いまさらだけど「礼金」って何? まけてもらわないと損をするの?
賃貸幸せラボラトリー
2022/03/06
イメージ/©︎yuliang11・123RF
知っている人もぜひ読んで
賃貸住宅を借りる際の契約に絡んで、昔から疑問や質問の対象になる一番といえば、おそらく「礼金」だ。
いわゆる「賃貸デビュー」する若者たちが、進学や就職によって毎年大勢生まれて来ること。礼金に馴染みのない人が多い地方もいくつかあること。
そのうえで、ほかならぬお金の話だけに、つねにガイダンスが求められることになるのがその理由だろう。賃貸・永遠の謎費用といっていい。
反面、話題に採り上げられすぎるために、「礼金のことはもういい。詳しくわかったよ」という人も少なくないはずだ。しかしながら、この記事はちょっと違う。話題をやや多岐に広げてみる。最後まで付き合ってみても損はないかもしれない。
なお、お断りとして、以下では主に首都圏を中心とする関東エリアなどで慣習化しているかたちの「礼金」について、述べていくものとする。
礼金の意味は文字どおり「お礼」
日本で賃貸住宅を探す外国人に向けたガイドブックを国土交通省が制作し、同省のウェブサイトで公表している。このうち英語版を見ると、礼金は「Key Money」と訳されている。ではその内容は?と見ると、いささか素っ気ない。「住宅を借りる契約の際、多くの場合で家主に支払う必要があるお金です。通常は家賃1~2カ月分です。返金はされません」と、いったくらいのところだ。
そこで、もう少し突っ込んで解説してくれている例をほかに探すと……
例えば、「礼金は英語に訳すと“感謝のお金”です。物件の貸主が、あなたが部屋を借りることを許可してくれたことへのお礼を意味します」と、いったものが出てきたりする。
Good――それで正解だ。しかしながらここで……
「いやいや待ってくれ。感謝ってなんだよ。家賃を払うお客様はこっちじゃん!」
そう言いたくなる人もなかにはいるに違いないが、なにしろ「礼」「金」だ。上記はまさに字義どおりのゆるがぬ答えといっていい。なおかつ、礼金は歴史をさかのぼれば、おそらくそうしたお礼と感謝の意味を込めたものとして始まっている。
礼金の歴史
礼金がいつ、どのように始まったかについては諸説ある。以前よくいわれていたのが戦中発祥説だ。空襲で自宅を失った人が、雨露しのげる家を探し回り、それをどうにか見つけられた際、路頭に迷わぬよう便宜を図ってもらったお礼として家主に差し出したものが慣習化したとする説だ。
一方、最近多いのが、関東大震災発祥説だ。流れは戦中発祥説と同じで、要は大量の住宅難民が震災により発生した。そこで、自宅の部屋を空けて貸し与えてくれるなどした家主に対し、借家人が、家賃とは別に謝礼を差し出したとするものだ。
なお、戦中説、震災説、いずれにしても新聞やその他の出版物が世の中に生まれて以降の話となる。誰か研究者が資料を突き詰めれば、答えの検証は容易かもしれない。
ともあれ、二説どちらにしても、その当時といえば現在よりもずっと人心猛々しい面のあった時代のはずだ。美しい話だけでなく、困った人の足元を見るような露骨な例も数多くあったことだろう。
やがて、戦後になると、今度は地方から多くの若者が、学ぶため、働くために都会に押し寄せる時代となった。そのため、この間需給バランス上賃貸住宅オーナーは長きにわたって入居者に対する立場を優位に保ち続けた(=貸し手市場)。
また、いわゆる下宿が多かった昭和終盤頃までは、地方から都会へ出た若者の親代わりをつとめてくれる存在としての大家=オーナーへ、実家の親が感謝の気持ちを表す心情的関係も多く見られた。
礼金はそうした環境のなかで文字どおりの礼金=謝礼金として生き残り、その後はほぼ意味を失いつつも、慣習化したかたちで現在に残っているといって差し支えないだろう。
礼金の法的根拠
礼金に法的根拠はない。法令上の意味づけも位置づけもされていない。礼金はあくまで民間における社会的慣習のひとつであり、民・民において契約毎に定められる自由な約束ごとのひとつにすぎないものだ。そのため……
「礼金を払わされる理由に心当たりがないので私は払いません」
「ではすみませんが部屋は貸せません。あなたと契約しません」
――これが当然成り立つことになる。
つまりは、礼金に対する諸人の不満について、法律は味方をしてくれない。なお、一部特殊なケースが現れた場合は、消費者契約法がサポートする可能性はあるだろう。
一方、礼金とよく並んで話題にのぼる「敷金」は、その名称も定義もいまは民法上明確に規定されている。関心があれば同法第622条の2をぜひ見てほしい。現状、礼金との大きな性格の違いといえるだろう。
ただし、ここに面白い判例がある。「平成21年10月29日大阪高裁判決」というもので、ここで争われたのは礼金ではなく実は更新料の有効性だった。しかしながら、これに巻き込まれる(?)かたちで、この判例では礼金に明確な定義が与えられている。
その定義とは、「礼金は賃借権設定の対価である」というものだ。すなわち、本解釈において礼金はいわゆる「権利金」であるということになる。対して、お礼や謝礼、感謝のためのお金といったウェットな意味合いは、この定義上ほぼ消えて無くなっている。
ちなみに、ほかにも判例に表れた礼金の解釈としては、「礼金は広義の賃料」といったものや、「前払い賃料」といったものもある。賃料であってもそこには賃借権への対価としての意味合いもおそらく含まれてよいはずなので、礼金=賃借権設定の対価=権利金説は、この流れの上では順当だ。
よって、裁判官はじめ法律のプロであれば、「礼金とは何ぞや」の問いに対し、「お礼でしょ」は答えとしにくいところ(現実にはお礼ではなくなっているのでややこしい)、権利金にしておけば多分法的には扱いやすい。なのでこれを答えにもってくるケースが、通常多くなるはずだ。
礼金はまけてもらわないと損?
そんな礼金だが、これをながく成り立たせてきた賃貸住宅における貸し手市場は、現在、大枠としては崩壊している。少子化や、長期にわたるわが国経済の低迷などを背景として、多くのエリア、マーケットにおいて、築年等の条件も絡むかたちで礼金はかなり設定しにくくなっている。
また、仮に設定する場合であっても、その全額を必ず手にしたいと考えているオーナーはもはや少ない。よって、もしも額面どおりに貰えたならばうれしいものの、値引きを求められれば100%の譲歩も含め、即応じるつもりでいるケースがいまは少なくないだろう。それよりも入居の確保こそが重要ということだ。
つまり、これを入居希望者側から見れば、「礼金は値引きを打診しないと確率的に損」ということになる。なので、その物件が本当に住みたい物件であるのならば、遠慮する必要はまったくない。「とても気に入ったので、礼金無しにしてくれませんか」「いくらか値引きしてくれませんか」と、堂々申し出てみよう。
ただし、絶対に値引きしてくれるだろうとの決めつけは当然よくない。物件の建つエリアが人気のエリアで建物は新築といったケースや、そこに春の繁忙期も重なるといった場合など、値引きの打診を断っても、オーナー側としては「次の客がすぐに見込める」状態になっている。
さらには、物件のステイタス上、高い礼金でも気にせず払える入居者を厳選するためあえて礼金を設定しているような物件もあるので、その辺を心得たうえで「真摯に」「明るく」打診には臨んでほしい。
例えば、身も蓋もない話になるが、その入居希望者がいかにも真面目そうで、受け答えも明るく、勤め先もそれなりの会社で給料も高い――などといった場合、不動産会社(仲介会社・管理会社)もオーナーも、「優良入居者だ。この客は逃したくない」と、判断したりする。ほかの相手の場合はお断りする礼金の値引きを快くOKするといったことも、もちろんありうるだろう。
礼金は誰が貰っているのか?
礼金は、前述のとおり家主に対する謝礼金としておそらく発生した。ほぼそれで間違いないはずだ。また、文字の上ではいまも賃貸オーナーに対する「お礼」を意味するものとなっている。
しかしながら、現状はどうかといえば、不動産会社が契約時に入居者から預かった礼金は、あとでオーナーに渡される場合もあれば、不動産会社の手元に残る場合もある。つまり、後者では多くの場合、礼金はオーナーが彼らに与えるインセンティブ(ADなどという)の原資となっている。
もっとも、それをもって礼金がオーナーに渡っていないと決めつけるのは短絡的な話で、例えば上記のケースで入居者に対し礼金の値引きが行われた際、逸失金額をオーナーがあとで不動産会社側に対し補填していれば(そのことによりインセンティブが満額支払われるかたちになれば)、その取引において礼金はやはりオーナーが受け取る立場に立っていたことになる。
他方、そうした手当てがされないのならば話は変わる。その礼金はオーナーへの謝礼を装いつつ、実は不動産会社が受け取る収益であったということになるだろう。
ともあれ、こうしたことからもよくわかるのは、礼金がやはり現在は「謎のお金」になってしまっているということだ。字面は「お礼」でも、その意味は時代とともに間違いなく失われている。
一方、これを裁判所がいうとおり賃借権(相続もされる立派な財産だ)を買うための権利金だとすれば、簡単に値引きされたり、設定しないゼロ物件が多数あったり、世間の扱いはやたらと軽すぎる。
礼金で街の人気を測る
最後に、礼金が賃貸住宅市場において、街の人気を測るバロメーターのひとつとなる話を付け加えよう。
いまは検索性にすぐれた不動産ポータルサイトというものがあるため、例えばある駅の周辺エリアにおいて礼金を設定している物件がどのくらいあるか、設定していないいわゆる「礼0」物件がどのくらいあるか、数も割合もたちどころに導き出すことができる。
つまり、これで街・駅の人気の一端を知ることができる。やり方は簡単で、検索条件を操作し、その「街・駅」エリアの賃貸物件における礼金設定率を調べてみればよい。
そこで出てきた数字が高ければ(礼金設定率が高ければ)、その街・駅エリアは、オーナー側が市場に対し強気に出られているエリアだ。逆に低ければ、そこはオーナーが強気には出られていないエリアだ。
すなわち、前者は礼金を払ってでもその場所の物件に住みたいとするニーズが高い、貸し手優位なエリアであることが想像出来、後者はその逆であることが推測できるといったかたちとなる。
なお、この数字は、当該エリアにおける物件の数にも影響される。いわゆる「人気の街」でも、物件が大量供給されていて競争が厳しいと、礼金設定率には重しがかかりやすくなる。つまり、そこを加味しての物件全数を見ながらの判断も必要だ。
参考までに、2月下旬に某大手サイトから拾った数字を挙げてみよう。
場所 | 礼金設定率 | 掲載総物件数 |
恵比寿 | 62.9% | 約8,500 |
吉祥寺 | 55.3% | 約8,100 |
横浜 | 39.9% | 約5,500 |
大宮 | 44.1% | 約3,400 |
千葉 | 32.1% | 約4,500 |
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賃貸住宅に住む人、賃貸住宅を経営するオーナー、どちらの視点にも立ちながら、それぞれの幸せを考える研究室