「物件の募集図面」を見れば不動産会社の裏側が手に取るようにわかる!
大友健右
2016/11/17
デキる不動産営業マンにはお客さんがカモに見えるはず
1996年に厚労省が実施した人口移動調査によると、日本人の生涯の平均移動回数は3.12回(男子3.21回、女子3.03回)だそうです。
なかには10回や20回も引っ越したことがある、なんて飽きっぽい人もいるでしょうが、平均値を見れば「住まいを変える」ということはそう何度も起こることではないことがわかります。
住まいを購入するとなるとなおさらで、ほとんどの人にとって住宅購入は「一生に一度のイベント」ではないでしょうか。
それだけに、年間何十軒もの物件の取引を行なっている不動産営業マンは、お客さんと比べようがないほどの経験値を持っているといえます。
そして、デキる営業マンほど、お客さんとの圧倒的な情報格差を武器にしたさまざまなセールストークを展開して、お客さんを
「この物件を逃したら損するかも」
「いま決めないと他の人に取られてしまう」
という気持ちにさせていきます。
そんな営業マンにとっては、お客さんがカモに見えるに違いありません。
私たち消費者が、不動産の取引で後悔することのないよう、自分の身を自分で守るには、やはり学習しなければなりません。営業マンと同等の不動産に関する知識を身につけることはむずかしいですが、彼らの手の内を知ることで、彼らの意のままに誘導されてしまうということは防げるのではないでしょうか。
そこで、今回は不動産の募集図面を材料にして、不動産業界でどんなことが行なわれているのか、みなさんにお話ししていくことにしましょう。
家の販売図面には何が書かれているのか
(図1)図面下の細長い部分に注目
(図1)図面下の細長い部分に注目
家の購入を検討するときには、多くの人が不動産会社を訪ね、その業者が取り寄せた物件の販売図面を見せられます。その販売図面には、何が書かれているのでしょうか。
ほとんどの図面では、現地の区画の概略や地図、セールスポイント、建物の間取り図などが示されていて、下のほうに物件種目、価格、所在地、面積、権利関係、地目(不動産登記法上の土地の用途)、本体設備などが記されています。
ここでは図面の下段の部分に注目してください。仲介業者(不動産会社)の名称や連絡先が書かれた細長いスペースです(図1参照)。
この部分は、つい見逃してしまいがちです。でしが、実はこのスペースに仲介業者にとっては重要な情報が書かれています。
それをお客さんに知られないため、彼らはこの部分に「オビ」と呼ばれる細長い紙を重ねて隠しているのです。
ちなみにこの「オビ」、本当に紙を重ねてあるのではなく、上から紙をかぶせてコピーしてしまうので、めくろうと思ってもめくれるものではありません(そのため、不動産会社のコピー機の近くには、細長いオビがたいてい置いてあるものです)。
隠された暗号を覗いてみると…
(図2)宅建業法にしたがったら手数料は3%のはずなのに…
でも、ここでは特別にその「オビ」をめくってみることにしましょう。
そこには、こんなことが記されています(図2参照)。
まず、左の枠線で囲まれた箇所には、「客付会社様へ」と書かれていますね。「客付(きゃくづけ)会社」とは、家を購入するお客さんを探してくる不動産仲介会社のことです。
ここには、客付会社に対して「捨看板、住宅情報誌の掲載」を禁止する指示が書かれていますね(「捨看板」とは、電柱や街路樹、ガードレールなどに貼り付けられた、ほとんど違法の屋外広告のこと)。
ここで注目していただきたいのは、右側の「手数料=6%」という文字です。
手数料のパーセンテージの下に「業法に従って下さい」と書かれていますが、実はこれは大いに矛盾したことなのです。
というのも、不動産の売買取引が成立すると、その取引を仲介した不動産会社には仲介手数料が支払われるのですが、「業法」すなわち宅建業法では物件価格が400万円を超える場合、物件価格の3%(正確には3%+6万円)を上回る仲介手数料を取ってはいけないと定められているからです。
ですから、「手数料=6%」という取り決めは宅建業法に違反しています。ところが、不動産業界には、この矛盾をうまく解消する便利な言葉があるのです。
それは、「AD」、すなわち「広告費」という言葉です。
どういうことかというと、業法にしたがった3%を仲介手数料として受け取り、残りの3%を広告費として計上するわけです。これが「業法に従って下さい」という注意書きの意味なんですね。
この上乗せされた3%を誰が負担するかといえば、それは、販売価格に上乗せされて、物件の購入者が負担することになると考えるべきといえるでしょう。
なお、売買取引の際、不動産会社がお客さんに見えないところでどんなことをしているかについては、次の記事に詳しくまとめてありますので、参考になさってください。
(参考記事)
「業界の裏を知る私が教える不動産一括査定の賢い使い方」
「中古住宅がブームのいま、家を売ると大損する3つの理由」
賃貸物件の図面にも暗号は隠されている
(図3)「AD100」が意味することは?
さて、次に賃貸物件の図面を見てみましょう。「オビつき」の図面は、売り物件だけでなく、賃貸物件でも使われています。
図3の図面、右下に書いてある文字を見てください。「AD100」と書かれていますね。
「AD」という文字がさっそく使われていますが、これが広告料という名のバックマージンであることは先ほどお話しした通りです。
また、「100」という数字は、一部屋を成約するごとに「家賃の100%(1カ月分)の報酬を支払います」ということを意味しています。
(図4)「B」はバックマージンのこと。「AD100」と同じ意味
また、「AD100」の代わりに「B100」という文字が書かれていることもあります。これはどういう意味なのでしょうか?
「B」というのは、「バックマージン」のこと。「AD」よりも露骨な言い回しですね。意味は「AD100」と同じで、一件の成約で家賃1カ月分の報酬がもらえるわけです。
ちなみに、賃貸物件の場合、一件の成約を取った場合、その不動産仲介会社には「仲介手数料」が支払われますが、これは宅建業法で「家賃の1カ月分が上限」と決められています。
そして、この「AD」や「B」は仲介手数料に上乗せして支払われる、いわば「グレーな報酬」です。そして、これを負担するのは賃貸物件のオーナーである大家さんであり、最終的には家賃を支払う入居者が負担することになるといっていいでしょう。
その証拠に、図面には「礼0、Bなし可」と書かれている場合もあります。これがどういう意味かというと、「礼金ゼロ、バックマージンなしも可能」ということです。
といっても、一般の人にはこれがどういう意味なのか想像もできないと思いますので、丁寧に説明していきましょう。
「礼金」を受け取るのは大家さんではないの?
「礼0、Bなし可」を、もう少しわかりやすく言い換えると、
「お客さんを説得するために礼金の支払いをゼロにした場合、バックマージンもゼロになります」
ということです。
これはたとえば、契約しようかどうか迷っているお客さんに、
「大家さんに交渉すれば礼金ゼロになるかもしれませんよ」
とプッシュする材料として使われます。
つまり、入居者が何も言わずに礼金を支払ってくれれば、それはそのまま不動産会社へ支払うバックマージンになるけれど、礼金をゼロにして契約を取った場合は、バックマージンもゼロになるので不動産会社が受け取れるのは仲介手数料だけになるというわけです。
結局、このケースでは不動産会社に支払われるバックマージンは、入居者が礼金として負担しているということになってしまいますね。
実際、大家さんと交渉したふりだけをして、「いやぁ、あの物件は人気があって、大家さんも強気なんです。これ以上、条件を厳しくするとほかの人に取られちゃいますよ」という営業マンは決して少なくないことでしょう。
不動産会社からすれば、礼金をゼロにしないと契約してくれないお客さんよりも、礼金を支払ってくれるお客さんと契約をしたいからです。
お客さんから見れば、「礼金くらいタダにしてくれてもいいだろう。なんてケチな大家なんだ」と思うでしょうが、本当にケチなのは間を仲介する不動産会社なのです。
知っておくべきフリーレントの仕組みと裏側
(図4)「AD2カ月(AD→フリーレント転用可)」の意味は?
礼金だけでなく、入居後の一定期間の家賃が無料になる「フリーレント」も、この手の営業トークによく使われます(図4)。
この図面には「AD2カ月(AD→フリーレント転用可)」と書かれていますね。
この場合、バックマージンであるADが家賃の2カ月分ありますので、お客さんに「フリーレント1カ月」をつけてあげて、残りの1カ月は家賃を払ってもらい、それを自分たちの儲けにすることもできるし、最大で「フリーレント2カ月」まで広げて迷っているお客さんの決断をうながすことができるというわけです。
なお、ここでご紹介した、「AD」や「フリーレント」の裏側については、下記の記事に詳しくまとめてありますので、ご一読ください。
(参考記事)
「ネットで部屋探し」をすると家賃が高くなるって本当?
結局、損をするのは誰なのか?
先ほどお話ししたように、賃貸の場合の仲介手数料は、その上限が「1カ月分の家賃」と決められています。
しかもこれは、「大家さんと入居者の双方から得られる報酬額の合計金額」ですから、不動産会社は入居者から1カ月分の仲介手数料をもらったら、大家さんからは手数料を受け取ることはできませんし、大家さんから1カ月分の仲介手数料をもらえば、入居者からは手数料を受け取ることはできないことになります。
同様に、売買取引の仲介手数料も上限が決められています。
ただ、それはあくまで建前で、残念なことに実際には「AD」とか「B」という暗号を使って宅建業法のきまりをすり抜けてしまうのです。
そして、そのような方法で不動産会社が受け取った「グレーな報酬」は、回り回って住宅を購入する人、家賃を支払う入居者の負担へと形を変えていくと考えていいでしょう。
今回の記事をごらんいただいたみなさんには、不動産業界の慣習や商習慣について知ることが、ご自身の大切な資産を守るための第一歩だということがおわかりいただけたのではないでしょうか。
一般の消費者として、不動産の取引で後悔しないための知恵や対策を、この連載ではお話ししてきたいと思います。
※この記事は、次の記事を再編集して掲載しています。
『不動産の販売図面には、お客さんには見えない「秘密の暗号」がある』
『「礼金ゼロ」「フリーレントつき」物件のカラクリとは』
この記事を書いた人
株式会社ウチコミ 代表取締役 株式会社総研ホールディングス 代表取締役 株式会社プロタイムズ総合研究所 代表取締役 1972年生まれ。大手マンション会社で営業手法のノウハウを学んだのち、大手不動産建設会社に転職。東京エリアにおける統括部門長として多くの不動産関連会社と取引、不動産流通のオモテとウラを深く知る。 現在、株式会社プロタイムズ総合研究所 代表取締役として、住宅リフォームを中心に事業を展開。また、株式会社ウチコミ 代表取締役として、賃貸情報サイト「ウチコミ!」を運営。入居の際の初期費用を削減できることから消費者の支持を集める。テレビ・新聞・雑誌などメディア出演も多数。