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日本人は「たたきあげ」が好き?――「エリート」と「たたきあげ」生命力の違いはどこにある?

遠山 高史遠山 高史

2020/10/21

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イメージ/©︎Pavol Stredansky・123RF

創業のたたきあげ社長と2代目エリート息子

9月、菅内閣が発足した。メディアは菅と安部前首相と比較して菅首相は「たたきあげ」と称する。

辞書を紐解くと、たたきあげとは「下積みから苦労して一人前になること」とあるが、昨今では「下積みから苦労して成功を納めること」という意味合いが強い。大衆は古今東西、「たたきあげ」の物語が好きであった。苦労の末に成功が待っているという話は、人々に夢を与えるからであろう。

Y社は、老舗の部品メーカーである。中堅ながら一代で、業界でYの名を知らぬものはモグリとまで称されるほどになった。

とある集まりで、Y社の創業社長と、その子息と言葉を交わす機会があったが、典型的な「たたきあげ」と「エリート」という二人組であった。父親は、小柄ではあるが、がっしりとした体躯で、70歳をいくつか越えているようには到底見えぬ活力を湛えていた。それに対して、息子の方は、背が高く、いわゆる「いい男」で、いかにも育ちのよさそうな「お坊ちゃん」であった。アメリカの大学で経営学を修め、数年後は事業を引き継ぐというが、経営者というよりは、学者の風情であったことを記憶している。

そのY社の業績が破綻寸前までに落ち込んだのは、創業社長引退後、間もなくであった。

表向きはライバルとの価格競争に負けたということであったが、新社長の効率と成果を追い求める姿勢が古参の従業員の反感を買ったことと、新事業とやらの無謀な投資が業績悪化の主な原因、というのが本当のところらしい。

ここまではよくある話で、誰もが老舗の破綻を惜しんだが、その後、引退したはずの創業社長が息子から経営権を取り上げ、分裂した社員をまとめなおし、資金を調達し、東奔西走の結果、またたく間に経営を安定させた。周囲は、その胆力に驚き、「やはり、たたきあげだ」「創業者は粘りが違う」などと称賛したとか。残念なことだが、アメリカ帰りの息子の学識は、企業の運営には、役に立たなかったようだ。父親との差は一体何であったのか。

面白みのある成功か、ない成功か

ひと昔前の小説や漫画の主人公は、「たたきあげ」タイプが多かったが、最近では、登場時からすでに高い能力を備えており、スマートに敵を倒すタイプが人気だという話を聞いたことがある。

そういえば、最近の若手は、ことあるごとに効率という言葉を使う。泥臭いことを好まず、こまめな労働を厭い、あきらめるのも早い。そして、パソコンの前に座っては、データを眺めている姿をよく目にする。これも時流かと思うが、これでは、未来はどうなるかと、年寄りとしては、少々不安になるというものである。

古い考えだろうが、私はやはり、物語のヒーローは「たたきあげ」であってほしいと思う。

効率よく、スマートに物事を対処できれば、それは最善である。しかし、長い人生、平坦な道ばかりではない。と、いうより平坦な道というものが果たしてあるのだろうか。生きていれば、必ず挫折の時がくる。企業の運営に限ったことではない。その時、整えられたレールをさしたる労苦なく走ってきた人間は、どうしても倒れやすい。さながら温室で育てられたバラのように、少しの変化で容易に枯れてしまう。

むろん、泥臭く努力したとて、物語の主人公のように、敵を倒せるかどうかはわからない。が、しかし、生物は命あるかぎり前進せねばならず、成功の先に、また人生は続くのだ。

で、あるならば、多少の困難に簡単に倒れるようでは面白くない。せいぜいジタバタして、なんだかわからないまま何事かに挑み、何かを成して死んでいくというのが正しい生き物の姿である。そして、効率やら、成果というものは、その後からついてくるものである。

常に降りかかる不測の事態に対処する方法は机上には存在せず、結局のところ、もがきながら立ち向かうのが、正しい作法なのである。ついでに個人的な意見ではあるが、スマートなエリートが華麗に成功を収めるという話は、どこか面白みに欠ける。

菅総理がたたきあげというのであれば、今後の政策に泥臭くとも面白みに富んだものを期待したい。

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この記事を書いた人

精神科医

1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。

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