全力都市 福岡! その成長の理由を探る
ウチコミ!タイムズ編集部
2020/06/16
2016年、福岡市がついに神戸市を超える
福岡市の勢いが止まらない。分水嶺となったのは2016年2月、この時点で福岡市の人口は153万8681人となり、長らく後塵を拝していた神戸市の人口153万7272人を初めて上回った。そして20年3月1日時点の人口は159万6617人となり、着実に増加し続けている。そして政令指定都市としての人口規模は順に横浜市、大阪市、名古屋市、札幌市の次の5番手となり、力強い存在感を示しているのだ。もちろん人口増加だけが都市の力をあらわすバロメーターではないが、重要な指標であることには間違いない。人が多く集まればこそ、そこに衣食住が生まれ商いも盛んになる。それでは一体、なぜ福岡市は成長を続けることができるのか? そのマスタープランを紐解く。
地方創生と国家戦略特別区域法
14年9月、第2次安倍改造内閣発足に伴い高らかに発表された「地方創生」、別名ローカル・アベノミクス。それは急激な人口減少と東京への一極集中を回避するために安倍内閣が打ち出した施策で、その内容には東京から地方への転出や、地方の若年層の雇用を拡大するなど様々なものが含まれている。この地方創生に関する予算は15年度で1兆7178億円、16年度で1兆8148億円、17年度で1兆9691億円、18年度で1兆9228億円、19年度で2兆7344億円、20年度で1兆5089億円(20年度以外は補正予算を含む)となっている。
地方創生の概要には総合戦略を踏まえた個別施策の基本目標として、①稼ぐ地域をつくるとともに、安心して働けるようにする、②地方とのつながりを築き、地方への新しいひとの流れをつくる、③結婚・出産・子育ての希望をかなえる、④ひとが集う、安心して暮らすことができる魅力的な地域をつくる、を掲げている。
この地方創生と密接に絡み合っているのが国家戦略特別区域法、通称国家戦略特区だ。国家戦略特区はいわゆる岩盤規制を打ち砕き、特定区域の経済・国際競争力の向上を図るというもので、その指定区域は東京圏・関西圏・新潟市など10区域となっている。そしてこのなかには福岡市・北九州市も含まれている。ちなみに、記憶に新しい「加計学園問題」で話題になった今治市も特区に含まれているが、本稿のテーマからそれてしまうのでここでは触れないことにする。
グローバル創業・雇用創出特区福岡市
福岡市は、15年5月1日に国家戦略特区「グローバル創業・雇用創出特区」として指定される。高島宗一郎福岡市長は、福岡市が提供するグローバル創業・雇用創出特区のパンフレットの中でこう記す。
「『創業』は、経済の新たな活力を生み出す原動力です。創業が盛んになることで、多くの雇用が生まれ、就職の機会が増えるとともに、新しい商品やサービスにより、生活の質の向上が期待できます。また、既存企業にとっては、自らの第二創業はもちろんのこと、新たな商品やサービスを活用したビジネス・モデルの構築や、創業企業との提携による新たな取引先の開拓、海外市場へのビジネス展開といった効果が期待できます。さらに、地元経済がこのような形で活性化することにより、市民一人ひとりが暮らしの豊かさを実感できるようになると考えています。これまでにない新しい価値や製品、サービスを創り、グローバルなマーケットにチャレンジしていく・・・そんな夢を実現できるスタートアップの拠点となり、日本経済をけん引していくことが、特区として選ばれた福岡市が果たすべき大きな役割だと考えています。『グローバル創業・雇用創出特区』 福岡市で一緒にスタートアップにチャレンジしましょう!」
この高島市長のメッセージの文脈からも福岡市の未来へのキーワードは特区の名の通り、国際化と創業などによる雇用創出であるということが再確認できる。
ところで、この高島市長、経歴が実にユニークだ。10年に36歳という若さで福岡市長選挙に出馬し当選、14年と18年ではいずれも史上最多得票で再選し、現在3期目となる高島市長の前職は、九州朝日放送のアナウンサーだった。そんな高島市長の人となりを知るのに、こんなエピソードがある。
自著『福岡市を経営する』 (ダイヤモンド社 刊)によると、幼少の頃からプロレス好きであった高島氏は、いつしかプロレスの実況アナウンサーをしたいと願うようになる。しかし新日本プロレスを中継する番組「ワールドプロレスリング」の実況はテレビ朝日のアナウンサーがするため、そもそも高島氏が所属する九州朝日放送の仕事ではない。
とある日、博多で新日本プロレスの興行が開催、「ワールドプロレスリング」の中継が入る。そしてその実況をしていたのは、局は違うが同期のアナウンサーだった。これを見て高島氏はなんとかチャンスをモノにしたいと思い、翌日からいつ実況の仕事が来てもいいように準備を開始したという。
一般的に考えれば、いくら系列の局とはいえ、テレビ朝日から別会社である九州朝日放送の高島氏に実況を依頼することはないといっていい。経験値の高い自前のアナウンサーで実況すればいいし、中継制作費を抑えることもできるからだ。
それでも高島氏はあきらめない。スポーツ新聞をスクラップして知識を深め、専門チャンネルで音を消して実況の練習を繰り返す。そして休日には自費でテレビ朝日の中継の手伝いに行ったという。しかも実況用のノートやスクラップを鞄に入れて。実況を依頼されることはないと理解しつつも、日々の鍛錬を決して怠ることはなかった。
しかしその日は突然訪れる。1998年10月24日福岡国際センターでの出来事だ。当日、中継に入る予定だったアナウンサーが、他の実況スケジュールの都合で来ることができなくなったのだ。そこで番組プロデユーサーから声がかかり、晴れて実況をすることになったという。それがきっかけで高島氏はボランティアながらもプロレスの実況を続け、やがてはテレビ朝日から九州朝日放送に正式に発注され、“仕事”としてプロレスの実況をすることになったのである。
「アナウンサーから市長へ」というのは、一見華やかなサクセスストーリーに映るが上辺だけを見るとその本質を見誤ってしまう。高島市長は、このようにどこまでも泥臭い、努力の人なのである。
ちなみに、このエピソードが記されている著書『福岡市を経営する』が、めっぽう面白い。ほかにも市長選に出馬するまでの流れや、福岡市と同規模のエストニアにシンパシーを感じ、その成長戦略を参考にしていること、全方位から批判されても決断することこそがリーダーの務めであることなど、全編を通して高島市長の仕事論・人生論が詰め込まれている。市政に興味がない人でも心躍る内容となっているので、ぜひ一読してほしい。
現職市長による初の著書『福岡市を経営する』ダイヤモンド社刊
さて、グローバル創業・雇用創出特区の話に戻る。福岡市が特区として取り組んでいることとはなんだろうか。大きな取り組みとしては次のようになる。
■福岡市をスタートアップ(創業)の拠点にする
■スタートアップビザで外国人の挑戦を支援
■スタートアップ法人減税で成長を支援
■「天神明治通り地区」「旧大名小学校跡地」「WF(ウォーターフロント)地区」における航空法の高さ制限を緩和、・高度医療提供のための病床整備
経済効果8500億円「天神ビッグバン」
これらの施策を含むものの中で特にインパクトの強いのが、ハード面での「天神ビッグバン」「博多コネクティッド」「ウォーターネクストフロント」の大規模再開発・整備だ。
まずは天神ビッグバンについて。この再開発が完了した際の経済波及効果は年間8500億円と予測されるビッグプロジェクトだ。さらにこの施策により雇用者数を2024年までに2.4倍(+5万7200人)としている。
そもそも天神ビッグバンは、国家戦略特区による航空法の高さ制限の特例承認を受け、福岡市独自の施策としてビルの容積率緩和などを行い、民間投資を呼び込みながら天神エリアのビルや商業施設を建て替えるというものだ。具体的には10年間で30棟のビルの建て替えを促し、延床面積約1.7倍(44万4000㎡→75万7000㎡)、建設投資効果は2900億円と福岡市は試算している。
実際の建築確認申請数は、天神ビッグバン開始後の15年2月から19年8月までに41棟あり、すでに建て替えが完了したものは28棟となっていることからもプロジェクト自体は順調に推移しているのが分かる。
興味深いのが、このプロジェクトの持続的な賑わいを創出するために、「We Love天神協議会」と福岡市が連携し、官民連携で“オール天神”の推進体制を立ち上げたことだ。通常、ハコモノや大規模プロジェクトは「投資を呼び込んだら終了」「予算を確保したら終了」のようなものが多いが、推進する期間もこのように官民連携でプロジェクト自体を盛り上げるというのは好感がもてる。その取り組みとしては、渡辺通り東西における賑わいイベントの連携強化、キッチンカーなどによる日常的な賑わい・利便機能の充実、天神ビッグバンによる街の将来像やテナント移転先紹介などの情報発信、としている。
天神ビッッグバンにはもう1つ面白い試みがある。それは天神ビッグバンボーナス、略して「天神BBB」だ。なんだかプロレス団体みたいな名称だが、その内容は魅力あるデザイン性に優れたビルに、インセンティブを福岡市が付与するというものだ。制度の概要は、24年12月31日までに竣工予定の魅力あるデザイン性に優れたビルには、容積率緩和制度の拡大、認定ビルへのテナント優先紹介、天神ビッグバン専用融資商品、行政による認定ビルのPRといった「ボーナス」がある。
開発が進む天神エリア/PHOTO 吉田達史
経済効果5000億円「博多コネクティッド」
開発は天神だけにとどまらない。博多駅周辺のプロジェクト「博多コネクティッド」でも負けず劣らずの再開発を実施する。博多駅周辺は11年の九州新幹線開業にあたりそもそも賑わってはいるものの、陸の玄関口としてさらなる発展を促すという狙いがあるという。
その概要は、JR博多駅から半径約500mの約80haのエリアで、10年間のうちに20棟の建て替え誘導を目指すというもの。そしてこの博多コネクティッドを契機に西日本シティ銀行はJR博多駅前の本店ビルを建て替える方針を固めている。
福岡アジア都市研究所によると、博多コネクティッドにおける試算は、延床面積で約1.5倍(34万1000㎡→49万8000㎡/+15万7000㎡)、雇用者数は約1.6倍(3万2000人→5万1000人/+1万9000人)、10年間の建設投資効果は約2600億円、建て替え完了後の経済波及効果は年間5000億円としている。
さらにキモとなるのは、地下鉄七隈線の延伸工事である。これは天神南駅から博多駅までを結ぶもので、本来であれば今年開業する予定だったが、16年11月8日に発生した「博多駅前道路陥没事故」により遅れ、22年の開業予定としている。天神地区まで約2kmということもあり、これが繋がることによって、今後の天神ビッグバンにおける天神の盛り上がりと博多コネクティッドにおける博多駅周辺の盛り上がりが融合し、さらなる相乗効果が見込める可能性もある。
博多コネクティッドを契機に建て替えをする方針を固めた西日本シティ銀行 本店/PHOTO 吉田達史
経済効果2000億円「ウォーターフロントネクスト」
そしてウォーターフロントネクストである。もともと九州北部は古来、海洋都市であった。朝鮮半島や中国大陸も近く、貿易などで地の利のあるエリア。裏を返せば有事の際、困難な局面にさらされる可能性も高い。事実、鎌倉時代にはモンゴル帝国(元朝)とその属国である高麗によって2度にわたる侵攻にさらされた。1度目は1274年(文永11年)の文永の役、2度目は1281年(弘安4年)の弘安の役で、ひと昔前までは神風(暴風雨)によってモンゴル帝国と高麗の連合軍を退けたとされていた。ただ、連合軍の撤退に関して、現在ではさまざまな解釈があり一通りではない。
しかし平時であれば地の利が生きる。1世紀から3世紀前半にかけて現在の福岡市周辺に存在したといわれる奴国(なこく)では、当時からすでに、真綿や穀物を朝鮮半島に輸出し、朝鮮半島からは鉄を輸入していたということからも、貿易拠点としての歴史は長い。
このように、いにしえより海洋都市として栄えた周辺は、フォーターフロントネクストによって再び生まれ変わる。もともとウォーターフロント地区は、展示会やコンサートが開催できるマリンメッセ福岡、複合商業施設のベイサイドプレイス博多、福岡国際会議場、福岡国際センターなどのMICE(企業の会議=Meeting、企業の行う報奨・研修旅行=Incentive Travel、国際機関・団体、学会が行う国際会議=Convention、展示会・見本市、イベント=Exhibition/Eventの頭文字をとったビジネスイベントの総称)施設が集積し、定期旅客船やクルーズ船の就航があることからも、国内外からの交流が盛んなエリアだ。近年ではMICEの開催数やクルーズ船の寄港が増大したことにより既存施設では対応しきれず、年間推定約800億円の需要を断らざるを得ない状況が続いていたという。
この機会損失を解消し、海の中継地点としてアジア、そして世界との交流をさらに促進するための計画が、このウォーターフロントネクストである。対象区域は中央ふ頭・博多ふ頭周辺の65ha。その再整備の内容は次のようになる。
まず、MICE機能に関しては施設における開催余力の向上、関連施設を徒歩圏内に配置し、一体化させるオール・イン・ワンの実現。次に中継地点の機能強化として、大型クルーズ船の2隻同時着岸、観光バス待機場の拡充、国際フェリーやクルーズ船に対応した多目的岸壁整備。そして福岡都心部として新たな魅力を創出するための賑わい・集客機能の拡充などを再整備の基本方針としている。この3つに加えて、周辺部へのアクセスを強化するために都心循環バス高速輸送システムの専用道路の計画なども含まれている。
福岡市はこれらの再整備における概算費用を官民協同事業として想定した場合約400億円とし、再整備における経済波及効果は年間約2000億円を見込んでいる。ただ完了までに20〜30年を要する中長期のプロジェクトでもあるので長い目で見ることが必要かもしれない。単純計算であるが、天神ビッグバン、博多コネクティッド、ウォーターフロントネクストのすべての再開発・整備が完了した際の経済波及効果の想定は、1兆5500億円(年)となる。
一方で疑念もある。つまり、これだけの再開発・整備をしたとしても結局は既存のパイを奪い合っているだけで、本当の意味での経済効果を生みだすことは難しいのではないかということだ。福岡市に拠点を置く会社役員はこう話す。
「大規模再開発に伴うプロモーションの仕事をしているのですが、特にイベントの案件が年間を通じて予定されている。開発に関してはここ10年間の事案であり、開発終了後の福岡の景気に関しては未知数。しかし博多エリア・天神エリアの再開発は完了することにより雇用拡大などは期待できるのではないか。ただ市内集中型の開発なので、周辺の衛星都市が今後どうなるかという懸念はある」
確かに再開発には莫大なカネも動くし、経済波及効果もあるだろう。しかし永遠の自転車操業といった側面があるのも事実だ。だからこそ、特区としての施策の本丸は、そのソフトでもある「スタートアップ」と「雇用創出」でなければならない。そして一連の再開発のプロジェクトと、これらが融合することで、福岡市が目指す「アジアのリーダー都市」への道が拓けてくるはずだ。
ウォーターフロントネクストでは海の中継地点としてアジア、そして世界との交流をさらに促進させる/PHOTO 吉田達史
地の利と支援制度がスタートアップを促す
では、なぜ福岡市がスタートアップに最適なのか。もちろん特区として推進しているからに他ならないが、特筆すべきは前述した天神ビッグバンの天神エリア、博多コネクティッドの博多駅周辺、ウォーターフロントネクストの中央ふ頭・博多ふ頭、そして福岡空港はなんと半径2.5km内に収まるほどのコンパクトさを誇る。福岡空港を利用したことがある人なら理解いただけると思うが、空港から市街地までこれほど簡単にアクセスできる都市はそうそうない。国内はもちろん、諸外国からのアクセスも良好となればビジネスのしやすい環境であるのは間違いない。しかもこれだけアクセスがよいにも拘らずオフィスの賃料が安いというのも魅力的だ。
そしてスタートアップ企業にとって心強いのが「スタートアップ法人減税」制度だ。1つは最大5年間、法人所得の20%を控除し、法人税(国税)を軽減するというもの。もう1つは法人市民税を全額免除するという創業支援制度だ。その主な要件は、以下の通りだ。
■創業から5年未満の法人であること
■国家戦略特区の規制の特別措置等を活用するなど、一定の要件を満たすこと
■国税対象の「医療」「国際」「農業」「一定のIoT」という4つの分野に、福岡市が独自に定めた「先進的なIT」の分野で革新的な事業を行う法人であること
これにより期間限定ではあるが、法人所得の控除と法人市民税の免除が適用されれば、22%台という法人実効税率となり、中国の25%、韓国の27.5%と比較しても国際競争力のある数値となる。
そのほかには2015年3月に閉校となった旧大名小学校が、17年4月にスタートアップの中心地として生まれ変わったFukuoka Growth Next(以下、FGN)などがある。このFGNは創業したい人、またはそれを応援したい人が交流するための拠点となっている。開始から19年3月末までの実績でいうと、支援企業数250社以上、資金調達した法人が31社、累計資金調達が82億円以上となっており、かなり積極的に活用されていることがうかがえる。
旧大名小学校がスタートアップの中心地「FGN]として生まれ変わった/PHOTO 吉田達史
さらに外国人のチャレンジを応援するための施策で「スタートアップビザ」というものもある。この施策は15年12月から開始されている。その具体的な内容としては、外国人の創業活動を促すために、在留資格(経営・管理)の取得要件を満たす見込みのある外国人の創業活動を特例として6カ月間認めるというもの。
いままでであれば外国人が日本で事業を行う場合、「経営・管理」の在留資格、さらに資本金もしくは出資の総額が500万円以上、事務所の開設、常勤2名以上の雇用が必須要件としてあり、かなりハードルが高かった。そこでこのスタートアップビザでは、たとえその要件が満たされていなかったとしても、福岡市に事業計画を提出し、スタートアップビザの在留期間中に「要件を満たす見込み」について福岡市がそれを確認し、入国管理局から認定を受けることで日本での事業を行うことができる。制度開始から19年3月末までの申請者数は67名、実際に創業を行った人は56名となっている。
ユニークで魅力的 福岡市創業の企業
この制度を活用している、していないは別として、福岡市ではユニークなスタートアップ企業が多い。登山愛好家であれば誰もが知っているアプリ「YAMAP」は、スマートフォンのGPSと連動して山登りにおける遭難防止に役立ち、ルートの記録などを思い出として残せ、ユーザー同士でコミュニケーションを取ることもできる。このアプリを提供・運営しているのがヤマップ(福岡市博多区/13年創業)だ。
ほかにも、自治体が持つ媒体、例えば広報誌やウェブ、庁舎内などのスペースに広告枠を設定し、掲載した広告の一部を自治体の歳入に充て自治体の財源確保を支援するホープ(福岡市中央区/05年創業)は、16年6月に東証マザーズに上場し、広告代理業以外にも新エネルギーなども手がけている。
そして17年5月、スタートアップ法人減税(市税)第1号に指定されたスカイディスク(福岡市中央区/13年創業)は、AIによって製造業における開発や生産ラインにおける最適解を提供するサービスを行っている。ほんの一例であるが、福岡市創業の企業は枚挙にいとまがない。
しかし創業支援に関してはこんな意見もある。
「いい企画なので、もっと広くPRすべき。ただ、創業は若者だけの特権ではないと思うので、世代を超えた施策もぜひ示してほしい」(福岡市の団体職員)
スタートアップという言葉の響きがそう思わせるのか。とくに年齢制限が設けられているわけではないが、若者だけの制度というイメージが強いらしい。また、国家戦略特区全般について、ある福岡市民は次のように話す。
「中洲のアジア美術館や秋のアジアマンス(1990年から始まったアジアとの相互理解を深める交流イベント)などで、市民への啓発活動が最近根付いたように感じる。日韓関係が最悪だったときも、福岡市の雰囲気は悪くなかった。中国に関しても同様。福岡特有のお祭り感はアジアの人たちにとっても相性がいいのでは。だからこそ福岡市は、アジアの玄関口として売り出すしかない」
データで見る福岡市
それでは福岡市の現状や勢い、魅力をデータで見てみよう。
■人口増加数・増加率1位
前述したように人口増加が著しい福岡市。15年(平成27年)の国勢調査によれば、人口増加数が多い都市として、10年〜15年の間で7万938人と2位の川崎市を大きく引き離している。同様に10年〜15年の人口増加率は5.12%と2位の川崎市を1.63ポイント引き離している。さらに人口における10代・20代の割合をみると、福岡市は22.05%で1位となっている。その理由については様々な要因があり、一括りにはできない。本紙で紹介している様々なランキングで上位になっていることからも、やはり住みやすい、働きやすいと街といえるのではないだろうか。
■通勤・通学の利便性 通勤・通学時間(平日の片道換算)
面白いところでは通勤・通学の利便性で世界44都市中第1位といったものもある。いったいどうやって調べたのかも気になるが、よくある住みやい都市のランキング上位に入るジュネーブ(スイス)を上回っているとはただごとではない。
また、対象エリアは少し大きくなるが福岡・北九州大都市圏というくくりでみると、平日の片道における通勤・通学時間は平均38分と、関東大都市圏における平均51分を13分も下回ることからも、いかにストレスなく会社や学校に通うことができるかということが分かる。ちなみにウチコミ!タイムズ編集部(所在地:東京都新宿区)のメンバーの平均通勤時間は77分と、関東大都市圏の平均をなんと26分も上回る。
■外国航路乗降人員25年連続1位
博多港を擁する福岡市の外国航路乗降人員は2017年度で約209万人と、なんと25年連続全国1位という圧倒的な数値を残している。これだけの人が乗降すればそれだけで一大市場のようなものだ。
■クルーズ船寄港回数4年連続1位
博多港へのクルーズ船寄港回数も2015年から18年にわたって4年連続全国1位だったが、19年の速報値では那覇港にその座を譲り2位となった。要因としては17年3月より中国から韓国への団体旅行が禁止され、韓国と日本の2カ国を巡るという魅力的なパッケージのクルーズがなくなってしまったこと。また、近年の中国でのクルーズ市場が急拡大したことによって調整局面に入ったことなどが挙げられる。福岡市港湾空港局クルーズ支援課は、中国市場にかなり依存しているということを鑑み、カントリーリスクを避けるためにも欧米の船会社などにも寄港地に組み込んでもらうよう働きかけをしている。
■在留外国人の増加率1位/増加数5位
在留外国人の増加率と増加数もなかなかの伸びを示している。法務省「在留外国人 統計」によると、2012年〜17年で1万716 人増えており、その増加率は42.6%と、その時点においては21大都市中1位となるほどの数値を示した。ここ10年ちょっとのスパンでみれば累計で3万人以上となり、その比率は福岡市の人口の2%程度まで占めるようになっている。その主な要因としては外国人材の活躍や定着に向けた環境の整備などが挙げられる。例えば福岡市での就職を希望する留学生やグローバル人材に興味を示す企業とのマッチングを促す交流の場「留学生と企業との交流サロン」を定期的に開催、また優秀な留学生を選抜し、奨学金を給付する「よかトピア留学生奨学金」などを用意している。
さらに、対象を福岡県まで広げると外国人の労働者率は09年〜18年の間で3.7倍(全国平均は2.4倍)となり、全国2位(全国1位は沖縄県)という結果に(三菱UFJリサーチ&コンサルティング調べ)。業種別では宿泊・飲食業が多いようだ。
■成長可能性都市総合ランキング2位/ポテンシャル1位
福岡市全体の可能性を捉えるならば、17年発表の野村総合研究所のレポートが参考になる。そのレポートによれば、福岡市は成長可能性都市総合ランキングで2位、ポテンシャルランキングで1位となっている。
その要因として、空港・港湾・新幹線駅へのアクセスが良好で国際会議も多くビジネス環境が整っていること、多様性に対する許容度が高く、自由で起業家精神に溢れ、市民の街への愛着が強いこと、そしてビジネスにおける環境は整っているが大企業や外資系企業がまだ少なく、アジアに近い地の利を生かし、今後国際的かつ独自の産業形成が見込める伸びしろがあることを理由に挙げている。
■福岡市の家賃相場
福岡市の賃貸住宅における家賃相場はいったいどれくらいなのか。LIFULL HOME'S の家賃相場(20年3月18日時点)機能を使い、福岡市の「ワンルーム・1K・1DK」のカテゴリーからアパート・マンションの家賃相場をそれぞれ調べ、平均家賃を算出してみた。
最も家賃が高いのが中央区の5.20万円、次に博多区の4.57万円、続いて早良区4.54万円、西区4.40万円、南区4.39万円、東区3.90万円、城南区3.79万円となる。もっとも賃貸住宅は立地や、物件状況などの個別要因が多いため一概に家賃相場で語ることはできないが、福岡市で賃貸経営を考えているオーナーがいれば、参考資料として見てほしい。
■福岡市の地価
3月18日に国土交通省が発表した「令和2年地価公示」によると、福岡市は住宅地で6.8%の上昇、商業地で16.5%の上昇を示している。
住宅地については、「顕著な人口増加を背景に、鉄道駅徒歩圏の利便性が良好な地域を中心に引き続き需要が 堅調であり、特に、天神地区・博多地区へのアクセスに優れた地域でのマンション用地に対する需要が強い」とし、商業地については、「規制緩和によりビルの建替えを誘導し新たな空間と雇用を創出する「天神ビッグバン」プロジェクトが進展する天神地区や、地下鉄七隈線の延伸(令和4年度を予定)や博多駅の賑わいと活力を 周辺へつなげていくプロジェクト「博多コネクティッド」が打ち出され一層の繁華性向上が期待される博多地区を中心に、オフィス・店舗等の需要が競合し、高い上昇率を示している」(いずれも原文ママ)とレポートしている。ただし、地価公示は毎年1月1日時点のものとなるため、この数値にコロナショックは織り込まれていない。
気になる福岡市の住宅関連制度は?
賃貸住宅オーナーとして気になるのは住宅関連の制度だ。福岡市が用意している制度には次のようなものがある。
まずは「ブロック塀等除却費補助事業」だ。道路に面している危険なブロック塀等の除却費用の一部を福岡市が助成、対象者はブロック塀等の所有者または管理者で除却工事を行う者としている。ここで疑問となるのが「ブロック塀等」という表記だ。福岡市は「ブロック塀等」の定義を「コンクリートブロック造、石造、れんが造、その他組積造による塀(フェンスなどとの混用の場合も含む)および門柱」としている。
そして除去に関する補助費用は1件あたり上限15万円。要件は、「高さが2.2mを超えるコンクリートブロック塀」「高さが1.2mを超えるコンクリートブロック塀で、控え壁が有効に設けられていないもの」「概ね高さ1m以上のブロック塀で、調査により著しいひび割れ又は傾きが認められ、特に危険な状態にあるもの」とし、除却するブロック塀等の長さに5000円を乗じた額と除却に要する費用(見積もり)の2分の1に相当する額を比較し、どちらか低い額を助成する。
地震が起きた際、ブロック塀の倒壊は歩行者や居住者の命に関わるケースもあるので、福岡市で賃貸住宅を経営するオーナー、今後福岡市での賃貸住宅経営を考えている人は事前にチェックしておきたい。
ほかにも「子育て世帯住替え助成事業」、「高齢者世帯住替え助成事業」があり、いずれも公募期間は 20年4月1日から21年2月26日までとなっている。ただこの助成金に関しては予算内での交付申請受付順となっているので注意が必要だ。
子育て世帯住み替え助成事業は、子ども、または妊娠している者がいる世帯に対して、礼金や仲介手数料など市が定める住み替え経費の2分の1(上限額15万円)、同居・近居、多子世帯にはさらに5万円を加算した額を上限とする制度。
高齢者世帯住替え助成事業は、65歳以上のひとり暮らし世帯などに、礼金や仲介手数料など市が定める住み替え経費の2分の1(上限額10万円)を助成するという制度だ。
これらの制度に関しては細かい要件が数多くあり、オーナーや管理会社が提出しなければならない書類もある。年度ごとに内容が変更される可能性もあるので、逐次福岡市役所のホームページで最新の状況を確認することをお勧めしたい。
コロナショックを乗り越えろ
世界はコロナショックで揺れている。本稿で記した福岡市内の大規模再開発・整備におけるロードマップも大幅に軌道修正せざるを得ない可能性もすでにでてきているかもしれない。
しかし新しいことにチャレンジし、たとえ失敗したとしてもそれを許容する文化があれば、また新たな取り組みが生まれていく。やがてそれが循環をなし、ビジネスの芽が育っていけば、若く活気のある街づくりへと貢献していくはずだ。
最後に、いまとなっては時代背景やビジネスの質も違うが、良き前例として福岡には辛子明太子の「ふくや」があるということを忘れてはならない。我々が学べることが、きっとあるはずだ。
創業者である川原俊夫氏(1913年1月25日〜80年7月17日)は戦後の中洲で食料品販売のふくやを開業。そこで幼少から戦前までを過ごした釜山で食べた鱈子を唐辛子漬けにした明卵漬(ミョンランジョ)が忘れられず、生の鱈子を仕入れて試作し販売。しかし当時の日本人には辛すぎ、評判は思わしくなかった。そこから改良に改良を重ねたところ、評判が評判を呼び、まもなく店の前には行列ができるまでになったという。いまでは博多名物として誰もが知る辛子明太子の原点がここにある。
この辛子明太子、一説にはピーク時に年1800億円の市場規模があったという。いまではコンビニのおにぎりでも上位にランキングするほどの人気具材。戦後の中洲で産まれた辛子明太子がいかにして国民食になったのか。その理由は川原俊夫氏の人となりにある。
あるとき、他店からふくやに辛子明太子を卸してほしいという依頼があったという。そこで川原氏は、商品の提供はできないが自分で作ってみたらどうかと、作り方を教えたというのだ。もちろん肝心要である出汁のレシピまでは教えなかったようだが、あらかたの製法を教えることで、辛子明太子メーカーが次々に増えていったという。自らが数年にわたって作り上げた辛子明太子で独占的な利益や権利を主張するわけでもなく、皆と共有することで、辛子明太子が「ふくや」のものから国民食になったのだ。
川原氏は「元祖」や「本家」と名乗ることにも全く興味を示さなかった。1979年、個人事業主(80 年に株式会社化)のまま福岡市の高額所得者番付でトップに躍り出たその生涯は、節税や利殖などに一切の関心をもたず、辛子明太子と社会貢献を通じた地域の隆盛をひたすら願うものだったいう。
この記事を書いた人
賃貸経営・不動産・住まいのWEBマガジン『ウチコミ!タイムズ』では住まいに関する素朴な疑問点や問題点、賃貸経営お役立ち情報や不動産市況、業界情報などを発信。さらには土地や空間にまつわるアカデミックなコンテンツも。また、エンタメ、カルチャー、グルメ、ライフスタイル情報も紹介していきます。