BOOK Review――この1冊 『熱源』 川越宗一/著
BOOK Review 担当編集
2020/03/18
『熱源』には、アイヌの人々が登場する。
主な舞台は、明治から第二次世界大戦頃までの樺太。アイヌは、北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太で生きる術を受け継いできた民族だ。明治維新後の日本人にとっては、未開文明に頼って暮らす「土人」であり、より高度で科学的な生活様式を獲得し、日本に貢献できる臣民となりうるよう教育を施すべき対象だった。
文明や科学によって開かれた暮しを営むことが、より優れた民族であることの証であると、「高度な文明国家」を自称する西洋列強諸国が声高に叫んでいた時代だ。文明の進む方向は一つであり、優れた文明とそうでない文明の差が歴然と存在する。力をもつ国家は、極めて素朴にそう信じ、未開文明の人を蔑むか、憐れむかしていた。
「未開」文明の民族は、「高度な文明」に呑み込まれることを受け入れるか、命を賭して抗うかのいずれかの道にしか行けない。生きるためには、必然、前者を選ばざるをえない。ただし『熱源』には、時代の変化に適応しながら、民族らしさを残し、仲間を守る道を必死に探るアイヌの男たちが登場する。
アイヌがアイヌのまま生きることが極めて困難な時代に生まれ育った子どもたちは、大人たちの背中を見ながら、すくすくと育つ。学校に通えば、「〝あ、犬〟か」とからかわれることもあるが、勇敢にやり返す。腕っぷしに自信のない少年も馬糞を投げて応戦する。そんな場面は微笑ましい。
穏やかとは言いづらい暮しのなか、国や文明、民族という「枠」に揉まれ、時にのみこまれそうになりながら生きる子どもたちは、「自分は誰なのか」という問いに何度もぶつかりながら、大人になっていく。
アイヌであれ、日本人であれ、ロシア帝国の囚人として樺太へ収容されたポーランド人であれ、この物語に登場する人物は、みな「文明とは何か」「故郷とは何か」という問いに対峙している。その問いは、「自分はどう生きるのか」という葛藤や焦燥となり、やがて「こう生きたい」という祈りのような希望につながる。希望が叶えられたと読むか、潰えたと読むかは読者それぞれにゆだねられている。文明は衝突するしかないのだろうか。そうだとして、そのあとに残るのは何か。
著者は作品を通じ、人がつくりだした争いに決着をつけられるのは人なのだという思いを、登場人物たちの言葉を借りながら、何度も表明する。生きることの可能性に懸けるひたむきさは、そのまま『熱源』に登場する、激動の時代を生きた人物たちの横顔に重なる。人を生へと向かわせ、突き動かすものは人の熱である。熱は、時代をこえて人から人へと伝えることができる。物語のメッセージは実直で飾り気がなく、まっすぐだ。だからこそ、清々しく胸を打たれる。
著者の川越宗一は、2018年に松本清張賞を受賞した『天地に燦たり』でデビュー。『熱源』は2作目にあたり、作品そのものが放つ熱気や、史実を基にした壮大な物語をエンターテイメント小説にまとめ上げた力量が評価され、直木賞を受賞した。授賞式で、異例ともいえる快挙に「ドッキリではないかと思っている」と語った著者は、元バンドマンという経歴の持ち主。文壇に登場したニュースターの次回作にも、大いに期待したい。
『熱源』 川越宗一/著
文藝春秋刊
2035円(税込)
この記事を書いた人
ウチコミ!タイムズ「BOOK Review――この1冊」担当編集
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