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週末は田舎暮らし! を始めよう(14)

震災大国に生きる。”複数の点”で支え合う暮らしとは

馬場未織

2016/04/22

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震災の記憶

 九州地方で、地震が続いています。

 緊急地震速報が鳴るたびにびくっとしつつ、この頻度で大きな地震に見舞われている被災地の方々はどれほど恐怖で、不安で、眠れぬ日々を過ごしているだろうと心が痛いです。

 5年前のことを思い出します。

 東北での状況を知るにつけ、いても立ってもいられず、支援物資を届けたり、せめて南房総の家を被災者の仮住まいとして提供できないかと「仮住まいの輪」というサイトに登録したり。

 一方で、余震やただならぬ雰囲気に恐怖する小さな子どもたちやネコたちを落ち着かせ、近所のスーパーはからっぽになるという事態に直面し、福島の原発事故で家族の避難を考え、それなのに驚くほど淡々と動き続けている仕事もあり…。思い出そうとしてもうまく思い出せない、不安と緊張の日々でした。

 みなさん一人ひとりに、そんな記憶があると思います。

 わたしたち家族はあのとき、いろいろあって結局東京に留まりました。

 また、車のガソリンも入れられない状況でしたから、南房総の家には1カ月くらい行けませんでした。

 で、いろいろちょっと落ち着いたあと、おそるおそる、アクアラインで房総半島へと向かいました。ご近所さんからは「こっちはまあ変わんねぇべ。移住してきた人たちが西に逃げたくらいかなぁ」と連絡をもらっていましたが、千葉は北部で大きな被害が出ていましたから、わが家もずいぶんなことになっているだろうと思っていました。

混沌から脱する

 ところが、南房総の家につくと、春になって草が伸びた程度で、家のなかも外もほとんど変わっていませんでした。冷気のたまった部屋は、何事もなかったかのように静かにわたしたちを迎え入れました。

 本棚、しーん。

 食器棚も、しーん。
 
 洋服ダンスも、しーん。
 
 えんぴつ1本転がっていません。

 千葉県って南北に長いから、南のほうは本当に地震の影響が少なかったみたいなのです。

 それでもなお、なんとなく緊張感のとれないわたしは、子どもたちを連れて「敷地をひとまわりしてみよう」と散歩に出ました。

 春の和らいだ空気を吸い、足元でひょこたら飛ぶカエルを見て、久々に草の匂いを吸いました。子どもたちはそこらに落ちている木の枝を拾って、ただただ、走り回りました。

 ほんと、それだけ。

 けれども、311から初めて、ちゃんと息ができたときでした。

 その感覚を、ものすごく強く覚えています。

 大変なことになっている場所と一緒に共振し、不安が増幅し、最善の行動は何だろうかと常に焦りを抱え込んでいた自分の状態が、外から見えた気がしました。

 そこには、変わらないものがありました。

 空があり、草や木々があり、鳥や虫の声がありました。

 毎年あるところに、サンショウウオの卵がありました。

 南房総だって、東京と同じくテレビやネットで震災情報が流れています。

 でも、だからといって、街じゅうが不安という状態ではありませんでした。水が売っていないところもなければ、オムツの在庫切れもない。淡々とした日常が送れるところでは、それをきちんと送る、という普通のことがなされていました。

 脳みそのなかで、自分が地球から根こそぎひっぱがされたような気分になっていること。

 その弊害は、現実に被った実害に劣らないものになっていたのだと気づきました。

 混沌としていたわたしを救ったのは、情報の少ない環境でした。

 都市は、空間自体が人のメンタリティを反映させたメディアです。

 でも自然は、いまのリアルしか伝えない。

 普段はぼんやりとしか感じていませんでしたが、このとき改めて、大地とつながった暮らしは人間を都度、ニュートラルに戻す働きをするのだと、確信しました。

いくつかの点で支え合う暮らし

 もうひとつ。

 こんなに震災の多い国、きっと海外から見たら「なんで住む人がいるんだ?」と思うだろうなと感じることがあります。

 日本の活断層地図は真っ赤っか。

 いま、あちらで地震が起こり、こちらで起こっていなくても、それは今の今だけの話です。どこで何が起こってもおかしくないのが日本です。

 そんな災害大国に暮らすとき、居住地以外の土地に強いつながりを持つのは、安全保障として有効だと考えられます。

 別に家を構えなくてもいい。何かあったとき、家族で身を寄せる伝手があったり、ヘルプを求めたり、頼れたり頼られたりできる関係があれば、どれだけ心強いか。助かるか。

 離れているからこそ、助け合える場合があるのです。

 とはいえ、安全保障はなかなか二地域居住のモチベーションにはなりませんね。笑。(友人でいますけどね、そういう発想の人も)。

 特に震災でのメリットに限ったことではないと思います。いま住んでいない地域と関わりを持つなかで、その土地の豊かさを享受し、何かのときには恩返しをしたり、困っていたら手を差し伸べ、共に乗り越える。親戚のおばあちゃんちとのやりとりみたいな親密な関係があれば、そもそも日常の暮らしが豊かになりますよね。

 1本足でふんばるのではなく、いくつかの点で支えていく暮らし。

 それは、震災大国に暮らす知恵ともいえるのではないでしょうか。

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この記事を書いた人

NPO法人南房総リパブリック理事長

1973年、東京都生まれ。1996年、日本女子大学卒業、1998年、同大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2014年、株式会社ウィードシード設立。 プライベートでは2007年より家族5人とネコ2匹、その他その時に飼う生きものを連れて「平日は東京で暮らし、週末は千葉県南房総市の里山で暮らす」という二地域居住を実践。東京と南房総を通算約250往復以上する暮らしのなかで、里山での子育てや里山環境の保全・活用、都市農村交流などを考えるようになり、2011年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市役所公務員らと共に任意団体「南房総リパブリック」を設立し、2012年に法人化。現在はNPO法人南房総リパブリック理事長を務める。 メンバーと共に、親と子が一緒になって里山で自然体験学習をする「里山学校」、里山環境でヒト・コト・モノをつなげる拠点「三芳つくるハウス」の運営、南房総市の空き家調査などを手掛ける。 著書に『週末は田舎暮らし ~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』(ダイヤモンド社)、『建築女子が聞く 住まいの金融と税制』(共著・学芸出版社)など。

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