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修繕義務について

森田雅也森田雅也

2024/02/21

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1.修繕義務とは

地震などの天災が多い昨今、その地震によって建物にひびが入ったというような、建物の一部に破損や損傷が生じたというケースは増えてくるでしょう。では、建物を貸しているときに、地震が起きて、建物が破損・損傷したとき、賃貸人は、何か義務を負うのでしょうか。

賃貸借契約においては、契約の目的に従って、建物を使用できる状態を作出・保持することは、賃貸人の基本的な義務といえます。この基本的な義務を果たすために、賃貸人は修繕義務を負います(民法606条1項本文)。賃借人が賃貸人に対して支払う賃料は、その建物を使用するために支払っている金銭であり、そのお金を受け取っている賃貸人は、賃借人が契約で定められた目的に従って建物を使用できるようにしなければならないため、このような修繕義務を負うわけです。

建物の破損や損傷が天災その他の不可抗力によって生じ、修繕の必要性が生じた場合にも、原則として、賃貸人にはこれを修繕する義務があります。つまり、賃貸人に何らの責任がなかったとしても賃貸人は修繕義務を負う場合があるということです。

2.修繕義務の範囲

では、どの程度までの修繕義務が賃貸人にあるのでしょうか。東京地方裁判所では、「賃借人をしてその用法に従って目的物を使用収益させるのに必要な限度にとどまり、たとえ賃貸借の目的物に破損や障害が生じても、その程度が賃借人の使用収益を妨げるものでない限り、賃貸人は修繕義務を負わない」と判断されました(東京地判平成23年7月25日)。また、仮にその建物に不完全な箇所があったとしても、当初から予定されていたようなものである場合には、それを完全なものにする義務までをも負うわけではありません(東京地裁立川支部平成25年3月28日)。

3.賃料の多寡との関係

他方で、賃貸人としては、支払いを受けている賃料が低いのに修繕までしなければならないのか、というところにも関心があるでしょう。結論として、原則は、賃料の多寡は修繕義務の有無に影響がありません。そのため、通常は、賃料が低額だからといって修繕義務が否定されることはありません(東京地判平成20年12月17日)。しかし、賃貸人が修繕義務を免れるという特約(このような特約を、賃貸人修繕義務免除特約と呼ぶことがあります。)をすることは妨げられていませんので、そのような賃貸人修繕義務免除特約を定めることで、賃貸人は、修繕義務を免れることができます。ただし、この後に述べる消費者契約法10条との関係で、この特約も無効とされる可能性はあります。そして、明示の特約がなくとも、修繕義務の有無は契約の解釈によりますので、賃料が低額に抑えられていることが、修繕義務を否定する一つの要素となることがあります。名古屋高判平成15年9月24日は、次のように判断しました。すなわち、「賃貸人の修繕義務は、賃借人の賃料支払義務に対応するものであり、経済的には、賃借物の修繕費用を賃貸人が賃料の収取によって賄うことを前提としており、賃料額に比較して不相当に過大な費用を要する修繕も全て賃貸人の義務とすることは、当事者間の経済的公平に反することになるので、賃料の額と賃借物の欠陥によって賃借人が被る不便の程度との比較衡量によって決すべきこととなり、賃料額に照らして採算のとれないような費用の支出を要する場合には、賃貸人は修繕義務を負わない」と判断したのです。東京地判昭和41年4月8日は、「賃貸人が修繕義務を負うのは、修繕が可能であって、かつ、その必要のある場合に限られるものというべく、修繕が可能というためにはそれが物理的に可能であるだけでなく経済的にも可能であることを要するものと理解すべきである。すなわち賃貸人に上記の義務を認めることがかえって、賃貸借の基礎を成す経済関係に著しい不公平を来すこととなり、信義則上妥当でない場合には、賃貸人は修繕義務を免れ賃借人賃借家屋について修繕をした場合でもその費用償還義務を負わない」とも判断しました。

建物の賃貸人が修繕義務を負うのは、賃借人から賃料をもらって、賃借人に建物を使用させているのであって、その賃料の一部を使って建物を使用できるように修繕することも、経済的には合理的であると考えられるからです。もし、賃料額と修繕費を比較して、修繕費が不相当に過大であるときにも、賃貸人が全て修繕しなければならないというのは、当事者間において、経済的な観点から公平に反します。そこで、経済的な公平に反するときには、修繕義務を免れる場合もあるのです。

以上のように、賃貸人は修繕義務を免れることができるのは、支払いを受けている賃料との関係で、修繕費用が不相当に過大であると評価できるような場合であって、賃料が低いからといって全ての修繕義務を免れるわけではありません。賃料が低くても、賃料と比べてなお修繕費が不相当に過大とまで評価できないのであれば、賃貸人には修繕義務があると判断されることになります。

4.賃借人修繕負担特約

では、予め、修繕費は賃借人の負担とする、賃借人修繕負担特約をしておくとどうでしょう。賃貸人が修繕費を負担しないという意味では、賃貸人修繕義務免除特約と同じ意味を持つとして、同じように取り扱われることも多いものですが、厳密には、賃借人に修繕義務があるという点で、異なる特約です。賃借人修繕負担特約も、それ自体は、民法上許容されています。しかしここで問題となってくる法律があります。それは、消費者契約法です。消費者契約法10条には、「消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。」と定められています。この意味するところは、消費者の利益を一方的に害する契約条項は無効とすることで、消費者を保護しようというものです。賃貸借契約において、賃借人の利益を一方的に害するような契約条項も、消費者契約法10条とのかかわりで問題となってきます。東京地判平成25年12月19日は、建物賃貸借契約の条項中に、専有部分の修理は賃借人の負担とする特約のある事案について、次のように判断しました。すなわち、「専有部分である本件居室に係る必要費のうち、賃借人が利用する設備機器の修繕に要した費用のようなものについては、賃借人であるYの負担とする上記特約は直ちに信義則に違反して賃借人の利益を一方的に害するものということはできないが、他方、修繕費等のうち、例えば、当該建物の主要な構造部分の修理費等のように、一般的に、当該修繕費によって賃借人が賃借する期間を超えて賃貸人の利益となるようなもので、かつ、多額の費用を要する修繕費等の支出についてまで賃借人の負担とすることは信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものということができ、そのような修繕費等につき賃借人の負担とする規定部分は消費者契約法10条によって無効とされるべきものということができる。」と判断しました。

この裁判例は、以上のことを前提に、賃借人が、ガス器具のリモコン操作部の修理費2万円の支出などを含め、賃借人が利用する設備機器の修繕に要した費用であって、かつ、その金額も多額とは言えないため、賃借人修繕負担義務を無効とせず、賃貸人がその費用を負担する必要はない、という判断をしたのです。これは、賃借人が賃借する期間を超えて賃貸人の利益となり、かつ、多額の費用が掛かった、というわけではないため、賃借人修繕負担特約は無効とはならないとしたのです。

5.おわりに

以上のように、賃貸人が修繕義務を負うか否か、仮に修繕義務を負う場合であってもどの程度の修繕を行う必要があるかという点については、契約に定められた文言のみで判断されるのではなく、修繕の程度やかかる費用、賃料額の多寡、契約締結時における当事者間のやり取り等を総合考慮して判断されることになります。地震によって建物が破損・損傷したときには、具体的な事情を考慮しながら、修繕義務の有無やその修繕内容を検討して、賃借人の理解を得られるように交渉をしていく必要があります。

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この記事を書いた人

弁護士

弁護士法人Authense法律事務所 弁護士(東京弁護士会所属)。 上智大学法科大学院卒業後、中央総合法律事務所を経て、弁護士法人法律事務所オーセンスに入所。入所後は不動産法務部門の立ち上げに尽力し、不動産オーナーの弁護士として、主に様々な不動産問題を取り扱い、年間解決実績1,500件超と業界トップクラスの実績を残す。不動産業界の顧問も多く抱えている。一方、近年では不動産と関係が強い相続部門を立ち上げ、年1,000件を超える相続問題を取り扱い、多数のトラブル事案を解決。 不動産×相続という多面的法律視点で、相続・遺言セミナー、執筆活動なども多数行っている。 [著書]「自分でできる家賃滞納対策 自主管理型一般家主の賃貸経営バイブル」(中央経済社)。 [担当]契約書作成 森田雅也は個人間直接売買において契約書の作成を行います。

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