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増える賃貸住宅の敷金・原状回復のいざこざ

「敷金」トラブルの基礎知識――「原状回復」費用を負担しなくてもいいケース、しなければならないケースとは?

大谷 昭二大谷 昭二

2022/02/07

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イメージ/©︎peshkov・123RF

増加傾向の原状回復、敷金返金トラブル

国民生活センターの賃貸住宅の敷金・原状回復トラブル相談には2020年には1万2048件の相談が寄せられ、相談件数は年々増える傾向にあります。その相談者も若年主婦から高齢者まで及んでいることから、賃貸住宅トラブルを予防し、迅速な問題解決のための対策が早急に必要となっています。

国民生活センターに寄せられた事例として挙げられているのは、1)管理会社の了解のもと行った光回線工事を、退去時に工事は許可していないと言われ、原状回復費用を請求された、2)原状確認書を管理会社が紛失したため、入居時あった傷も含めて修復費用を請求された、3)原状回復費用に襖の張替費用などを請求された、4)5年間住んでいた部屋を退去したところ、壁紙修理のためとして敷金は返金できないと言われたなど、具体例が紹介されています。

表)全国消費生活情報ネットワークシステムに登録された相談件数の推移

年度 2018 2019 2020 2021(6月30日時点 )
相談件数 12,500 11,798 12,048 2,626(前年同期2,342)

出典/国民生活センター

とはいえ、「通常の使用」をしていれば入居者負担はありえません。

アパートを借りた場合、通常の使用に伴って部屋は経年変化し、古くなるのは当然です。したがって、そのような賃貸借契約の性質から、入居者に新品に近い状態にして返還する義務はないとされ、経年変化、自然の劣化・損耗による価値減少分は、賃料収入によってカバーされるべきであると考えられているのです。

裁判例から具体的にどのようなものが、自然損耗にあたるかですが、畳、襖、障子、カーペットの時間の経過による損耗、結露や湿気による壁のクロスの汚損等がこれに該当するとされています。

では、原状回復の基本からよくある事例をQ&A方式で説明していきましょう。

「原状回復」「善管注意義務違反」とは何か?

Q. 入居の時、仲介不動産会社から出るときには、原状回復をして出るように言われたのですが、原状回復とはなんですか?

A. 「原状回復」とよくいいますが、このこと自体を理解されていない方も多くいます。

そもそも民法における「原状回復義務」とは、賃借人の収去義務のことであり、入居した当時の新品のクロスの状態に戻すことではありません。つまり、自分で持ち込んだ冷蔵庫やテレビなどを退去の時に運び出すことをいうのです(民法616条・598条)。

Q. 2年間住んでいた部屋を引っ越すことになりました。大家に敷金の返還請求をしたいのですが、敷金からどのようなものが引かれるのですか?

A. 原状回復とは、単に古くなったものを取り替えたり、新品にして戻すことではありません。そのため「通常の使用」をしていて経年劣化と見なされるものは、敷金から差し引かれません。

ただし、賃借人が「通常の使用を越える使用」によって壊したり、汚したり、「毀損・損耗」した場合はその修繕費用は賃借人が負担しなくてはならないと考えられます。これを「善管注意義務違反」(民法400条)と言います。

Q. どういう状態にすると「善管注意義務違反」になるのでしょうか。

A. 民法400条には「債権の目的が特定物の引渡になるときは、債務者は、その引渡をなすまで、善良なる管理者の注意をもって、その物を保存することを要す」とあります。

具体的には、賃借人が不注意で火事を起こした場合、賃借人はこの義務に違反したことになって、賃借人は債務不履行による損害賠償の責任を負うことになります。しかし、通常の使用をしていた場合は「損害賠償責任」を問われることは常識的にもおかしいのです(民法400条/民法415条)。

次ページ ▶︎ | 「通常に使用」の範囲とはどこからどこまで?

分かりづらい「通常に使用」の範囲

Q. 「通常に使用」という言葉の範囲はどこまでになるのでしょうか?

A. 「通常の使用」によって必然的に発生した汚れ、傷(汚損・毀損部分)の原状回復の費用は、減価償却費として一般的には賃料に含まれています。この「通常の使用」については裁判において判例が出ています。

具体的には次のようになります。

・入居者が代わらなければ、取り替える必要がない程度
・入居者が代わらなければ、そのままにして置くような状態

このような使用によって生じる損害は、居住者に責めを負うものではないと結論づけています。

また、国土交通省の「ガイドライン」では、「通常使用」について、次のように区分をしています。

経年変化:建物・設備等の自然的な劣化・損耗等
通常損耗:賃借人の通常の使用により生ずる損耗等

これらについては判例から「通常の使用」として賃借人には原状回復義務がないと定めています。

一方、「通常の使用」を超える使用とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失・善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような損耗等と定義しており、こうしたものは、賃借人は原状回復の義務があると判例が定めています(保土ヶ谷簡易裁判所平成7.1.17 事件番号 平成6年(ハ)第819号/国土交通省「ガイドライン」)。

クロスや壁の傷、汚れ、破損…どこまでやったら負担しなくてはなりませんか?

Q. クロス(壁紙)を不注意で破った場合、すべて全額を負担しなければならないのでしょうか。

A. クロス(壁紙)を不注意で破ってしまった場合、通常に使用している場合に比べて、被害が大きければその部屋のクロスの張り替えをしなくてはなりません。

しかし、クロスの張り替えを行った場合、新品のクロスを返還したことになります。言い換えれば、賃借人がなんの問題もなく過ごしていれば、家主は中古の物品の返還を受けることになるのに、新品の物品の返還を受けるのは、明らかに不合理です。

そのため負担が求められる場合でも、クロスの経年変化・減価償却を考慮しながら決定されるべきです。つまり、新品にするための費用を全額負担することはないということになります。

Q. 画鋲でポスターを貼っていたため、クロスが変色しています。また、何もしていなのに網入りのガラスにひびが入っているのですが、こうした場合も敷金から清算されるのでしょうか?

A. ポスターなどを貼って生じるクロスの変色は、主に日照等の自然現象によるもので、通常の生活による損耗の範囲であると考えられます。また、ポスターなど貼った際の画鋲やピンの傷も下地のボード張り替えが不要な程度では、通常の損耗と考えられます。

網入りガラスの亀裂は、構造的によくおきる問題です。ガラスエッジの加工処理の問題と熱膨張率の差から自然に発生した場合は、賃借人には責任はありません(大阪地裁平成7.9.19 平成7年(レ)第28号/横浜地裁平成8.3.25 平成7年(レ)第3号)。

Q. タバコのヤニで汚れた場合のクロスの張替費用は敷金から差し引かれるのですか。

A. タバコのヤニの汚れについては、通常の喫煙とは言えないほどひどく、居住としての使用が耐えられないような場合には、善管注意義務違反ないし「通常の使用を超える使用によって発生した」毀損であると認められるため張替費用の一部が入居者負担になる可能性があります。

昨今、タバコについては、公共施設など喫煙場所の制限は年々厳しさを増しています。喫煙自体は、個人の自由に委ねられています。そのため賃貸住宅の部屋は個人の居住空間として提供されているので、一般的には自室で喫煙することは、当然許容されているといえます。

であれば、喫煙禁止などの特約がなければ、当然、家主は喫煙自体については容認しているということになります。よって、壁紙の張替費用を敷金から控除することは原則できないと考えます(国土交通省ガイドライン/保土ヶ谷簡裁 平成6年(ハ)第819号)。

建物賃貸借契約の終了に伴う原状回復の問題は、実務の感覚と法律的な責任の範囲が必ずしも一致していない面が見られます。要するに、法律上の原状回復は、賃借人がその建物の引渡しを受けた時の状態に戻す、建物の引渡しを受けたのちに賃借人の都合で付設した物件や設備を撤去する、あるいは、賃借人の責めに帰すべき事由になります。すなわち、賃借人側のなんらかの故意もしくは過失で建物を破損した場合は、破損個所を補修し旧の状態に戻すということが、原状回復義務の範囲になります。

一方、不動産取引業界での「自然の損耗」とは、その建物の本来の用法に従って通常の使用をしたことにより建物や附属設備が損耗することは、その部分を賃借人が入居当時の状態に戻す必要がないということです。

例えば、天井、床の張り替え、壁紙の張り替えまでして入居時と同じ状態にまで戻すということを求めることはできない、というのが法律解釈上の原状回復の範囲です。

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この記事を書いた人

NPO法人日本住宅性能検査協会理事長、一般社団法人空き家流通促進機構会長 元仲裁ADR法学会理事

1948年広島県生まれ。住宅をめぐるトラブル解決を図るNPO法人日本住宅性能検査協会を2004年に設立。サブリース契約、敷金・保証金など契約問題や被害者団体からの相談を受け、関係官庁や関連企業との交渉、話し合いなどを行っている。

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