全国初 空き家調査アプリ『空き家しらべーたー』 兵庫県川西市の革新的な取り組みとは
ウチコミ!タイムズ編集部
2021/09/24
取材・文/浦邊 真理子 兵庫県川西市役所 写真/川西市ホームページ
全国のニュータウンで社会問題化している急速な高齢化、空き家の増加、進む人口減少、店舗の閉店など、さまざまな問題は深刻さを増し、待ったなしの状態である。各地で試行錯誤しながら取り組みが始まっているが、そのなかでも兵庫県川西市では空き家問題に対する革新的な取り組みが行われている。全国でも例をみない新しい方法を積極的に取り入れ、行政と住民が共に進める取り組みについて、川西市役所の住宅政策の担当者に話を伺った。
“市民とともに歩む”相互に助け合う関係だからこそ実現する取り組み
2018年6月に国土交通省から発表された「全国のニュータウンリスト」によると、全国にあるニュータウンは2903カ所だという。そして、大阪や神戸のベッドタウンとして住まいを供給してきた兵庫県川西市にあるニュータウンは、10カ所ある(ただし、川西市のニュータウンの定義は、開発面積10ha以上、計画戸数300戸以上、計画人口1000人以上)。川西市は、全国で初めて開発指導要綱を策定したことでも知られている。開発事業者に公共施設整備の負担を求めるなど、従来の常識を打ち破る画期的なやり方で、「川西方式」として急速に全国へ拡大した。
兵庫県川西市の位置 画像/川西市ホームページ
川西市では、昭和40年代から平成初期にかけて、ニュータウンが複数誕生し、大手建築メーカーによる最新の住宅、区画された美しい街並みにショッピング施設、庭付きの広々とした郊外の一軒家に多くのファミリー層が移り住んだ。建売住宅は建築前の更地の状態から何十倍の倍率で購入予約が入り、抽選に当たらないといくら資金に余裕があったとしても購入することはできなかった。
住民の平均年齢は若く、活気に溢れた街が誕生した。それから30〜40年を経た今、同世代が同時期に入居したこともあり、急激に少子高齢化が進み、近隣の学校のクラス数は減少、小規模店舗の閉店、以前に見た街の活気はなくなり空き家が目に付くようになった。
全国のニュータウンが同様の問題に頭を悩ませるなか、川西市は親元近居助成制度(現在終了。13年より8年間で705件の支援が行われた)や、空き家活用リフォーム助成制度をいち早く取り入れ、ほかの自治体が後に倣うような施策を行い、独自の空き家問題への取り組みを次々と進めている。なぜ、人口16万人の小さな都市がリードできるのだろうか。
兵庫県川西市の景観 写真/川西市都市政策部
「川西市のニュータウンは、大阪や神戸で働く会社員と専業主婦の夫婦が郊外で子どもを育てる、というモデルケースで開発されました。現在の住人は定年を迎え、育った子どもたちは家を出て独立している場合が多く、経済的にも時間的にも余裕のある方が多いため、地域活動やボランティア活動を続けていける基盤がありました。さらに、さまざまな知識や経験を持つ人が居住しています。住民は、まちづくりへの意識が高く、自分たちの暮らす街に愛着や誇りを持ち、街の魅力を保持したいと考えている方が多いのです」(担当者)
市民参加型活動で、川西市独自の取り組みとして注目されるのが“空き家対策ナビゲーター”である。
空き家対策ナビゲーター養成講座とは?
空き家対策ナビゲーターとは、NPO法人 兵庫県空き家相談センターが川西市と連携して実施した取り組みである。国土交通省の「空き家対策の担い手強化・連携モデル事業」を活用して2018年に開始。18年に46人、20年には22人が「空き家対策ナビゲーター養成講座」を終了し、地域で空き家対策の活動を行っている。
「空き家対策ナビゲーターは、主に自ら暮らす地域で活動し、地域の自治会と連携し空き家対策の活動を行っています。活動内容は、住民への空き家に対する意識向上への啓発活動、セミナー開催、茶話会形式の相談会などを開催しています。近年は新型コロナウイルスの影響により対面での活動ができないため、地域の空き家の掘り起こしを行い、地図に落とし込むなど実態調査を進めてくれています」(担当者)
川西市は自治体が施策として空き家対策を進めるだけでなく、市民側の活動に市職員が参加している。官と民が近い距離で協働し、同じ危機意識を持って取り組んでいることが分かる。
兵庫県川西市の主なニュータウン概要(※NTはニュータウンの略) 図/川西市都市政策部
「川西市は住宅都市であるため、市民からの税収が貴重な財源となっています。市内10カ所のニュータウン人口は市全体の4割になり、大きな割合を占めています。ニュータウンの高齢化、人口減少は空き家化の大きな要因であり、19年度の調査では川西市の高齢化率31%、年少人口比率は12.2%となりました。川西市のニュータウンのなかでも、規模の大きい主要な3団地(清和台・多田グリーンハイツ、大和団地)では、10年間で3000人ほど減少していることが分かっています。街の魅力が低下すれば、さらなる空き家増加の悪循環に陥る可能性があり、市の財政を考えるうえにおいても悠長にはいられない状況です。官と民が近いのは、このようなお互いが助け合う関係だからでしょう」(担当者)
市によると、18年の住宅・土地統計調査で市内の空き家は空き家戸数8600戸と推測された。この数は市の住宅全体の12.1%にあたるという。
「空き家の実態は5年おきに国が行う住宅・土地統計調査で把握していますが、統計値だけでは実態は分かりません。今日、空き家でも、明日に空き家が解体されているかもしれない。あるいは、何年かに一度、空き家の調査委託をしても、日常的な変化にはついていけない。そんな方法では、問題解決につながらないかもしれません」(担当者)
民間の不動産業者が委託を受けていない空き家を見つけ、調べたうえ流通させることは実質的に困難である。市の職員だけで、市全体の8600戸の空き家をマンパワーで掘り起こし、登記簿や市税状況を調べ、連絡、個々に相談を受け将来的な解決方法を探るというのはさすがに無理があるだろう。このような状況のなか川西市は、空き家が増えていってしまう危機感もあり、『空き家マッチング制度』と、空き家調査アプリ『空き家しらべーたー』の開発を始めた。
空き家発掘から流通・活用を見据えた 『空き家マッチング制度』
川西市で20年9月にスタートした新たな取り組み『空き家マッチング制度』は、官・民に加え、専門家や事業者も参画して、使用されていない空き家を掘り起こし、流通・活用を促す一連の仕組みである。一貫して入口から出口への対策をしなければ、ばらばらに施策をしても解決にはつながらないという経験から制度化された。売買や賃貸の流通だけでなく、空き家の所有者と活用希望者をマッチングさせて有効活用し、空き家問題の解決と地域の活性化を導く。
「長く使われていない空き家は、一般の不動産会社に売れないような問題を抱えているケースが予測されます。過去のヒアリングでは、相続でもめている、接道条件を満たしていない、登記がされていない、解体費用が工面できないなどの問題がありました。しかし、このまま放置してしまうと崩壊の危険や、治安面でも周辺住民に悪影響を与えます」(担当者)
この制度では、まず川西市が保持しているデータや、市民調査員を活用して得た空き家情報をもとに、市から所有者に制度の案内文書を送付する。登録があれば、「空き家流通対策会議」にかけ、所有者の抱える問題点や希望を踏まえ、売却や賃貸など具体的な解決策を検討する。その後、宅地建物取引士などの流通対策アドバイザーを選定し、所有者に対して解決の提案、助言を行う。流通や活用を促すというものである。
「市が空き家を把握していても、データを眺めているだけでは意味がありません。市の方からアクションを促し、『なんとかしませんか、空き家のままで放っておいたらもったいないですよ、活用したほうがいいですよ』と喚起します。市から連絡がくると、所有者もこのままではいけないと意識をする。空き家が空き家であるよりも、流通した方が、地域活性化につながり治安もよくなります。不動産が流通することを市役所としては促していきたいと考えています」(担当者)
続けて別の担当者は次のように話す。
「高齢者夫婦や単身者は、不慮の事故、認知症の進行、老人介護施設に入所などで家に住めなくなった場合、自らの家の処分をしなければなりません。実際問題、自ら処分することができずに放置されるケースも多くなっています。市側からアプローチをして相談に乗りたいですね」
空き家の所有者は、空き家の適正な管理に努めなければならないと法律で定められている。空き家がもたらす問題を解決するためには、所有者自らの責任により対応することが前提となるが、空き家の所有者が遠方に住むなど、管理が行き届かない空き家が増えている。使わないまま放置すると、建物の劣化が進んでいくため、市としても、できるだけ早く流通させたいという思いが強いのだろう。
空き家調査アプリ『空き家しらべーたー』の開発
画像/Urban Innovation JAPAN ホームページ
日々増加する空き家の調査を、市の職員だけで把握するには時間もマンパワーも足りない、と悩みを抱えていた川西市は、Urban Innovation JAPANという、日本全国の自治体の課題とスタートアップ・民間企業をマッチングするオープンイノベーション・プラットフォームの活動を知る。
20年秋、公募で空き家調査を行うアプリ開発事業者を募り、東京のIT企業ユニフィニティーと全国で初めて官民連携で空き家のデータベースを構築・活用するアプリ開発でマッチングし『Urban Innovation Kawanishi』として開発スタートした。21年6月の議会で予算化を経て、21年秋の本格稼働に向けてリリースを待っている状況だ。
この空き家調査アプリ『空き家しらべーたー』は、市民(空き家対策ナビゲーター)が自らのスマートフォンアプリを使い空き家調査ができ、調査結果を現場からデーターベースkintone(キントーン)へ送信され蓄積される。もともと市が持っている空き家データもkintoneに保存し、データが一元化される仕組みである。
空き家調査アプリ『空き家しらべーたー』の仕組み 図/Urban Innovation JAPAN ホームページ
今のところ、行政が収集した空き家調査のデータは、公共目的にしか使えない。しかし、民間企業が独自に調査すれば、営利目的も可能になる。
「将来、不動産業者さんの誰もがアプリを持ち歩き、民の力で空き家の流通が進んでいけばいいと思います。しかも、地図・写真・調査項目の3つが組み合わされたアプリは、すごく便利なので、ジャンルは問わず広く普及していくと予想しています」(担当者)
確かに行政だけでなく、企業が使っても便利なツールだ。使う人が増えれば、アプリは改良され、進化していくと考えられる。この空き家調査アプリ開発をきっかけに、さまざまなアプリが全国に展開する可能性も期待できるであろう。このアプリへの期待は大きい。
「新型コロナウイルスの影響で働き方が変わり、郊外での自然豊かな暮らしに魅力を感じて自ら移住、転入する人たちが増えています。しかし行政は、空き家を流通させるノウハウの蓄積がなく、まだまだこれからという段階です」(担当者)
人口減少により空き家はさらに増加すると予想され、全国の自治体は対策に奔走している。しかし、空き家の管理、売買や賃貸など、自治体の力だけでは解決できない課題にも直面しており、空き家対策は官と民の連携が必要不可欠となっている。
空き家対策は問題が山積みだが、全国の自治体ではこれからも試行錯誤が続くだろう。今後どのようなアイディアで対策を進めていくべきか。その答えは難しい。これからも兵庫県川西市の空き家対策に注目したい。
この記事を書いた人
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