮している一方で、同条後段の「建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出」という部分が重要で、単に老朽化による取壊し、建替えの必要性だけをもって正当事由有りとした裁判例は殆ど無いのが現実であることを説明した。
ということで、交渉の鍵は「相応の立ち退き料」であるから、提示された金額は不服であるとし、その根拠は、賃借人に債務不履行やその他の落ち度が全くないにも拘らず、解約に合意するモチベーションとしての経済的メリットが無いことだと伝えてはどうか、と助言した。

【合意出来ずに住み続ける選択はあり?】

実際、斯様な現場で立ち退き交渉に関する事例をいくつも見てきた拙者が、今回の相談に際して一番危惧したことは、賃借人の正当な権利と利益を主張することが、反って事業者とトラブルに発展し、結果として我慢比べのようにならないとも限らないことだった。
“地上げ屋”という言葉があまり聞かれなくなってはいるが、地上げ行為が無くなってきたということではない。刑法の厳罰化や迷惑防止条例の整備などによって、違法な行為が影を潜めてきたこともそうだが、土地神話の崩壊と長期化する不景気によって、そもそも需要が細っていることも起因する。
一方で「追い出し屋」なる者たちは逆で、不景気に拍車を掛けたコロナ禍にあって、家賃を滞納する入居者は増え続けている現状、主に賃借人を強制退去させる民間人グループや会社などが請け負う「追い出し行為」は一昔前の暴力的な言動だけではなく、執拗で陰湿な迷惑行為で違法すれすれの神経戦も目立つ。
管理会社やオーナー側は、共用部分の電気を切ることから始まり、清掃業務などの日常管理業務を取り止め、間接的に恐怖感を与えるような行動を繰り返して入居者を追い込む。それを辛抱、我慢して住み続ける理由とメリットはあるのか?というと、結局は金銭補償の額にスズメの涙ほどが反映される程度であるなら、適当なところで合意する方が賢明、ということになるのも無理はない。

後日、友人から明るい声で本件の顛末の報告を頂いた。
「ナンソン(拙者は学生時代から友人たちにこう呼ばれている)のご指導のお陰で、最初の条件から返還敷金とは別に賃料の6ヶ月分を立ち退き料として支払う。併せて退去までの賃料の全額を免除するという条件で娘も納得し、合意しました!ありがとう!!」と。
良かったかどうかは別にして、燻らせるシガーの紫煙の向こうに、都心の一角に、また新しい分譲マンションが竣工する姿がふと浮かんで消えた。

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この記事を書いた人

第一住建株式会社 代表取締役社長/公益社団法人全日本不動産協会・公益社団法人不動産保証協会・一般社団法人全国不動産協会 理事

大学卒業後、大手不動産会社勤務。営業として年間売上高230億円のトップセールスを記録。1991年第一住建株式会社を設立し代表取締役に就任。1997年から我が国不動産流通システムの根幹を成す指定流通機構(レインズ)のシステム構築や不動産業の高度情報化に関する事業を担当。また、所属協会の国際交流部門の担当として、全米リアルター協会(NAR)や中華民国不動産商業同業公会全国聯合会をはじめ、各国の不動産関連団体との渉外責任者を歴任。国土交通省不動産総合データベース構築検討委員会委員、神戸市空家等対策計画作成協議会委員、神戸市空家活用中古住宅市場活性化プロジェクトメンバー、神戸市すまいまちづくり公社空家空地専門相談員、宅地建物取引士法定講習認定講師、不動産保証協会法定研修会講師の他、民間企業からの不動産情報関連における講演依頼も多数手がけている。2017年兵庫県知事まちづくり功労表彰、2018年国土交通大臣表彰受賞・2020年秋の黄綬褒章受章。

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