田舎暮らしを難航させる”農地”という落とし穴
馬場未織
2016/06/10
さまざまな地目を含む、田舎の土地事情
固定資産税・都市計画税のお知らせが届き、あたふたと納税する時期が過ぎました。
最もうれしくない郵便物のうちのひとつですね。
わたしも納税をすませましたが、南房総の家は固定資産税が本当に安いなあと、毎年感じます。8700坪という法外な広さで、ほんの数万円ですから。
というのも、「宅地」部分は250坪程度のみ。全体の3パーセントくらいです。あとは「田」、「畑」、「山林」、「原野」といった地目になります。そして非課税部分として「墳墓」、「公衆用道路」もあります。
墳墓、ね。これは、家屋の裏にある土地です。
昔は、家の近くにご先祖様がいる状態が当然だったわけです。もちろん、いま残っているのは地目のみですが、いつもこの字面をみるたびに、ひとところで生と死が同居していた頃の暮らしに思いを馳せます。
また、課税対象の地目は上記の通りだけれども、なんと全部で31筆(*)にも分かれているのも田舎の土地ならではかもしれません。その一つひとつを「ええと、どこの部分の土地だっけ?」と照合するのに一苦労。公図を引っ張り出してきて、地番と合わせて、ああここはこんな値段なのねと確認します。
あの、カエル沼のある田んぼの課税額は、812円か。とか。笑。
たった3パーセントの宅地部分にかかる税金が、税額の過半を占めているんだな。とか。
そう、「田」や「畑」といった農地部分は、宅地に比べれば課税額はとても安いのです。課税明細書をしげしげ見ていると、農地の税制優遇を実感できます。
(*)筆:登記簿上の土地の区画
「農地」を取得する道のりは長い
一般的には、「農地は、農家同士でなければ売買できない」ということは、多くの方がご存知かと思います。
ではなぜ、わたしたちが農地の含まれた土地を購入できたかというと、実は、さる関係者に巨額の裏金を渡したからです…。
となると多少ドラマチックなのですが、実際は、地道に努力して「農家」の資格を取ったからです。
ん? 農家って、資格があるの?
と思われる方がいるかもしれません。
もちろんあります。農家資格を取得しないと、農家になれません。
基本的には、農地を5反=1500坪以上所有していて、その農地を管理する能力があると認められた者が、農家となれるのです(ここでいう農家とは、農業で食べているかどうか、という話とはちょっと違うと思ってくださいね)。
わたしたちの場合は、土地を取得した時点では、むろん農家ではありませんでしたので、農地部分に関しては仮登記しかできませんでした。でも、農地部分が1500坪以上はありましたので、「農家資格を取得する資格」は持っていたのです。ややこしいですけどね。
ということで、わたしたちの選ぶべき道は大きくふたつありました。
ひとつは、農地の取得は諦めて、仮登記のまま暮らすという道。もうひとつは、農家資格を取得して、農家になり、農地を本登記するという道。
わたしたちは、売り主さんの意向もあり、また将来の計画もありましたので、農家になって農地も取得しよう! と思いを定めたという次第。
まずは南房総市の農業委員会に「営農計画書」を提出し、その内容に沿って当該農地を耕作可能な状態=耕作放棄していない状態=少なくとも草ぼうぼうにはしていない状態に保ち続ける、という実績をつくるために頑張りました。草刈りや畑づくりについて手ほどきを受け、知り合いにもずいぶん手伝ってもらいました。
1年目の段階では「まだダメ」と許可が見送られて、がっくり。農業委員さんが折りにふれて視察に来るのですが、耕作状況もさることながら、東京から週末だけやってくる意味不明な家族を信頼するのはむずかしかったんだと思います。まあ、思うようにホイホイと事は進まないよねえ、とため息をつきつつ、気を取り直してまた頑張り、2年目にようやく許可が下りることに。
これはうれしかったですね。なにかの試験に合格したような気分でした。
わたしの名前は「農地基本台帳(農家台帳)」に登録され、農地の売買ができる分際となり、農地部分についても本登記にこぎつけました。
わたしとしてみれば、仮登記時に売り主さんにいつ「やっぱり売るのはやめる」と言われるかもしれないという不安定な状況は落ち着きませんでしたが、いま思えば売り主さんも「いつまでも仮登記のままでいられたら、農地に対する責任が残ってしまって嫌だなあ」と思っていたはず。
ですので、本登記の手続きの際、売り主さんとガッシリ握手して喜び合ったのを覚えています。
農地の未来を考える
農地は「耕作の目的に供される土地」だからこそ、固定資産税が低く設定されています。農地から得られる収入(野菜や米をつくって売るなど)は、たとえば都心の住宅地の土地の収益性と比べると驚くほど低く、したって税金も安い。
だからといって、農地として利用しない人が固定資産税の安さに目をつけてカンタンに農地を購入することなどできないように、農地法でさまざまな規制をしています。
しかし巷では、農地を購入して産業廃棄物などを投棄する場所にしてしまう業者もあるそう。こうした動きがある以上、農地法は緩和されないどころか、より厳しく運用されることになるのは、当然のことかもしれません。
ただ、一方で、「農地法が農地利用をがんじがらめにしている」という部分も、多分にあるのではないかと感じています。耕作放棄地が増え続けているという現状があるわけですから、農地法を部分的に緩和することで、農地をいままで以上に有効活用できるよう可能性を押し広げていく、という方向も模索する価値があると思います。
たとえば、畑のわきにちょっとした休憩小屋を建てられたらな、なんてアイディアがあったとしても、現行の法律では農地でそのようなことはできません。そんなことを許していったら農地が宅地に変わってしまう! というリスクがありますから。
でも、「ごく小さな小屋+農地」という小規模な農的生活の普及は、農地活用を促進させると思うんですよね。政府は、耕作放棄地に対しては課税強化する、という手段で農地活用を促進させることを狙っているようですが、農の現場から見ると、それは抜本的な課題解決にはならないのではないかと思えます。
次世代の人たちにとっての「農地」の価値を高める方向に、考えていきたいのですが。
…おっと。つい熱が入ってしまいました。最後に話を戻します。
わたしたちの土地売買のケースは、売主さんの「土地をいっぺんに全部売りたい」という希望があったこともあり、本登記を目指していました。でもそれだけが解ではありません。宅地だけは購入して畑部分は売主さんから借りる、といった柔軟な形も、合意さえあれば可能なはずですし、農地転用(*)という策もあります。もし、あなたの気に入った土地に「農地」というワードがあったとしても、ひるまずに最善の道を検討してみてください。
(ちなみに田舎物件には「農地」だけでなく、いろいろな要注意ワードがあります! その話も、また今度。)
(*)農地転用:農地に区画形質の変更を加えて住宅地や工業用地、道路、店舗などの用地に転換すること。 区画形質に変更を加えなくても、農地以外の状態にする行為も農地転用となる。 また、一時的に資材置き場や、駐車場などにする場合もそれとなる。
この記事を書いた人
NPO法人南房総リパブリック理事長
1973年、東京都生まれ。1996年、日本女子大学卒業、1998年、同大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2014年、株式会社ウィードシード設立。 プライベートでは2007年より家族5人とネコ2匹、その他その時に飼う生きものを連れて「平日は東京で暮らし、週末は千葉県南房総市の里山で暮らす」という二地域居住を実践。東京と南房総を通算約250往復以上する暮らしのなかで、里山での子育てや里山環境の保全・活用、都市農村交流などを考えるようになり、2011年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市役所公務員らと共に任意団体「南房総リパブリック」を設立し、2012年に法人化。現在はNPO法人南房総リパブリック理事長を務める。 メンバーと共に、親と子が一緒になって里山で自然体験学習をする「里山学校」、里山環境でヒト・コト・モノをつなげる拠点「三芳つくるハウス」の運営、南房総市の空き家調査などを手掛ける。 著書に『週末は田舎暮らし ~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』(ダイヤモンド社)、『建築女子が聞く 住まいの金融と税制』(共著・学芸出版社)など。