ウチコミ!タイムズ

賃貸経営・不動産・住まいのWEBマガジン

「HARUMI FLAG」住民訴訟に新たな動き 不動産鑑定士たちが指摘する激安価格のカラクリと問題点

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

文・写真/立木 信

疑問の声を上げはじめた不動産鑑定士たち

東京五輪の選手村用地の売却価格が安すぎるとして都民から東京都に対する住民訴訟に再度、不動産専門家の注目が集まっている。

中でも「もっとまともな不動産鑑定士、不動産鑑定業者になれ」、「不動産鑑定士への信頼を著しく貶めるような事をするな」という大物鑑定士の意見が出はじめている。そもそも不動産鑑定士業界は政治的には無関心だったが、その不動産鑑定業界が重い腰を上げて、東京都や都議会に東京・晴海における都有地売について重大な疑義を投げかけている。

「現在の不動産鑑定士のあり方を根底から考え直してみようとする鑑定塾が始まった」というのは「不動産鑑定制度研究会」(代表・平澤春樹不動産鑑定士)だ。

東京都中央区晴海の選手村に使われた後にマンション群となる「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」は東京駅からは4キロ程度の距離。築地市場跡地と豊洲市場の中ほどに立地する。ここが売り出されたのは2019年夏のことだった。売り出されたのはマンション5632 戸のうち、分譲分の4145戸。予定価格は90 ㎡の3LDKで8000 万円程度。坪単価にすると300万円前後だ。

この選手村用地売却問題は、すでに都への監査請求を経て、東京地裁で訴訟になっており、次回の法廷は12月8日に開かれる。この訴訟の争点は、選手村・HARUMI FLAGのある一等地の地価が、周辺の地価にくらべて10分の1以下の激安価格で大手不動産会社など売られたというものだ。

具体的には2016年末に東京都から三井不動産など開発業者11社に売却された土地の価格が1㎡あたり9万6784円に過ぎず、西多摩郡のほとんどの宅地よりずっと安いというものだった。選手村の近隣の晴海3丁目の 16 年の 公示地価(商業地)は、132万円ほどだから、その割引率はなんと9割引を超える。ここまで安くできた理由は都が用いた「開発法」という不動産鑑定法があったからだ。

こうした都やデベロッパーに対して不動産鑑定制度研究会は、都議会対して専門的な意見書を送って選手村問題に疑義を呈している。

研究会に参画している不動産鑑定士によるとその内容は、①土地価格は選手村を建築することによって1割以下に激減することはあり得ない、②晴海選手村都有地の平均売却価格1㎡単価9万6800円は八王子市住宅地の平均12万2700円(平成28年東京都地価調査)より低い価格水準と指摘する。そのうえで研究会の調べでは、東京五輪選手村の利用開発では、11社に129億6000万円(1㎡当り9万6800円)で広大な都有地を一括処分。研究会は、この13.3万㎡の土地価格は、1611億1800万円(1㎡単価120万円)が妥当で、都が処分した価格との差額は1481億以上に達するという。

国策不動産鑑定会社「日本不動産研究所」?

129億6000万円(1㎡あたり9万6800円)という鑑定額を出したのは都から依頼を受けた「日本不動産研究所」という一般財団法人である。この日本不動産研究所は、鑑定士制度発足の際に所管の旧建設省と旧大蔵省がつくったもので、全国8支社41支所及び上海子会社を持ち、不動産鑑定評価、不動産証券化に伴う鑑定評価、動産・インフラ評価、海外不動産評価などを行っている。現在の理事長は元国土交通省の出身だ。そして、HARUMI FLAGの評価額はこの日本不動産研究所が出した「調査報告書」が事実上の不動産鑑定書になっている。

ちなみに、今回この評価に疑義を呈している不動産鑑定制度研究会も、数理・統計にもめっぽう強い理論肌の不動産鑑定士がおり、日本不動産研究所にとって「目の上のたんこぶ」とされる。この報告書は、「不動産鑑定の実務者から分析すると、故意か過失か、大変ずさん」(不動産鑑定制度研究会関係者)というのだ。

報告書で指摘される疑問点は次のような点だ。

1)土地価格を算出するのに荒っぽい開発法のみを使っている
2)土地価格を決める場合に重要な取引事例比較法を無視
3)周辺にある東京都地価調査価格(東京都中央区の「中央-3」の㎡単価95万円)との比準(比較)をしない
4)仮に売り渡し価格を激安にできる開発法を認めたとしても、そこで求めるべき素地価格のベースに、誤って収益還元法を採用した(収益価格からさらに販売費および一般管理費を差し引きすることによってコストの二重計上をして故意に安くする単純ミスを重ねている)
5)収益還元法に採用されている住宅店舗賃料は、極端に低い賃料事例を用いて計算している
6)そもそも開発法に採用されている分譲事例価格そのものも極端に安く、逆に採用された建築工事費を高く設定。結果、処分価格が極めて安くなっている
7)都有地のため一部しか路線価は設定されていないが、推定される固定資産税課税標準額よりはるかに低い価格で処分された(時価を超える部分への固定資産税課税を否認した最高裁判例趣旨に違反)

ここであげた疑問点は一部で、報告書にはこのほかにもいくつもの疑問点が指摘されている。

激安を可能にしたいくつもの仕掛け

さらに激安販売を可能にしたカラクリはまだまだある。

そのトリックは、複雑で込み入った街区の再開発に多用させる「市街地再開発事業」という制度をわざわざ、唯一の地主である東京都が広大地の「再開発」に持ち込んだ「ひとり再開発事業」だった点だ。

つまり、HARUMI FLAG選手村開発は東京都(舛添要一前知事)が、再開発用地の地主、再開発許認可の当局者、そして再開発事業の施行者という異例の「一人三役」を演じることになって、いかようにもできるになっているのだ。この点については、都の監査部門も意見している。

さらに引き渡し価格激安にするためのトリックは続く。

市街地再開発事業による土地の処分には、都市再開発法80条において、近傍類似の土地等の価格を考慮して定める規定がある。だが、権利者全員(晴海の場合は東京都だけのひとり再開発事業)の合意があれば、任意の価格で売買できるのだが、都はこの権利すべて持っているためこの規定を使って、都の一存で法外な安値も販売を決め、売った後はさっさと再開発事業から退出した。

都議会や都の財産価格審議会も安値販売を問題にしていない。しかも、都は選手村の基盤整備等に数百億円を投入した上、選手村の家賃も負担するので、それらも上乗せされ売却した東京都の赤字は増えることになる。

「土地の取引事例の記載が全くなく、周辺にある地価公示価格・基準地価格も全く無視して更地価格を求めている不動産鑑定書を妥当な鑑定書として国土交通省は認めるのか」「業界団体の日本不動産鑑定士協会連合会は、そうした不動産鑑定書が横行することを許すのか」と複数の不動産鑑定士は、疑問点を指摘する。

あの「森友問題」でも鑑定士とその業界団体は重要な「役割」を演じてきた。それと同じ構図の疑問が東京五輪という平和の祭典という国際イベントでも浮上している。この問題について東京都はどう答えるのか。

 

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

この記事を書いた人

経済アナリスト

マクロ経済面から経済政策を批評することに定評がある。不動産・株式などの資産市場、国や自治体の財政のバランスシートの分析などに強みを持つ。著書に『若者を喰い物にし続ける社会』(洋泉社)、『世代間最終戦争』(東洋経済新報社)、『地価「最終」暴落』(光文社)などがある。

ページのトップへ

ウチコミ!