文化財的建築も取り壊して「益出し」に躍起 郵政の不動産事業が大爆走中
内外不動産価値研究会+Kanausha Picks
2022/02/25
旧東京簡易保険支局(2019年撮影) 写真/内外不動産価値研究会+Kanausha Picks
文化財的価値の高い郵便局舎が消えていく…
かんぽ生命不適切販売問題などで揺れてきた日本郵政グループだが、郵便事業を引き継いだ日本郵政(グループの持ち株会社)と日本郵便などその傘下の会社が全国の主要駅前郵便局の敷地を舞台に再開発事業に一斉に乗り出し、五輪後の開発を補うものとして不動産・ゼネコン業界から大注目されている。
その背景には本業の郵便事業そのものが、電子メールの普及やメール便(小型荷物宅配)などヤマト運輸をはじめとした民間のライバル企業との競争が激化。ネット通販が増えるなかにあっても先行きが厳しいことにあるようだ。
日本の郵便事業は、明治維新直後の鉄道網が広がるなかで鉄道の駅とセットで発展してきた。こうした歴史的背景のなか、各地域の拠点郵便局は各地方の城下町など中心市街地では駅前にシフトしている。そのため郵政グループの持つ不動産の価値は高く、たとえ本業が芳しくなくても、全国で開発中の駅前の不動産開発によってこれら不動産が生み出す「益出し」でしのげるかもしれないというわけだ。ある意味、斜陽化に瀕する土地持ちの新聞社やテレビ局のようだ。
日本郵政は民営化の際にこれら国有財産の郵便局を受け継いだが、戦前の逓信省時代から郵政事業は、日本の近代ビル建築の文化をけん引してきたという一面もあった。そのため郵便局の建物の中には文化財級の物件もあるのだが、こうした建物がこっそり、そして次々と姿を消している。
かんぽ問題の陰で売却 旧東京簡易保険支局
実際にこうした背景から解体された代表例が、慶應大学に近い港区三田1丁目にあった旧逓信省東京簡易保険支局(前かんぽ生命保険東京サービスセンター)だ。2.6ヘクタールの広い敷地は2018年、建物ごと入札にかけられ、三井不動産レジデンシャルが落札。その後、再開発には三菱地所と慶應義塾が加わった。
すでに建物は解体され、三井不動産レジデンシャル、三菱地所、慶應義塾の三者によって「三田一丁目計画」として、高さ45メートル、14階建ての1100戸の超高級マンションや慶應大学の建物として建て替えられる。完成は24年の予定だったが、新型コロナがあったことから計画通りに進むかは分からない。
日本建築学会が日本郵政や東京都、港区などに宛てた保存要望書によると、解体された建物は、昭和4年、近代日本建築をリードし、傑作を数多く残してきた旧逓信省営繕課が手掛けた建物で、日本の建築が古典様式からモダニズム建築へと移行する途上の建築作品だったという。古典主義を単純化した外観、アール・デコ的要素が強い内観などの特徴を有していた。日本の建築家からも、ウイーンの類似作品より、「出来がよい」という声があったほど評価の高い建物だった。
建築学会などの資料によれば、その詳細は西欧で新しく誕生したアール・デコに、新様式のディテールが西洋古典様式の建築に少しずつ加えられ、古典主義と新しい近代様式が折衷した建築のグループに属するとされ、その優秀なデザインのレベル、ずば抜けた完成度の高さから、昭和初期を代表する建築に数えられてきたという。
具体的には、建物は直線を強調。装飾要素を単純化したファサードで、ウイーンのオットー・ワーグナーが設計した郵便貯金局のホールを彷彿とさせるものだった。中に入ると階段部分が吹き抜けになっており、この建物の設計者の西洋近代建築の正確な理解の証左となっていた。取り壊される前は事務庁舎として使われてきたため、1980年代に大規模改修も行われ、その後も、丁寧な復元工事によって、外壁の黄色タイル、軒の質感など意匠的価値が内外共にきわめて良好に維持されてきた。さらに2001年ごろには耐震改修工事が実施されたが、その際にも、当初の意匠に影響を及ぼさないように十分な配慮がなされたため、意匠上の改変はほとんどなく、保存状態は建設当時の原形をとどめていた。
こうした保存状態もよく、文化的な価値も高い建物だっただけに日本建築学会が保存要望を出していたが、かんぽ問題の最中に売却。この結果、日本郵政は850億円の譲渡益を得た。その引き換えに、近代の建築遺産が壊されることになった。
戦前のアール・デコ調のデザインの重厚感がある傑作建築物であるということで、開発するデベは「意匠の一部を残す」という「常套保存手段」でお茶を濁し、むしろ建設されるオフィスやマンションに対して高級感だけを上乗せする商魂の材料にされることになるのだろう。
一方、近代建築を論じる学者の中には「文化財跡地に中庭と大学が入るなら、旧簡易保険局舎の建物の正面一列だけは解体せずに残せたはず」という声もある。
歴史的な建物を解体して再開発が行われるのは、この三田ばかりではない。三田のほど近くにあった麻布郵便局も森ビルが主導する麻布台の再開発でも文化財的価値の高い郵便局舎が姿を消している。
この跡地を含めたところには、かねてから森ビルが進める虎ノ門・麻布台プロジェクトの東京タワーと同等の高さになる「麻布台タワー」の建設が予定されている。まだ表には出てこないが、実はこのプロジェクトは森ビルだけのものではなく、郵政も有力な「陰」の地権者になっている。
どこもかしこも不動産頼みの経営
かんぽ問題について、新聞・テレビなどの大手メディアは再三にわたって報じているが、文化的に価値のある昔の郵便局舎の取り壊しについては報じることはなく、批判することもない。
郵政事業は民営化されたものの、郵便事業は赤字基調に近く、ゆうちょの銀行業務もあまり儲からない。そこを支えるのがかんぽ生命、いやこれからは不動産だという苦しいときの「不動産頼みの経営体質」は、大手メディアもビジネスモデルが同様ということもあって、文化財の視点から細々と批判できるのが精一杯というわけだ。
加えて、かんぽ問題後に日本郵便やかんぽ生命、ゆうちょ銀行の持ち株会社の日本郵政の社長に就任した増田寛也氏も「よい土地がいっぱいある。そこでの展開をもっと進めたい」と、不動産頼みの経営にのめり込む。
これまで郵政が野村不動産HDを買収する話が取り沙汰されたりもしたが、両者の給与格差の問題などでとん挫。そこで今は三菱地所や三井不動産、竹中工務店などと親密な関係にあり、今後はヒューリックと連携強化も打ち出している。
実際、東京都心に郵政系の大型ビル建設が次々と進む見込みだ。22年に完成予定の「汐留プロジェクト」(港区東新橋)は13階建てのホテルになりそうだ。
そして、23年の完成を目指すのが「蔵前一丁目開発事業」(台東区蔵前)。23階建てでオフィス棟、住宅棟、物流施設棟からなるハイブリッドなビルになる。このオフィス棟は蔵前橋通りに面し、ファサードがガラス張り。住宅からは隅田川花火大会や東京スカイツリーを眺められる。ちなみにオフィス棟にはライオンの本社が入る予定だ。
蔵前一丁目開発事業 出典/日本郵政不動産
さらに五反田の「ゆうぽうと」(品川区西五反田)も複合施設に建て替え中だ。高層階は星野リゾートが入り、20階建ての3階~12階はオフィスとなる。
五反田物件完成予想図 出典/日本郵政不動産
また、ツインタワーの大手町プレイス(千代田区大手町2丁目)は、1つは敷地西側の逓信総合博物館があった跡地に、もう1つは敷地東側の東京国際郵便局ビル・関東郵政局の跡地にある。まさに“ツインポストタワー”だ。
財務省は21年12月8日、この大手町プレイスの政府保有分について、21年度内に売却の手続きを始めると発表。その売却額は3000億円規模になる見通しだ。国はイーストタワーのオフィス部分等を持っている。国にとっても郵政系資産はおいしいのである。
京都、大阪、福岡…広がる郵政の複合ビル
この動きは全国にも展開中だ。京都駅前では、日本郵便がJR系列会社と共同で京都中央郵便局と隣接するJR系駐車場を再開発する。もちろん、計画内容はオフィスとホテル、商業床が入るという高層複合ビルで、29年度の開業を予定している。
新しいビルは地上14階、高さは京都駅ビルとほぼ同じ60メートルとなりそうだ。その半分以上をオフィスとして整備し、上層階はホテルを誘致するが、高さ問題が地元で議論の分かれるところになっている。
大阪も24年完成の「梅田3丁目計画(仮称)」(大阪市北区梅田)があり、大阪駅前での一等地はJR西日本も再開発の地権者になっている。計画の内容は、40階建てのビルにこちらもオフィスや商業床、ホテル、劇場が入る大型複合ビルになるというもの。敷地面積は約1.3万平方メートル、延床面積は約22.7万平方メートルと大きい。梅田エリアで最後まで決まらなかった大型の再開発がこれで動き出す。大阪中央郵便局として使われた建物は大半が取り壊されたが、近代建築として評価が高かったことから、保存運動が起こった東京駅前の東京中央郵便局舎の取り壊し(再開発)の「先例に習い」、一部を複合ビルに取り込むだけにした。
梅田3丁目計画(仮称) 出典/JR西日本
跡地の再開発事業は当初、12年に完了する予定だったが、リーマン・ショック後にオフィス需要が不透明となり、10年に凍結され、満を持しての開発が動き出したというわけである。
さらに西に目を転じると、広島駅南口の広島東郵便局の敷地に、広島駅南口計画としてビルを建設する。こちらの計画は広島東郵便局を移転・解体した跡地に20階建て延床面積4.5万平方メートルのビルを建設。22年秋頃に完成させる予定だ。
大型再開発が進む広島駅前 郵政のオフィスビルが需給のカギを握る 写真/内外不動産価値研究会+Kanausha Picks
広島で開発中のビルの完成予想図 出典/日本郵便
郵政は「KITTE」ブランドとして東京駅前や博多駅前(JRJP博多ビル)で商業施設を展開している。名古屋駅ビルで展開している商業施設もKITTEブランドだ。この「KITTE」というネーミングは「切手」と「来て」の意味が込められているというが、ほとんどダジャレのレベル。それはともかく、今後も郵政と経営体力のあるJRグループとの共同事業も進みそうで、「民間デベロッパーにとっては旧官業の2社の不動産事業は手ごわい存在。すでにある百貨店や量販店、ショッピングセンターには大きな脅威となっている」(元大手デベ)という。
オフィスや店舗の「駅上化」「局上化」は止まりそうにない。
この記事を書いた人
都市開発・不動産、再開発等に関係するプロフェッショナルの集まり。主に東京の湾岸エリアについてフィールドワークを重ねているが、全国各地のほか、アジア・欧米の状況についても明るい。