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賃料増額の方法とその進め方

森田雅也森田雅也

2024/10/18

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国土交通省は2024年の基準地価を公表し、住宅地や商業地といった全用途の全国平均は3年連続でプラスとなりました。このような事情のほか、昨今の物価上昇も追い風となり、アパート等の賃貸人の中には賃料の値上げを検討している方もいらっしゃるでしょう。しかし、賃料の値上げは賃借人に大きな負担となり、賃借人からも不満が出る可能性があります。また、増額について賃借人の同意を得たつもりでも、後に合意の効力について争われることも否定できません。そこで、今回は賃料増額の方法やその進め方について詳しくご説明します。

賃料増額の方法には、①合意に基づく増額と、②借地借家法第32条に基づく増額があります。①の方法では、賃借人と任意の交渉を行い増額の合意を試みる一方、②の方法では調停や裁判による解決を図ることになります。

まず、①の方法ですが、賃貸人が賃借人の意思を無視して一方的に賃料を増額することはできません。なぜなら、賃貸借契約は賃借人との合意により成立するため、賃借人が同意しなければ契約内容を変更できないからです。そのため、賃料を増額するには、内容証明郵便等により増額の意思表示をした後、交渉により賃借人の同意を得る必要があります。増額交渉を行うタイミングについて法的規定はなく、交渉自体はいつでも行うことができます。もっとも、増額について賃借人の理解を得やすいよう、増額の理由やそれを裏付ける客観的資料(例えば、不動産鑑定士が作成する鑑定書)のそろう見込みが立った時点で、交渉を開始するのが望ましいと思われます。賃借人が増額について難色を示す場合には、賃料増額の時期を後ろ倒しにできるのか等、賃借人が応じやすいような条件の提示を検討することも有益でしょう。賃借人が同意しなければ交渉は成立しないため、賃借人と真摯に話し合う姿勢を見せることも重要になります。

賃借人の同意を得た際は、賃借人との間で覚書を作成するのが一般的です。覚書には、⑴表題(「賃料改定に関する覚書」といったもの)、⑵前文(契約当事者や原賃貸借契約の内容等の記載)、⑶変更内容(具体的な変更金額の記載)、⑷後文(覚書を作成し、保管する旨の記載)、⑸覚書締結日、契約当事者の署名・捺印を盛り込むのが一般的です。このような覚書を作成することで、賃借人との合意が客観的に明確となり、合意の有無を巡る後の紛争予防につながります。もっとも、賃借人が賃料増額に合意しない場合、賃借人を欺罔する、脅すなどの行為をして覚書に署名・捺印させることは控えるべきです。このような行為を行えば覚書は無効と判断され、増額が認められないため注意が必要です。

賃借人の同意を得ることができない場合には、②借地借家法第32条に基づく賃料増額請求を行うことになります。借地借家法第32条第1項本文では、㋐建物に対する租税その他の負担の増加、㋑建物の価格の上昇その他の経済事情の変動、㋒近傍同種の建物の借賃との比較といった事情を考慮して、現在の賃料が不相当となったときは、契約条件に関わらず賃料増額が可能となる旨規定されています。ただし、一定の期間、賃料を増額しない旨の特約がある場合には、賃料増額請求を行うことができない点には注意が必要です(借地借家法32条第1項ただし書)。

借地借家法第32条第1項本文で定められた前記㋐ないし㋒の考慮要素について、補足的にご説明します。まず、㋐建物に対する租税その他の負担の増加ですが、「その他の負担」には、減価償却費や維持修繕費、管理費、損害保険料等が含まれると考えられています。次に、㋑建物の価格の上昇その他の経済事情の変動ですが、建物価格の上昇を判断する際には公示価格の変動率や建築費の変動率が参考になります。また、「その他の経済事情の変動」では、国民の消費支出(消費者物価指数)や企業物価の変動(企業物価指数)、国内総生産(GDP)等が考慮されます。最後に、㋒近傍同種の建物の借賃との比較ですが、裁判例(大阪高判平成30年6月28日)では、比較の際、賃貸借契約締結時の事情やその後の経緯等に関する相違を考慮すべきと指摘されています。そのため、借地借家法32条に基づく賃料増額請求を求める賃貸人としては、比較対象となる建物の賃貸状況について具体的に検証することが重要です。以上、㋐ないし㋒の考慮要素についてご説明しましたが、考慮要素に記載された事情が認められる場合でも、それにより賃料が不相当にならなければ賃料増額請求は認められない点には注意が必要です。

賃料増額請求の手続ですが、賃料増額請求の訴えを提起する場合、最初から裁判によることはできず、まずは調停の申立てをする必要があります(民事調停法第24条の2)。調停は原則、調停主任1名(裁判官)と民事調停委員2名以上(不動産鑑定士など)で組織される調停委員会が進行をつかさどります。そして、当事者間で調停委員会の定める条項に服する旨の合意に至り、その旨が調書に記載されれば調停が成立します。調停が成立しない場合には、訴訟に移行し、増額の正当性や相当な賃料額を裁判所が判断します。

相当な賃料額の算定は、不動産賃貸借の継続に係る特定の当事者間において成立するであろう適正な賃料(継続賃料)をもとに算定するとされています。裁判では、現在の相当賃料の算定は裁判所の指定した鑑定人による鑑定結果が重視される傾向にあり(東京地判令和2年12月3日等)、建物近隣の公示価格や建物の公租公課の額を考慮して算定されます。そのため、増額を求める賃貸人としては、不動産鑑定士が作成する鑑定評価書など、裁判所を説得できる資料を収集することが重要となります。また、裁判例(東京地判令和5年1月31日)は、相当賃料額と現行賃料額で10パーセントの乖離が生じた事案において増額請求を認めています。どの程度の乖離があれば増額請求が認められるかは個別事案により異なりますが、増額請求をする際は類似の裁判例を参考に検討するのが望ましいと思われます。

一方、裁判例(東京地判平成2年7月6日)は、従前の賃料を増額した後、その翌年さらに賃料増額請求をした事案で、増額前の賃料が相当長期間にわたり据え置かれたにもかかわらず、従前の賃料増額後、短期間で再度の増額を行ったことを理由に、増額請求を認めませんでした。そのため、増額請求を行う際は、従前の賃料を増額した時点からの期間も考慮することが必要です。もっとも、どの程度の期間経過が必要かは個別事案により異なり一概に断言するのは困難と思われるため、不動産賃貸に詳しい弁護士に相談するのが良いでしょう。

さらに、裁判例(東京地判令和2年10月9日)は、賃貸人である原告が賃料増額の確認を求めた事案で、原告が賃料の支払いを受けていながら賃借人が建物を使用収益するための十分な管理を行っていない中で賃料増額が行われたことを理由に、増額を認めませんでした。この裁判例では、賃貸人が建物を使用収益させる義務に違反した事実が重視されています。そのため、増額請求を行う賃貸人としては、賃借人が建物を使用収益できるよう建物を適切に維持・管理することが重要となります。

以上のように、賃料増額には法的知識が必要となり、個別事例に即した検討が必要となるケースもあります。賃料増額をご検討の際は、不動産賃貸に詳しい弁護士にご相談することをお勧めします。

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この記事を書いた人

弁護士

弁護士法人Authense法律事務所 弁護士(東京弁護士会所属)。 上智大学法科大学院卒業後、中央総合法律事務所を経て、弁護士法人法律事務所オーセンスに入所。入所後は不動産法務部門の立ち上げに尽力し、不動産オーナーの弁護士として、主に様々な不動産問題を取り扱い、年間解決実績1,500件超と業界トップクラスの実績を残す。不動産業界の顧問も多く抱えている。一方、近年では不動産と関係が強い相続部門を立ち上げ、年1,000件を超える相続問題を取り扱い、多数のトラブル事案を解決。 不動産×相続という多面的法律視点で、相続・遺言セミナー、執筆活動なども多数行っている。 [著書]「自分でできる家賃滞納対策 自主管理型一般家主の賃貸経営バイブル」(中央経済社)。 [担当]契約書作成 森田雅也は個人間直接売買において契約書の作成を行います。

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