映画で俄然注目! 事故物件住みます芸人・松原タニシから賃貸住宅オーナーへの貴重なメッセージ
朝倉 継道
2020/09/04
取材・文/朝倉継道
映画『事故物件 恐い間取り』が話題だ。2020年8月28日(金)から全国で公開されている。主演は亀梨和也さん。監督は「リング」の中田秀夫さん。事故物件に長年住み続ける芸人、松原タニシさんのベストセラー『事故物件怪談 恐い間取り』と、続編『事故物件怪談 恐い間取り 2』が原作になっている(いずれも二見書房 刊)。
ところで、事故物件という言葉は、いまやかなり有名になっている。以前は、不動産業界や賃貸住宅オーナーの間でもっぱら使われる言葉だった。文字通り、殺人事件や自殺、火災で人が亡くなったり、孤独死の発見が遅れて損害が出たりといった「事故」が起こった賃貸物件のことを指す。
アパートやマンションが事故物件化することは、オーナーにとって悪夢だ。ときに莫大な負担がふりかかることもある。多額の原状回復費用がのしかかったり、その後も家賃を下げざるをえなかったり。入居者の一斉退去が起こることも珍しくない。賃貸住宅オーナーが、普段もっとも目にしたくない言葉のひとつが「事故物件」といえるだろう。
そこで今回、事故物件住みます芸人・松原タニシさんにお会いしてみることにした。誰もが避けたがる環境に住み続け、そこで起こる怪奇現象についても発信、事故物件入居へのハードルを下げてくれている反面、オーナーにとっては痛しかゆしの存在だ。映画公開の前日、待ち合わせ場所に現れたのは、ホンワカとした温かい雰囲気の、誰もが声をかけたくなるような青年だった。
松原タニシ/1982年、兵庫県神戸市生まれ。芸人(松竹芸能所属)。2012年より、テレビ番組の企画に参加、事故物件に住み始める。これまでに大阪、千葉、東京、沖縄など10軒の事故物件に暮らしながら、さまざまな体験を発信、書籍はベストセラーになっている。「事故物件住みます芸人」として、近年は不動産業界団体のセミナーにも登壇するなど、活躍の場を広げている。2020年8月、著作「事故物件怪談 恐い間取り」「事故物件怪談 恐い間取り2」が映画化された。
インタビュー冒頭に異変が発生!?
最初に松原さんに尋ねてみた。初めて事故物件に住み始めたときの心境だ。松原さんは2012年に出演していたテレビ番組の企画に自ら名乗りを上げ、こんにちに至る事故物件暮らしを始めている。
「もちろん、最初は怖いなと感じました。誰かが悲惨なかたちで亡くなった物件に住むなんてありえないという感覚を僕ももっていました。なので、住み始めて1カ月くらいは怖かったですよ。ちょっとでも何かが起これば、心の中で全て物件に結びつけてしまう。でもそのときは、誰もやらないことだからやってみよう、やってやろうという気持ちも僕の中にあったんです。ついに1年間住み続けました」
ちなみにこの1軒目の物件、松原さんが最新の著書で「ここを超える怪物件とはまだ出合えていない」と語るほどの物件だ。マンションなのに奇妙な家鳴りが日常的に聞こえ、定点カメラには肉眼では見えない不思議な光が写り込む。浴室のミラーに文字が浮かぶという怪現象も、松原さんはここで目の当たりにされている。
ここから始まった……事故物件1軒目(写真/本人提供)
と、ここで異変が生じた。松原さんが突然腹痛に襲われ、一旦退席せざるをえなくなったのだ。もしや、自分や賃貸住宅オーナーが背負ってきた想いが松原さんにのしかかったのだろうか? 亡くなった人も怖いが、生きている人はもっと怖い。
約10分後、元気な笑顔で戻ってきた松原さん。問題なく取材は続行できそうで一安心だ。
特殊清掃にも飛び込んでみた
松原さんは、これまでに10軒の事故物件で暮らしている。その途中、特殊清掃の現場も何度か体験している。
「誰もが目を背けたがる場所に足を踏み入れようと思ったんです。僕は事故物件に住んでいるんだと、世の中に発信する以上、見ておかなければいけないとも思いました」
専用の装備に身を包み、実際に清掃作業も行っている。現場はいずれも孤独死が起きた部屋だったそうだ。
特殊清掃装備姿の松原さん(写真/本人提供)
「部屋がきれいになって、次の借り主に渡される。そうなる前はどうなっていたんだろう、誰がどうやってきれいにしているんだろう。そこを見ておきたかったんです。現代の死のかたちのひとつにふれることができました」
なお、同じ事故物件でも、殺人事件の場合は大々的に報道されるなどのインパクトが入居者募集への障害となってあとあとオーナーにのしかかる。孤独死や自殺の場合は、発見が遅れてしまったケースがとくに厳しい。遺体の腐敗によって、物件が汚損することが多いからだ。状況によっては原状回復費用が数百万円単位に跳ね上がることもある。
そこで近年、事後の補償は充実してきている。オーナーを守るための保険の整備が進んでいるためだ。しかし一方で事前の備えはあまり進んでいない。孤独死や自殺の早期発見やそれ以前の予防は、入居者の高齢化も踏まえ、現在、賃貸経営を行ううえでの大きな課題となっている。
本当に怖いのは、生きている人?
「事故物件でも、心霊スポットでも、そこに踏み込まずにいればただ周りから見ていて怖いだけ。踏み込めば、そこにあるものが本当に怖い本物なのか、ウソなのかが分かるんです」
こう話す松原さんが暮らしてきた10軒のうち、ある意味一番怖いと感じたのが4軒目の部屋だ。千葉県にある約6畳の1K。著書「恐い間取り」「恐い間取り2」にも記されているが、松原さんはこの物件には「実際、ほとんど住めませんでした」という。理由は不可解なほどの体調の悪化だった。
「部屋に足を踏み入れた初日から、体が動かなくなってしまいました」
ほとんど住むことができなかった4軒目(写真/本人提供)
実はこの部屋、薬の過剰摂取によって女性が亡くなった現場だった。女性を襲ったかもしれない、薬が切れたことによる重い倦怠感が、松原さんに乗り移ったのだろうか?
だが、もっと大きな問題は、物件の向かい側の家にあった。その家では、周囲を囲む柵という柵に、多数の防犯センサーを設置している。それに何かが少しでも反応すると、昼間であろうと夜中であろうと近所中にアラームが鳴り響く。しかも、わざわざ近づかなくとも、松原さんが自室のドアの外に立っただけでセンサーは敏感に反応する。
「もしや、亡くなった女性が薬を過剰摂取したのは、この音に悩まされ、眠れなくなったからなのかも」
そう疑われるほどの異様な状況だったそうだ。
つまりこの物件では、怖いのは心霊現象よりもむしろ人だ。向かいの住人という、生きている人間こそが怖いのだ。過剰なまでのアラームを設置し、この人が誰を敵とみなし、追い払おうとしているのかは分からない。意図が分からないだけに怖いのだ。
その点、松原さんも「やはり人は怖いです」という。事故物件に住んで、たとえ不可解な現象が起きても、それには慣れることもできるし、あえて近づくこともできる。しかし…
「生きている人間が相手の場合、一方的な敵意をもしも向けられたとしたら、避けるか、逃げるか、もうそれしかないですから」
ちなみにこの物件、松原さんは昨年末に再度訪れてみたという。きっかけは偶然知ることとなった、松原さんのあとに入居された方の退去理由だった。その状況は「恐い間取り2」に詳しい。
「僕が契約したとき、空室は2部屋くらいでしたが、今回見に行ったときはほとんどが空いていました」
事故物件住みます芸人が、「ここにはほぼ住めなかった」というほどの怖い物件。それは、過去に起きた事故の記憶よりも、生きている人間が生み出す現実こそが怖い物件だったようだ。
オーナーはもっと発信するべき
松原さんに、賃貸住宅オーナーについて尋ねてみた。すると、これまで住まれてきた事故物件のオーナーと接触した経験は一度もないという。
「そもそも始めのころの僕もそうですし、芸人仲間を見回してもそうですが、多くの借り手さんが、物件にはオーナーがいることを知らなかったりするんです。部屋は不動産屋さんが貸してくれているんでしょ? 違うの? 彼らは仲介するだけ? 管理会社って何…? そんな感じです。賃貸物件が流通する仕組みは、一般にはあまり知られていないのが現実だと思います」
であるがゆえに、「賃貸物件内で事故の原因をつくってしまう人にも、同じことがいえるのではないか?」というのが松原さんの見方だ。すなわち、ローンを抱え、ギリギリの経営に奮闘しているオーナーの姿というのが、多くの皆さんには想像できない。存在自体も知られていない……。
そこで、松原さんにある数字を見てもらった。一般社団法人日本少額短期保険協会が2019年に公表している数字だ。これを見ると、協会が把握している賃貸物件内での孤独死における自殺の占有率は高く、死因の約11%にのぼっている。厚労省統計による死亡者の全死因に対する自殺の割合1.5%程度を大きく上回っている。
出典/一般社団法人日本少額短期保険協会「第4回孤独死現状レポート」(2019)
言うなれば、「物件内で不幸にして殺人の被害に遭われたり、病気でお亡くなりになったりは仕方がない。せめて自殺はやめてほしい」というのが、賃貸住宅オーナーの偽らざる本音だろう。
さらに、オーナーが被る損害額も見てもらった。最大で180万円近くにのぼっている残置物処理費用や、400万円を超えるケースも報告されている原状回復費用。数字にはなっていないが、事故物件のダメージから回復するまでのさまざまな苦労。生活破綻するオーナーさえいること。そのうえで、松原さんに「ぜひオーナーにメッセージを」とお願いしてみた。すると……
「こういう事実は、もっと広く知らされるべきだと思います。賃貸アパートやマンションの多くに、個人のオーナーが存在するということ。事故物件によってその人たちに大変な損害が生じることもあるんだということ。それらをみんなにもっと知らせた方がいい。そのことが、孤独死を少しでも減らす方向に、自殺を少しでも減らす方向に、社会が動くことにもつながっていくのではないでしょうか。とにかく、みんなオーナーのことってよく知らないんです」
たしかに、賃貸といえばオーナー=大家さんがいて、大抵は物件のそばに住み、入居者は誰もが自分の住む家の持ち主はその人だと知っている、そんな風景が普通だった時代は、もう遠い過去のことなのだ。
事故物件住みます芸人・松原タニシさんからの「オーナーの存在をみんなに伝えなきゃ」とのメッセージは、その意味で、欠けていた何かを拾って差し出してくれたような温かなアドバイスに思えた。
『事故物件 恐い間取り』8 月 28 日(金) 全国公開/©2020「事故物件 恐い間取り」製作委員会
この記事を書いた人
コミュニティみらい研究所 代表
小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。