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BOOK Review――この1冊 『小説伊勢物語 業平』

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『小説伊勢物語 業平』/髙樹のぶ子 著・日本経済新聞出版 刊・定価2200円+税

リズムを意識した文体で、物語に引き込まれる古典

新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴ってやってきた「新しい日常」が、多くの人に家で過ごす膨大な時間を与えている。ステイホームのお伴として人気を集めているのが読書で、昨年来、書店の売上は好調だという。

「せっかく時間があるのだから、読み応えのある長編小説を読みたい」「この機会に、古典の名作に触れてみたい」。そうしたニーズも根強く、名作小説のリバイバルヒットも目立つ。国文学のジャンルでスマッシュヒットなのが本書だ。昨年5月の発売以来順調な売れ行きを記録。私立中学の国語のテキストに採用されるなど、幅広い世代から支持を集めている。

『伊勢物語』といえば、平安時代に成立した歌物語の元祖。

平安きっての美男子にして歌の名手として名高い在原業平が詠んだとされる和歌を中心とする125の章段からなり、平安中期の『源氏物語』や江戸時代の『好色一代男』をはじめ、数々の日本文学に影響を与えてきた不朽の名作だ。

現代語訳は数多く出版されているものの、平安貴族の習わしや和歌についての基本知識がなければ読み解くのは難しく、それゆえ全編を読破したという人は案外に少ない。その『伊勢物語』を、在原業平の一代記として小説に編みなおしたのが本書なのだ。

単に易しい現代語で書かれた読み物としてではなく、平安時代の風や、その時代に生きた登場人物の息遣いを読み手に伝える物語として新たな命を吹き込まれたことにより、現代を生きる読者も、違和感なく平安の世界へと没入できる。

読みやすさと豊かな読書体験を両立させる要となっているのが文体だ。例えば冒頭の書きだしは次の通り。

「春夏盛りの、大地より萌え出ずる草々が、天より降りかかる光りをあびて、若緑色に輝く春日野の丘は、悠揚としていかにも広くなだらか」

また、後に続く章の書き出しは「朱雀大路より西は、大内裏から南に見下ろして右半分、ゆえに右京と呼ばれております」となっている。本書では、ですます調や体言止め、5音と7音のリズムを意識した文体によって物語が展開されていく。この文体は、「平安の雅を可能なかぎり取り込み、歌を小説の中に据えていくため」に、著者が本作のために編み出したものだという。

独特な文体で紡がれる業平の一生は、恋と歌のためにある。類まれなる容姿と歌人としての才覚に恵まれた業平は、様々な女性と出会い、恋に落ち、歌を詠み交わす。愛しい人にめぐり会えた喜び、恋に没頭する幸福感、一夜の逢瀬を願う切なさ、叶わぬ恋への悲痛な思い……。物語を通して、あふれる想いを歌に託すもどかしさと尊さが伝わってくる。

業平の人物像を一層分厚くさせるのは、出自に由来する朝廷や権力への複雑な思いだ。業平は天皇の孫としてこの世に生を受けながら、権力をめぐる朝廷のいさかいから遠ざかるようにとの父の計らいにより、幼くして在原の姓を賜り、皇籍臣下している。だからこそ多くの姫君と浮名を流す悠々とした生き方ができたわけだが、胸の内には、幾分のくすぶる思いがある。

業平が生きた時代は、天皇家との婚姻関係を足掛かりに、藤原氏が権力を増していく時代に重なる。それゆえに、藤原氏とのつながりがないために権力闘争の傍流へ追いやられた貴族や皇子らとやるせない思いを分かち合い、深い情を通わせ合う場面も多々ある。

藤原氏の姫君との禁じられた恋や、皇女でありながら冷遇された伊勢斎宮との秘密の逢瀬は、業平の人生を艶やかに彩ったものであると同時に、権力や朝廷に対する苦悩と隣り合わせのものでもあった。

物語を通じ、稀代の貴公子と謳われた業平の、輝かしいばかりではない一生が浮かび上がってくる。それでも作中、壮年期の業平がたどり着いた境地は、今を生きる私たちにも多くの学びを与える。

「叶わぬことへのひたすらな思いこそ、生在る限り、逃れること叶わぬ人の実情でありましょう」「歌においては、すべてに満ちた歌の何と趣き薄きこと。(中略)叶わぬゆえ歌に哀しみや趣きが生まれます」

叶わないからこそ、人生には趣が生まれる。平安の世を、恋と歌とを頼りに生きた業平の考え方はしなやかだ。思い通りにいかぬ人生を楽しもうという心意気、余裕をぜひとも見習いたい。本書を読了した後、原典にあたれば、業平の歌の世界をさらに楽しめそうだ。

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この記事を書いた人

ウチコミ!タイムズ「BOOK Review――この1冊」担当編集

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