BOOK Review――この1冊 『名画で学ぶ 経済の世界史』
BOOK Review 担当編集
2020/09/23
『名画で学ぶ 経済の世界史』 田中靖浩 著/マガジンハウス刊 1600円+税
何かとせわしない日常のなかでも、たまには日ごろの重荷を肩から降ろして、ふっと息を抜く時間をつくりたいもの。日々、時間に追われ、人間関係で気を遣う現代人にとっては、ぼーっと絵画を眺めたり、静かな音楽に耳を澄ましたりして芸術に触れ、心に栄養を与えることも必要だ。
とはいえ、専門的な知識がないと、なんとなく敷居が高いようにも思えてしまう、芸術の世界。特に「名画」と呼ばれるものは、素養がないと、ちょっとだけとっつきにくかったりもする。
その絵が描かれた時代背景や著者の思想、発表当時の画壇の評価、そして今日的な評価は――など、ウンチクをを知らないと、「鑑賞」なんてできないのでは……。そんな思いから、なんとなく絵画を敬遠している人は多いのではないだろうか。
そんな思いを持ったことのある人、または、そういう気持ちがわかる人、あるいは、「芸術なんて高尚すぎて、私にはカンケーない」と、ハナから決めてかかっている人には、是非、本書を手に取ってみてほしい。読めばきっと、「高尚」だの「難しい」だのといった絵画への印象が、ガラリと変わってしまうはずだ。
本書には難しい知識は一切必要なし。「それを知っていると、その絵画の楽しみ方がわかる」というポイントを、テンポよく、時に軽いジョークも織り交ぜつつ紹介してくれるから、気負わず読めるのである。
「へぇ~」「そうなんだ~」と思いながら読み進めるうち、ゴシックからルネサンスへと移り変わっていったイタリアの宗教画の歴史や、カトリックVSプロテスタントの宗教戦争の末に生まれたオランダで、教会ではなく富裕層をパトロンとする画家たちが活躍したことにより、宗教画以外の絵画のジャンルが開拓されたこと……などが、各国の社会経済的状況と一緒に、いつの間にかすっきりと頭に入ってしまう。
経済史という軸を用いて、絵画の歴史をたどるという視点も新鮮だ。
かつて、教会や貴族など、一部の特権階級の「私有財」であった絵画は、ナポレオンがルーブル美術館をつくり、そこで国の至宝たる絵画を一般公開し始めた頃から、「公共財」としての性格をもちはじめる。また、往時、絵画は教会などが「所有」する財産だったが、19世紀にイギリスで産業革命がおこった頃から、資金調達のための投機商品、つまり「取引財」の性格を帯び始める。これが、今日まで続く「絵画マーケット」の始まり、というわけだ。
紹介される絵画のうち、何点かはカラーで掲載されている。解説を読んだあとで眺めてみると、なんだか心に染み入るものがあって、見入ってしまう。
例えば、19世紀フランスで活躍した画家、ピエール=オーギュスト・ルノワールの「舟遊びをする人々の昼食」には、川辺で食事を楽しむ若い男女が描かれており、明るくみずみずしい印象だ。
当時のフランス芸術界をとりまく保守的な慣習に反発し、「自分の描きたいものを描く」と決めた若き画家たちが立ち上げた「印象派」の一員だったルノワール。しかし、すぐには評価を得られず、経済的にも苦しい時が続いた。彼と志を同じくする画家たちの多くもまた、貧しい生活をしていた。
彼らは週末になると、当時のパリに数多くいた、繊維産業の下働きをする若い女性たちと一緒に、郊外へ出かけたという。「舟遊びをする人々の昼食」で描かれているのはまさに、日々の憂鬱や気の進まない労働から解き放たれた青年たちが、しばし羽を伸ばす健やかなひと時だった。タフな現実に立ち向かいながらもへこたれない、若さならではの爽やかさ、明るさがまぶしい。
人生を充実させるエッセンスとしての名画の魅力を発見できること、間違いなしの一冊だ。読書の秋、芸術の秋のお供に、ぜひ読んでみてはいかがか。
この記事を書いた人
ウチコミ!タイムズ「BOOK Review――この1冊」担当編集
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