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BOOK Review――この1冊 『アイヌと神々の物語』 炉端で聞いたウウェペケレ

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萱野茂/著 ヤマケイ文庫刊 1100円+税

ここ数年、アイヌ民族の登場する漫画、アニメや小説などでの人気が高まり、アイヌの文化や歴史に関連する書籍も数多く刊行されている。

『アイヌと神々の物語――炉端で聞いたウウェペケレ』は、自身もアイヌである萱野茂氏が、アイヌの老人らから聞いた「ウウェぺケレ(アイヌの昔話)」38篇を、やさしい日本語訳で紹介した一冊だ。

萱野氏は、1926年に北海道平取町二風谷で生まれ、昭和から平成にかけて、アイヌがアイヌらしい生活をすることが段々と困難になるなかで、アイヌ文化の継承と発展に多大な貢献をした人物。1994年にアイヌ民族初の国会議員となったことでも知られている。

萱野氏自身もそうであったように、かつてアイヌの子どもたちは、フチ(おばあちゃん)から聞くウウェペケレを通じ、アイヌとして生きていくうえで重要な心の持ち方や、アイヌを取り巻くさまざまなものに宿るカムイ(神)との向き合い方などを学んだという。

子どもに聞かせる物語なので、筋はやさしく読みやすい。しかし、本書にはダイナミックな展開で大人も飽きさせない魅力がある。

アイヌのしきたりや儀式の描写も数多く登場するので、往時のアイヌの暮らしぶりを立体感をもって想像する手助けともなる。例えば、人の家を訪ねるとき、「ごめんください」などと直接声をかけてはだめで、戸の前で「エヘン」と咳払いをして自分が来たことを知らせなくてはいけない。物語を通じてこうしたしきたりや風習を知ることも、本書を読む楽しみの一つだ。

多くのウウェペケレは、「こういうことが起きないように、コタン(村)の人とは仲良くしなさいと語りながら、老人は息を引き取った」という風に、この世を去った先人が遺した教訓の形で結ばれる。ストーリーテラーが老人であるからこそ、説得力をもって胸に響くウウェペケレならではのしかけだ。

また、登場人物として、アイヌのほかに火のカムイや熊のカムイなど、さまざまなカムイが登場する。

本書に解説文を寄せているアイヌ語監修者の中川裕氏によれば、アイヌは「人間をとりまく全てのものに人間と同じような精神の働きを見、それをカムイと呼んで、人間とカムイの共存こそがこの世を豊かに暮らす道であると考えていた人たち」であり、カムイから恩恵を受けたり、悪い精神を持つカムイと対決したりする物語は、アイヌにとっては決して空想の世界の話などではなかった。

ウウェペケレでも、アイヌの美青年に恋をし、独占欲から青年の男性器を消失させてしまう鳥のカムイや、美しい妾に心酔するあまり本妻を大事にしなくなった村おさの息子と、それをたしなめる家のカムイ(家の守護神)など、アイヌもカムイも、人間らしいほころびをもった憎めないキャラクターとして描かれており親しみを感じさせる。

一方で、人間を殺した熊はもはや大事にすべきカムイではないとみなし、手厚く葬ることはせず、朽ちた木の側に打ち捨てて糞尿を浴びせて罰を与えるなどゾッとさせる描写もある。

自然や、自然に宿るカムイへの畏敬の思いや親しみの感情と、アイヌに災いをもたらす悪いカムイに対する怒り。これは、自然へ向けるまなざしの大らかさと厳しさと言い換えることもできるだろう。このあたりに、北海道の大自然の中で生きながらえるためにアイヌが培ってきた精神性を読み解くヒントがあるようにも思える。

北海道の冬の夜、囲炉裏の火を囲みながらおばあちゃんの話に耳を傾けるアイヌ子どもたちを想像すると、微笑ましく文字をもたいないアイヌ民族が、自分たちの歴史や文化を未来に託すために語り継いできた物語の力強さとあたたかさを感じる。

ウウェペケレが描く、躍動的に生きるアイヌの姿は、現代の私たちにも、明るく強く生きる元気を分け与えてくれる。

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この記事を書いた人

ウチコミ!タイムズ「BOOK Review――この1冊」担当編集

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