立退きと正当事由について
森田雅也
2023/10/24
土地や建物の賃貸借契約においては、貸主側から借主に対する立退きの請求が認められることは容易ではありません。立退きが認められるには、正当事由が必要です。今回は、立退きと正当事由についてみていきましょう。
正当事由が求められる場面とは
そもそも正当事由が求められる場面とはどのような場合でしょうか。
まず、土地の賃貸借契約においては、借主が契約の更新を請求した場合に、貸主が、これ以上更新したくないならば、遅滞なく異議を述べる必要があります。
次に、建物の賃貸借契約においては、借主がこれ以上賃貸借契約を更新したくない場合には、賃貸期間満了の1年前から6か月前までに更新をしない旨の通知を出すか、賃貸借の解約の申し入れをしてから6か月が経過することを待つ必要があります。
このとき、実際に更新がされることなく賃貸借契約が解約されるためには、土地の契約であればその異議に、建物の契約であればその通知又は申し入れに、「正当事由」がなければならないとされているのです。
つまり、正当事由がないと、賃借人に立ち退いてもらうこと(賃貸借契約の解約)は認められないのです。
なお、賃借人が家賃を払わない、騒音を引き起こすといったように賃借人に非がある場合に賃貸借契約を解除できるか、という話は、また別の問題なため、今回の解説では触れないこととします。
【正当事由とは】
では、具体的には、どのような事情が認められれば正当事由があると判断されるのでしょうか。
正当事由の判断要素は、賃貸人及び賃借人がその土地や建物を必要とする事情、従前の賃貸借の経緯、土地や建物の利用状況、立退料、といったところになります(借地借家法6条、28条参照)。
土地や建物を必要とする事情については、例えば、賃貸人が家族と同居するための新居をその土地に建てる必要がある一方、賃借人は土地上の家を既に使用していないといった場合には、正当事由を認める方向に働きます。
また従前の賃貸借の経過や土地建物の利用状況については、以前から賃借人が家賃を滞納することがあるといった賃貸借契約上の義務の履行状況が良くない場合や、老朽化が著しい場合、借主が土地建物をほとんど利用してないといった場合は、正当事由が認められやすいです。
逆に、賃借人自身や同居家族が病気を抱えており、引っ越すことが相当な負担と言える場合や、その他例えば、賃借人が店舗経営をしている場合は、店舗経営はある程度の期間継続して使用することが前提となっていることから、正当事由が認められにくい事情となります。
次に立退料ですが、このように、土地建物を必要とする事情、従前の賃貸借の経緯や利用状況などを考慮して、正当事由がある程度は認められそうだという場合に、最終的に正当事由があるといえることを補完する大きな要素となるものが立退料です。なお、厳密には正当事由があるといえない場合でも、立退料の額で賃借人が納得してくれれば立ち退いてもらえる場合もあります。いずれにせよ、立退料の額は、実際に立退きが認められるか否かの判断にあたっては大きな要素となります。
正当事由に関する裁判例
ここで、裁判で争いになったケースでは、どのような場合に正当事由が認められたのかみてみましょう。
- 東京地裁平成3年9月6日判決
賃貸人は地方で退職をし、今後再就職するにあたって都内で居住する必要があるが、本件建物以外に適当な住宅がない一方、賃借人は本件建物に居住し、そこでワープロ教室を営んでいるというケース
立退料の金額700万円(現行家賃の約10年分) - 東京地裁平成17年5月30日判決
賃貸人は、本件土地に自らの家族と同居するための家を建築したい一方、賃借人は、本件土地の一部を無断転貸するなどしていたが基本的には本件土地を問題なく使用していたというケース
立退料の金額700万円(借地権価格は1300万円程度) - 東京地裁平成29年1月17日判決
他の賃借人はすべて立退きに応じて退去予定となっている一方、本件建物は築44年を経過して修繕工事が多発しており建て替えが合理的とはいえるも、直ちに解体を要するほど老朽化しているわけではない。また本件建物の賃借人夫婦がうつ病にり患しており、転居が多大な負担になるというケース
立退料の金額200万円(毎月の家賃が約7万円だったケース)
立退料の中身は、引っ越し料金、営業保証、移転に伴う社会的変化への補償、訴訟の長期化の予防など、様々な要素が含められています。ひっくるめて、迷惑料、と言われることもあります。
賃貸人としてできる対策
以上の裁判例はほんの一例ですが、賃貸人と賃借人の状況や立退料の金額からも、賃借人の地位が強く保護されていることがわかるかと思います。
自分で貸していた土地や建物を、自分が家族と同居するために使いたい、建物の老朽化に伴って建て替えて新しくしたい等と思っても、立退きに応じてくれない賃借人がいれば、裁判にまで発展しかねず、その場合には、正当事由が認められるための高いハードルを越えなければなりません。
そこで、将来、立退きに関して争いになることを避けたい(賃貸借契約を更新しなくて済むようにしたい)という場合には、通常の賃貸借契約ではなく、定期賃貸借契約を締結するという契約形態をとるということが考えられます。
定期賃貸借契約が通常の賃貸借契約と異なる点は、土地の賃貸借の場合には、通常の賃貸借契約であれば30年以上の契約期間を設ければ良いところ、定期賃貸借契約では原則として50年以上である必要があります。
建物の定期賃貸借契約の場合には、期間の制約はありませんが、通常の賃貸借契約と異なり、必ず書面で契約をすることが求められています。
賃借人は強く保護されるということを予め認識しておきましょう
賃貸借契約は、長期にわたる継続的な契約です。また、人間にとって住むところが安定しているということは極めて重大です。ですから、賃借人は、法律によって強く保護され、一度締結された賃貸借契約は、簡単には終わらせることはできないのです。
不動産のオーナーとして賃貸を検討する場合は、それを踏まえた上で、契約形態をどうするか、どのような層を対象に貸すか、将来自分が借地を使う可能性はありそうか、等々、よく考えて、検討されると良いでしょう。
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この記事を書いた人
弁護士
弁護士法人Authense法律事務所 弁護士(東京弁護士会所属)。 上智大学法科大学院卒業後、中央総合法律事務所を経て、弁護士法人法律事務所オーセンスに入所。入所後は不動産法務部門の立ち上げに尽力し、不動産オーナーの弁護士として、主に様々な不動産問題を取り扱い、年間解決実績1,500件超と業界トップクラスの実績を残す。不動産業界の顧問も多く抱えている。一方、近年では不動産と関係が強い相続部門を立ち上げ、年1,000件を超える相続問題を取り扱い、多数のトラブル事案を解決。 不動産×相続という多面的法律視点で、相続・遺言セミナー、執筆活動なども多数行っている。 [著書]「自分でできる家賃滞納対策 自主管理型一般家主の賃貸経営バイブル」(中央経済社)。 [担当]契約書作成 森田雅也は個人間直接売買において契約書の作成を行います。