「自宅兼事務所」で退去? うっかりミスの「家賃の滞納」で退去?――条件の解釈をめぐって起こる賃貸住宅のトラブル
大谷 昭二
2020/11/02
イメージ/©︎beer5020・123RF
部屋を借りる際には賃貸借契約を結びますが、その際にさまざまな条件が付加されます。そうした条件の解釈をめぐってトラブルになることがあります。そこで今回は居住専用賃貸住宅の使用範囲、うっかりミスによる家賃滞納をめぐるトラブルについて考えます。
「自宅兼事務所」で退去?――どこまで許される居住専用住宅の利用
Q.現在は居住用として借りている物件ですが、今度独立することになり、自宅兼事務所として使用したいと考えています。そこで管理会社に相談すると、「事務所として使用するなら退去してもらう」と言われました。解決する方法はないでしょうか?
A.入居目的が「居住専用」となっている物件に、どの程度の仕事を持ち込むことができるかという問題です。一般に「居住専用」となっている物件を「事務所」などとして使用することはできません。しかし、「事務所」と言ってもピンからキリまであり、すべての「事務所」が認められないかといえば、そんなことはないはずです。
「事務所」に限らず、営業用途として問題になるのは、不特定多数が出入りすることで、他の入居者が安全快適に生活することに支障が出たり、入居者が駐車場や駐輪場を使用することが困難になったり、物件自体の傷み具合が激しくなることです。
逆に言えば、「事務所」といっても、「自宅兼事務所」で、来客がそれほど多くない不特定多数の人が出入りする頻度や数もそれほど多くなければ、他の入居者が不安になることはないでしょうし、駐車場や駐輪場の使用に差し障るような問題がなければ、「家主との信頼関係が破壊された」とまではいえません。
たとえばSOHOなど、自営業の登録場所として便宜上、「事務所」と呼んでいるような場合も多くあります。また、コロナ禍によるリモートワークの導入で、自宅で仕事をすることが一般化してきています。
自宅兼事務所といっても、不特定多数の人が出入りするわけでもなく、他の入居者に迷惑をかけるようなことがなければ、居住専用であったとしても、許される範囲と考えられるでしょう。
そこで、「事務所」としての使用内容をについて、管理会社および家主に説明し、「万が一、事務所としての使用によって、家主や他の入居者に迷惑をかけるようなことがあれば、事務所としての使用を中止する」などという念書を提出するなどして、理解を求めるということもできます。
それでも、管理会社や家主の理解が得られず、「事務所」として使用した場合は、管理会社や家主との一悶着を覚悟しなければならず、強行すれば、裁判などに発展することになるかもしれません。
契約書には書いてあるけれど……うっかりミスの「家賃の滞納」で退去しなくてはいけないの?
Q.契約書には「家賃を1カ月でも滞納すれば即刻退去させる」と書いてあったのですが、うっかりして家賃を1カ月分滞納してしまいました。すると、家主から「契約違反なので、違約金を支払って退去してもらう」という通告を受けました。契約書に明記されているのであれば、家主の求め通り、退去するしかないのでしょうか?
A.日本には、「契約自由の原則」(私的自治の原則)というものがあります。
つまり、誰と契約してもしなくても、それは自由であり、契約内容も原則として自由、契約の方式も自由であるというものです。
その前提には、独立・対等・平等な市民間においての契約については、できるだけ当事者の自由に任せようという国の判断があります。
したがって、原則としては、どのような契約も自由であり、契約する際に、署名捺印しているということは、契約事項を承認しているということになります。そのためそれに反した場合は、従わざるを得ないということになります。
ところが、居住用の建物の賃貸借契約においては、家主が一方的に定めた契約事項を、借主が承諾するかどうかだけの権利しかないため、もともと、対等・平等ではないとされます。
一般の契約と住宅の契約での違いを放置して、当事者の自由に任せておくことは、家主が好き放題の契約を定めることを容認することになり、良好な社会秩序にも悪影響を及ぼすことになります。そこで、いくつかの制限を設けて、好き勝手な契約ができないようにしています。
制限の1つ目は、借地借家法上の「強行規定」に違反していないことです。
契約内容が、借地借家法上の「強行規定」に反している規定は無効であるとされており、それに違反していないかどうかが問題となります。そして、家賃の滞納については触れられていませんので、この点からは、この契約は有効になります。
2つ目は、契約内容が公序良俗に反していないかどうかです。
「公序良俗」の法律用語としての意味は、「現代社会の一般的秩序を維持するために要請される倫理的規範」とされています。
殺人依頼の契約、愛人契約などの誰が考えても公序良俗に反している契約以外でも、男女によって定年年齢が異なるようなケースでも、性別による不合理な差別として、公序良俗違反とされた場合もあります。
そこで、「1カ月」の滞納による契約解除」が、社会の秩序を壊すほどの不合理な契約内容かどうかが問題となります。これは人によって判断が分かれるところです。
逆に言えば、誰が考えても、「公序良俗違反である」とも言えないレベルですので、「公序良俗違反により契約は無効」とは言えないでしょう。
3つ目は、法律用語で言うところの「例文解釈」による契約内容の無効とはならないかという点です。
これは、少しややこしくなりますが、不動産の賃貸借契約などで、文言どおりに解釈することで、結果があまりにも不当なことになってしまう場合、契約内容そのものを「単なる例文である」として、その効力を否定するものです。
しかし、これまでのところ、短期間の家賃の滞納による契約解除を、「例文解釈」によって無効であると判断されたケースはないようです。
4つ目は、2001年4月に施行された消費者契約法による「消費者の利益を一方的に害する規定は無効である」という規定に違反していないかどうかという点です。
この点については、長期的な契約関係を前提とした建物の賃貸借契約において、わずか1カ月分だけの滞納によって契約解除を行うことが「消費者の利益を一方的に害する」規定だという判断を行うことが可能かもしれません。
ただし、まだ、消費者契約法の規定を取り上げた判例がないため、必ず、そのような解釈になるかどうかははっきりしていません。
そこで、最終的には、これまでの判例で蓄積されてきた考え方によって、契約内容を判断することになるでしょう。
判例での考え方は、「信頼関係破壊の理論」と呼ばれているものです。
つまり、居住を目的とした長期間にわたる賃貸借契約においては、単に契約違反にあたる事実があるだけでは契約を解除して退去させることができず、「家主と借主との間の信頼関係がなくなってしまった」というような状況になって初めて、家主からの契約解除を認めるようにして、借主の居住権を守ろうとしているのです。
そのため「家賃を1カ月でも滞納すれば即刻退去させる」という契約条項は、「明らかに無効である」とまでは言えません。かといって、それだけで適用されるわけではなく、借主に家賃の支払いの資力があるにもかかわらず家賃を滞納し、家主が納めるように何度も督促したのに、数カ月以上も滞納を続けたということであれば、これはもはや、借主は、「家賃を支払うという約束を守るつもりがない」と見なされます。つまり信頼関係破壊となります。
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この記事を書いた人
NPO法人日本住宅性能検査協会理事長、一般社団法人空き家流通促進機構会長 元仲裁ADR法学会理事
1948年広島県生まれ。住宅をめぐるトラブル解決を図るNPO法人日本住宅性能検査協会を2004年に設立。サブリース契約、敷金・保証金など契約問題や被害者団体からの相談を受け、関係官庁や関連企業との交渉、話し合いなどを行っている。