牧野知弘の「どうなる!? おらが日本」#7 これからの不動産投資で気を付けるべきこと
牧野 知弘
2018/12/15
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95万戸のうち 41万戸が貸家
国内では約820万戸の空き家が存在し、様々な社会問題を引き起こしている。ところが一方では住宅着工戸数は毎年約90万戸にも及んでいる。日本の住宅は木造住宅が中心なので、一定期間ごとに建替えは必要となるが、人口や世帯数に比べて住宅着工戸数が非常に多いというのが実態だ。
実はこの90万戸のうち多くの割合を占めているのが貸家である。2017年の住宅着工戸数は94万6000戸だったが、このうち貸家の着工戸数は41万戸で全体の43%を占めている。
こうした状況の背後にはいくつかの要因がある。日本は高齢化社会を迎え、若年人口は減少の一途だ。貸家は若年層が減り続ける中では、むしろマーケットは縮小するのではないかと考えがちだが、年間で40万戸もの新築の貸家が建設されている。
要因のひとつには高齢者数の増加がある。高度成長期を支えてきた戦中世代はすでに後期高齢者になっている。団塊世代も2025年以降は全員が後期高齢者になる。そして彼らの中には多くの資産を抱えて相続に悩む人が増えている。
不動産を使った対策は相続対策の王道とも言われる。自身の所有する土地の有効活用や、現金を不動産に替えて相続評価額を圧縮することで、相続税を節税しようという動きがここにきて顕著になっている。
日本の個人金融資産は1800兆円を超えるが、その多くが60歳以上の世代に偏在している。この資産の継承を目的とした不動産投資が増えるのは当然のことと理解できる。したがって相続対策が目的であるために、貸家としての収益性や持続可能性とはあまり関係なく、アパートなどの建設が伸びているというのが実態だ。
貸家の着工戸数が伸びているもう一つの要因が、現役世代による不動産投資の活発化だ。もともと平成バブル期などにサラリーマン向けにワンルームマンション投資がブームになった。この投資の目的は給与所得に不動産所得の赤字をぶつけて所得を圧縮することで、所得税の節税を狙ったものだ。
ところが今回はやや様相が異なっている。勤労者の所得が景気の回復の割には伸びていない。世帯年収の中央値は1995年を境に下がり続け、近年若干上昇したとはいえ、家計は厳しい状況に晒されている。働き方改革で副業を認める企業が増え、低金利で借入金の調達環境が良いことなどから、一棟もののアパートやシェアハウスに投資を行う個人が増えたのだ。
この投資では節税を狙うというよりも、少しでも収入を増やしたいというのと、不動産資産として将来の値上がりを狙うという2つの動機がある。現状での不動産価格の上昇は、担保価値を引き上げる。借入金の調達に余裕ができ、金利も市場最低水準だ。かなりのレバレッジをかけてもテナントさえ入居していれば借入金は返済できる。アパート会社の賃料保証も受けられるので、ちょっとしたお小遣いになる。また不動産価格がこのまま上昇を続ければ、出口において好条件で売却できる可能性が高い、おおむねこういった動機で不動産投資が行われている。
全国銀行協会の発表によれば、2018年9月末現在の信託銀行を含む都市銀行、地方銀行、第二地方銀行計116行のアパートローン残高は22兆9388億円になっている。とくに資金の運用先に悩む地方銀行は11兆9391億円とアパートローン全体残高の約半分を占めるに至っている。
不動産投資の活況はいろいろな形で進化を始めている。まずは投資対象エリアの拡大だ。
全国から人口を集め続けている東京は不動産投資の対象エリアとしては魅力的である。しかし多くの投資マネーが東京の不動産に向かったために、東京の不動産は都心部を中心に価格が高騰し、投資利回りは下がり続けた。たとえば現在の東京都心一等地のキャップレートは3%台にまで低下している。低金利の調達環境にある現在では、それでも果敢に投資を行う主体がある一方で、リスクの顕在化を嫌って、投資を分散するというのが一般的な投資家の行動になる。
投資マネーは都心、たとえば3区と呼ばれる千代田、中央、港から、新宿、渋谷を加えた5区に、さらにその周辺区を入れるなど徐々に拡大するが、その後は大阪、名古屋など、所謂三大都市圏に戦線を拡大していく。
最近では三大都市圏に加えて地方四市と呼ばれる札幌、仙台、広島、福岡も投資対象として選ばれるようになった。これらの都市はそれぞれの地方での中心都市だが、最近は同じ地方内から人を集める動きが顕著になっている。そこで発生する住宅やオフィス需要を狙った投資が活発になっているのだ。
投資対象用途の 多様化が進む
また投資マネーの一部はリゾートエリアにも向かっている。インバウンド(訪日外国人)はこれまでは東京や大阪、京都といった都市にしか足を向けてこなかったが、最近では地方都市あるいはリゾートエリアにも及んでいる。こうしたインバウンドを対象としたリゾートホテルや商業施設などに投資マネーが集まるようになっている。
沖縄のビーチリゾートや北海道、長野などのスキーリゾートに加え、温泉や景観の良い観光地にまで触手が広がっているのが実態だ。購入形態も一棟ものからコンドミニアムの区分所有権など様々だ。
また投資対象用途にも広がりが出ている。これまではオフィスや、マンションなどの住宅、商業施設などが主な投資の対象だった。これにインバウンド需要を取り込んで急成長しているホテルや、ネット販売が伸長している物流施設、増え続ける高齢者需要を狙ったヘルスケア施設などが対象として選ばれるようになった。
この動きは最近上場したJ-REITや私募ファンド、私募REITなどの投資戦略をみれば明らかだ。多くのREITやファンドで投資対象を従来のオフィス、住宅から広げる傾向にある。
これまで比較的マーケット相場が確立されてきたオフィスや住宅といった大家業的な投資対象から、オペレーショナルアセットを含むオポチュニスティックな不動産を組み込むものが多くなっているのだ。
投資対象が多様化するのは決してネガティブな事象ではない。投資家に対して様々な種類のアセットを提供してリターンを享受してもらうことは投資の醍醐味でもある。いっぽうでこれまで以上に運用会社は投資家に対しての投資に対する説明責任を求められることになることは言うまでもない。
とりわけ最近はREITを出口に想定しただけのやや乱暴な資産構成のファンドの設立もみられる。アパートや旅館、簡易宿所などへの投資はオフィスやマンションなどに比べて投資リスクも大きくなる。投資家の無知につけこむ投資対象の広がりには注意を払わなければならないだろう。
気になるのは金利の動向
「Make America Great Again」世界各国と摩擦を強めているトランプ米大統領 画像/123RF
ではこのようにマーケットが活況を呈し、投資エリアや対象もどんどん広がる不動産投資マーケットに死角はないのだろうか。
気になるのは金利の動向だ。
すでにアメリカは今後、年数回にわたって金利を引き上げることを表明している。先進主要各国もいつ利上げを発表してもおかしくない状況にある中、日本だけが低金利のままいられるわけではない。
金利上昇は不動産の収益性を直撃するために、不動産は株式などと同様に価格下落リスクに晒されることとなる。
投資マネーの一部は不動産に利がないとみれば、オルタナティブな投資対象に切り替える、物件売却を加速させ投資金額を減らす、という方向へ向かう。とりわけ投資マネーが保有するのは都心部の不動産が多いはずであるから、都心部での不動産価格の下落は周辺不動産の価格を大きく引き下げることにつながる恐れがある。
さらに金利の上昇は相続対策や純粋投資を行っていた個人投資家層を直撃する。彼らは投資効率を上げるためにハイレバレッジな投資を行っているケースが多い。金利上昇によりアパートや賃貸マンションなどの利回りが落ち、借入金の返済に窮する投資家が出る恐れがある。
金利上昇時には不動産価格は下落に向かうので、物件売却という出口も選択しづらくなる。特にハイレバレッジで投資を行っている投資家ほど債務超過に陥るリスクが高まる。
実需の減退も不動産投資マーケットでは大きなリスクとなる。本来、賃貸不動産は実需があってはじめて収益を生み出せるものだが、節税などが目的のアパート投資や販売会社の賃料保証のみに依拠したような不動産投資を行った場合には、競争力を失った不動産から投資リスクが顕在化する恐れがある。
最近世間を騒がせた「かぼちゃの馬車」というシェアハウス投資などは、販売・運用会社の高利回り保証が、実は物件売却資金を原資とした自転車操業であったことが判明したが、商品企画の拙さがリスクの顕在化につながった事例だ。
特に個人投資家にとっては金利の上昇と実需の減退は大きなリスクだ。そしてこのリスクは折り重なって襲ってくる傾向にある。不動産投資マーケットの動きを常に注視することが必要だろう。
投資対象をよりオポチュニスティックにふった不動産ファンドなども物件価格の下落は大きな痛手となる。理由は同じで出口での価格維持が難しくなるからだ。
不動産は投資対象としては大きな金額の投資だ。こうしたリスクの顕在化は、国内事情だけではなく、リーマンショックの時のように海外から突然降りかかることもある。投資を行う際の借入金の割合や出口での売却可能性など、あらゆるリスク対処法を施しておくことが肝要だ。
日本の不動産投資マーケットは、現在国内外の投資マネーを集めて好調に推移している。この好調は日本経済の堅調さのみならず世界経済が極めて順調であることに起因しているといってよい。
世界的なカネ余りの状況は、投資マネーのリスクに対する警戒心を落とすことにつながる。2008年に勃発したリーマンショックもはじめは「対岸の火事」程度にしか思われなかったアメリカのサブプライムローン問題が、やがては大きな津波となって日本に押し寄せてきたことは今でも記憶に新しいところだ。
金利は上昇の機会を窺っている。自国ファーストを掲げるアメリカ、トランプ政権は中国をはじめとする世界各国との摩擦を強めている。日本もこうした動きから無傷ではいられない。
日本の国内も東京五輪後は、いよいよ首都圏でも人口の高齢化や大量の相続発生が起こり、投資マネーが流入し続ける都心部はともかく、多くのエリアで不動産価格が下落する可能性が出てくる。
いっぽうで幸い投資マネーは潮の満ち引きのような性格もある。つまり、一度引き潮で日本から去っても、日本が正常な経済状態、政治体制を保ち続けることにおいて、再び日本に満ち潮として現れる存在であるからだ。
そのためにも、課題が山積する日本の経済や社会の問題に全員が知恵を絞り、解決策を打ち出し、新しい国家像を築いていくことが必要だろう。
投資マーケットは日本の状況を映し出す鏡でもあるのだ。
この記事を書いた人
株式会社オフィス・牧野、オラガ総研株式会社 代表取締役
1983年東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し経営企画、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT市場に上場。2009年オフィス・牧野設立、2015年オラガ総研設立、代表取締役に就任。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題 ――1000万戸の衝撃』『インバウンドの衝撃』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)、『実家の「空き家問題」をズバリ解決する本』(PHP研究所)、『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『マイホーム価値革命』(NHK出版新書)『街間格差』(中公新書ラクレ)等がある。テレビ、新聞等メディアに多数出演。