人権との闘い――LGBTを取り巻く“住まいの現状”
ウチコミ!タイムズ編集部
2021/07/19
取材・文/浦邊 真理子 イメージ/©︎pataralong・123RF
昨今、LGBTのニュースを耳にする機会が増えた。しかし、我が国ではLGBT教育が十分に行われていないため、言葉は知っているが実際にどのような問題が起きているのか、当事者は何を求めているのか、よく分からないまま「LGBT」という言葉だけが一人歩きをしている状態ではないだろうか。LGBTに対する知識や理解が遅れているというのが現状である。私たちに何ができるのだろうか……。そんななか、福岡を中心に活動する「NPO法人カラフルチェンジラボ」は、“自分自身のことが「好き」でいられて「ありのままの姿」で生きられる未来へ。”というビジョンを掲げ、誰もが偏見のない世の中で幸せに暮らせる社会を目指し、2015年より活動しているという。代表理事の三浦暢久さんにLGBTの現状や住まいに関する問題を中心に話を伺った。
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日本人の約9パーセントがLGBTと公表
そもそもLGBTとはどういった意味なのか。
LGBTとは、「レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)」の4つの頭文字から構成されており、セクシュアル・マイノリティ(以下、LGBT)の総称として使用されている言葉である。最近は、「Questioning(クエスチョニング)またはQueer(クイア)」は性的指向や性自認が定まっていない人も加えて「LGBTQ」といわれるようになった。
ダイバーシティ(多様性)の研究を行っている電通ダイバーシティ・ラボは、全国 20~59 歳の個人 6万名を対象に、LGBTに関する大規模調査「LGBT調査2018」を行った。その調査結果によると、LGBTに該当する人の比率は8.9%だったと示されている。
この数字は、日本人の約11人に1人の割合でLGBTが存在すると捉えることができ、電通ダイバーシティ・ラボでは、「日本にいる左利きの人とほとんど同じ割合」という表現でLGBTの割合を公表した。
新たなデータとして、LGBT 総合研究所(博報堂DYグループ)が行った「LGBT意識行動調査2019」(全国20〜69歳の個人42万8036名のうち、有効回答者が34万7816名)の結果によるとLGBT数は全体の約10%であったと示されている。
ほかにも「働き方と暮らしの多様性と共生」研究チームが19年に行った、「大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート」の調査では、LGBTの割合が約3.3%であり、それを含め、「決めたくない・決めていない」など、さらにLGBTの幅を広げた結果が約8.2%であったとされている。こちらは大阪市のみでの調査結果だが、これだけの数値があるということが分かる。
各調査結果の開きはあるものの、現在、我が国には1割前後のLGBTの人がいるということだ。
NPO法人カラフルチェンジラボが進める活動
「私自身09年、ちょうど30歳を機に『自分らしく生きていきたい』と、LGBTであることをカミングアウトしました。当時はLGBTという言葉も、LGBTが人権であるという感覚もまだ世間にはありませんでした。私にとって自分らしく生きていくということは、俗に言う、おねえタレントのようにテンション高めなキャラクターとして存在することが、生きやすい方法だったのです」
優しい口調で語る三浦さんは、「あなたののぶゑ」というキャッチ―な名前で活動し、「のぶゑちゃん」として九州を中心に知名度を獲得している。そして、その知名度や人脈がNPO法人としての活動につながる結果となっているのだ。
ともゑちゃんこと 三浦 暢久さん 写真/三浦さん提供
カラフルチェンジラボの活動は、交流会や相談会のような当事者の直接的支援ではない。
メイン事業として、企業に対するLGBTの情報提供や取り組みのサポートを行う。もう一つの大きな柱として、日本主要都市で開催されるLGBTQ啓発の最大イベント「レインボープライド」の九州版を主催し、企業協賛を募っている。15年から開催を引き継ぎ、コロナ禍のためオフライン開催の最後となった19年には、1万2000人が会場に集まり、LGBT当事者1200人が福岡博多天神エリアをパレードするというビッグイベントとなったそうだ。
この一大イベントを主催していくなかで当事者の声が集まり、「みんなのすまいプロジェクト」や、さまざまなプロジェクトへ派生することになる。その活動をまとめるために、18年にNPO法人化に至ったという。
LGBTの住まい問題 当事者でしか分からない偏見
ゲイやレズビアンカップルに、住まいの問題があると考える人がどれほどいるのだろうか。私自身、例えばシングルマザーだと、就労や金銭的問題、子どもの問題など、住まいに困ることは容易に想像がつくのだが、LGBTの住まい問題と聞いてピンとこなかった。
しかし、現実は残酷なほどに違っていた。当事者にしか分からない偏見がまだこの時代においても根強く残っていたのだ。
リクルート住まいカンパニーによる、SUUMO「LGBTの住まい・暮らし実態調査2018」の調査結果によると、(調査対象:30~69歳の全国の男女、賃貸に利用する不動産を所有している人のうち、所有する賃貸用不動産の住戸数が4戸以上の不動産オーナー 有効回答:1024人)LGBTを「応援したい」というオーナーは37%と公表されている。しかしその反面、約38%のオーナーが「住んでほしくない」とも答えている。また、男性同性カップルの入居を断った経験があるオーナーは8.3%、女性同性カップルの入居を断った経験があるオーナーも5.7%いる状態が明るみになった。数字のマジックで、これは少なく思えるのかもしれない。だが、安定した収入や職があり、なんの落ち度もない人たちが住みたいと願った部屋に住めない可能性が、多少なりともあるということだ。
LGBT本人が不動産会社のカウンターへ行って、カミングアウトしたときの反応では、「そういう方が住めるお部屋はない」と言われることも少なくないという。それは、精神的苦痛であり、契約できないという現実問題となる。
ようやく最近ではLGBTの認知も向上し、契約により手数料が利益となる仲介業者側の受け入れは増えてきているようだが、問題は不動産会社のカウンターだけで解決するわけではない。その先にいる管理会社はオーナーに直結しているので、「この二人はどういう関係か」と詰めてくる。二人入居可の物件で、結婚前提のカップルであれば喜ばれるべきところを、男性同士、女性同士のカップルになると問題視されるのだから不思議だ。
「男性同士で借りたいというと、住居以外に事務所として使用されるのではないか、何かトラブルを起こすのではないか、部屋を汚したり騒音問題につながるのでは、と管理会社がオーナーに確認する前に断られるケースも多いんです」(三浦さん)
このように、不動産会社のカウンターや管理会社の審査で断られるケースを含むと、実際のデータよりさらに多くのLGBTの人たちが住まい探しで苦労していることが伺える。
日本社会は「結婚して一人前」 LGBTのヒエラルキーとは
レズビアンカップルの場合、家を借りるための審査では、女性だと男性に比べて低収入が多いため家賃の滞納リスクを懸念されるという。一人が払えなくなった場合、もう一人で二人分の家賃が払えるのかと危惧されるのだ。しかし、男女のカップルであっても、離縁することもあり、その後、女性が家に留まり男性が出ていくこともあるだろう。たとえ夫婦だったとしてもだ。
こんな話もある。ゲイやレズビアンのカップルは、二人入居可物件はNGでもルームシェアならOKなのだという。二人入居可物件は、結婚前提カップルなどの男女カップルや兄弟などの“親族同士”が大前提で、ルームシェアだと“他人同士”を想定しているらしい。しかし、ルームシェアは軒数が圧倒的に少なく、ほかの入居者もいるうえ間取りやルールなどもあり、カップルで同居するのとは全く違う生活になってしまう。
このような状況なので多くのLGBTカップルは、カップルの一人が借りた部屋にパートナーが後から無断で転居してくるパターンが多いのが現状だ。無断で居住していることになるので契約違反である。もちろん保険の対象外になるので、有事のときは大きなトラブルになることもあるだろう。
そういったLGBTカップルは、近隣住民に隠れて過ごすため、オーナーが住んでいる物件や、エントランスで居住者と多く会うような物件は避けるのだという。こういった状況は毎日続き、精神的苦痛を伴い「人権侵害」といえるのではないだろうか。
トランスジェンダーの場合、さらに深刻である。性別移行時期の場合、身分証明書の性別と見た目が違うこともある。入居審査のために認めたくはない個人情報を必要とされ、こちらでも精神的苦痛を感じる。例えば、体は男性で生まれたが心は女性であるトランスジェンダーは、女性専用マンションに住みたいと思うことは自然であるが、そのハードルは高く、現状ではほぼ手立てはない。トランスジェンダーについて正しい知識を持った不動産会社やオーナーではないと、正しい審査もサポートもできないのではないだろうか。
「LGBTは二段階後ろにいると思ってほしい。日本社会には『結婚して一人前』の風潮がいまだに根強く浸透しています。“結婚している男女”、“単身の男性”、大きな間があいて“単身の女性”の順にヒエラルキーがあると思っています。このヒエラルキーに当てはめられない私たちは、排除の対象となっていることが多くあります」(三浦さん)
進むLGBT支援 はらむ危うさ
LGBTQの認知度が上がり、日本全体の約1割が抱える問題と、調査が進むにつれ900万人以上の市場が眠っていることに各業界も気付きだした。不動産業界でもリクルート住まいカンパニーが運営する「SUUMO」や、LIFULLが運営する「LIFULL HOME'S」では、“LGBTフレンドリー(※)”な物件を借りられる仕組みがスタートしている。
※LGBTの人々に対して温かく開かれた状態
SUUMOでは、賃貸物件検索サイト上にてLGBTフレンドリー物件を選択して選ぶことができるほか、物件購入でもサポート体制や、LGBT向けの住宅ローンのサービスもある。LIFULL HOME'Sでは、LGBTフレンドリーな不動産会社を紹介してもらえる仕組みだ。
LGBTの住まいの問題に目が向けられ始めたことは、大きな変化であり前進であるとしながらも、トラブルに発展しないとは限らないと三浦さんは言う。
SUUMOの賃貸情報検索ページで「LGBTフレンドリー」でセグメントされた物件を選べることが、本当に当事者が求めていることではない。LGBTへ対する知識がないままに、オーナーにとって空室対策の一つになっていないか、セグメントをすることでかえって差別化になっていないか。当事者はフレンドリーな物件を探しているのではなく、自分の住みたいところに住みたいだけなのだ。
一方、LIFULL HOME'Sでは、不動産会社に「LGBTQ接客チェックリスト」を配布し、知識のない不動産会社に対する啓蒙を行っている。セグメントをされた物件ではなく、フレンドリーな会社で好きな物件を選べる可能性は喜ばしいことであるが、そのチェックリストを渡された会社の窓口となる担当者全員が、LGBTの知識を持って対応できているのだろうか。
企業が行うLGBTへの働きかけ 社内サポートと社外サポートの両輪が必要
LGBTフレンドリーと宣伝しているから信じて問い合わせをしたら、窓口対応した従業員に全く知識がなくトラブルになったケースは過去にもあったという。偏見があるなか、勇気を出し信じて行動をしたのに、裏切られたと感じた場合のショックは大きいだろう。
そして世間で大きくつながれないLGBTの人たちは、SNSの世界でつながっているという。そういったところで発信すると、噂は瞬く間に広がりTwitterなどで炎上することも少なくない。悪い意味で、企業の情報が出回ってしまう恐れもある。
「当事者たちは性的な部分が大多数の人たちと違うだけで、差別的、侮辱的な扱いを受け傷ついた経験があったり、またそれを回避するために警戒心が強く敏感です。接してくる人や企業が、自分たちのことを本当に傷つけないでサポートしてくれるのか、信用できるものなのかと警戒していることは事実だと思います。現在のSUUMOやLIFULL HOME'Sのような取り組みが進むことは素晴らしいことである反面、全国の不動産に関わる企業や事業者が、適切な知識を持たないままLGBT当事者へ向き合うことが本当にできるのか不安です」(三浦さん)
時代の流れに乗ろうと、知識を得ることもなく単に「LGBTフレンドリー」と謳って付刃にプロモーションすることは、二次被害を生むだけでなく、企業ダメージにもなり得る可能性もはらんでいる。
このようなことからカラフルチェンジラボでは、企業への講演や企業研修を通し、単に男女カップルと同等に扱えばよいのではないこと、当事者が本当は何を求めているのか、企業主体で進めると陥りやすい問題点などを指導しているのだ。
LGBTが住みやすい社会は誰にでも優しい社会
カラフルチェンジラボでは、LGBTの住まいや引っ越しをサポートする「みんなのすまいプロジェクト」を進めてきた。
そして、16年より共に活動を進めてきた、福岡で70年の歴史のある三好不動産と進めてきたLGBTの住まいの支援を広げ、全国の「実態あるLGBTフレンドリー企業」を支援し、パートナーシップを行っている。
「LGBTが住みやすい社会は、誰にでも優しい社会だと信じています。LGBTの話は性的少数者の話ではなく『性』の話。全ての人が持って生まれてきている性の課題は、人間の生きていく本幹の話です。今の日本では、女性軽視や男性優位社会という流れもまだあり、女性の生きにくさや男女差別問題も複合的に課題が混在していますが、レズビアンやトランスジェンダー(女性)なども女性の話であり、現在日本が抱えている課題のなかにLGBT当事者もいるのです」(三浦さん)
反対に、男性は社会から求められる「男らしさ」や、責任など、暗黙に求められる性的な役割からくる、「息苦しさ」を男性自身も感じているのではないだろうか。そろそろ男女平等を本気で考える時期なのかもしれない。LGBTの課題への取り組みが大きなヒントになるのではないだろうか。
21年、期待されていたLGBTに関する法案の国会の提出は見送られ、依然としてLGBTの人々を差別から守る法律は実現しない。マイノリティを認める社会は、誰にとっても生きやすい社会になるのではないだろうか。そして誰もが等しく、自分の住む場所は自ら決める権利があるということが当たり前になってほしいと切に願う。
この記事を書いた人
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