青森県(五所川原市金木町) 太宰治も食していたであろう海の幸・山の幸・大地の幸、大自然の恵み 奥津軽の食材と津軽弁を思う存分堪能する
ねこやま大吉
2021/12/09
本州の最北奥津軽でエンデューロの大会の準備・取材があり、羽田から青森空港まで空を舞い(直線距離で580㎞)、そこからクルマで山を越えること約1時間20分、4年振りの青森県五所川原市へ。
近隣には青森県第二の都市「弘前」、立佞武多(たちねぷた)で有名な「五所川原」がある。大会会場は冬を待つ嘉瀬スキー場。雪のない広大な敷地を歩きながら撮影ポイントを決め、宿泊の古民家『かなぎ元気村』がある金木町へ向かう。途中、太宰治の小説「津軽」の舞台にもなった斜陽館は外せない。
太宰治記念館「斜陽館」
なぜだろう。何度観てもこの建物は飽きさせない。
歴史と人の生活感が未だ漂う太宰治の生家。1907年、太宰の父、衆議院議員でもあった津島源右衛門によって建てられる。設計は堀江佐吉。木造2階建て入母屋造り青森県産材であるヒバを贅沢に使い、1階11室278坪、2階8室116坪、庭園など合わせて宅地約680坪の規模だ。建築費は当時の金額で4万円。いまの金額に換算すると7~8億円の豪邸である。戦前戦後所有者が変わることもあったが、いまもここ金木に佇んでいる。
太宰はどんな思いでこの豪邸に住んでいたのか……。
「父は、ひどく大きい家を建てた。風情も何も無い、ただ大きいのである」(太宰 治『苦悩の年鑑』より)
太宰さん! 確かに大きいですが、いまも変わらず「風情」がありますよ。
悶絶 海のクロダイヤ
ここ金木は食事をするところが極端に限られる。そんななか、この町に来ると必ずお邪魔する店がある。斜陽館から徒歩3分、夫婦で営み、日本海、津軽の幸を余すことなく出してくれる50年以上続く寿司屋の『奴寿司』だ。カウンターは青森県産材「ヒバ」の1枚板。横3メートル強はありそうなそれは、大将曰く、今では手に入らない代物だそうである。そこに陣取れば、目の前には日本海・津軽海峡が広がっている。魚たちが躍る舞台の準備は完璧だ。どんな「祭り」が始まるのか。
目が点になる。目の前に黒マグロの大トロが横たわっている。これが津軽海峡で揚がる「海のクロダイヤ」。
大間のマグロはあまりにも有名だがここ津軽、龍飛(たっぴ)マグロも大間と全く同じものが揚がってくる。大間の漁船が龍飛周辺で釣って大間漁港に水揚げすれば「大間マグロ」、龍飛に水揚げすれば「龍飛マグロ」。釣れた場所ではなく、水揚げの港によって呼び名が変わる。焦る気持ちを抑えて、まずは刺身からお願いする。
一般的な(作法的)刺身の食べ方は、白身魚→貝類→赤身魚の順番。
いきなり宝石、逆走から始まってしまう龍飛の黒マグロの大トロから。
鰤など脂がのる魚を醤油皿にのせると、微妙に脂が広がるがさすが黒い宝石。そんなお行儀の悪い様は皆無。魚類とは思えない肉厚な身と、喉を潤す甘さ、噛みしめるほどに口の中で津軽海峡の旨味が広がっていく……。「美味しい」「旨い」以外の言葉は見当たらない。
全国津々浦々。こんな新鮮な大トロをいただけける幸せ者は、ほかにいないような気がする。もちろん、新鮮なスズキ、鯛、平目、あん肝のキャビアのせ、マグロの赤身、そして津軽でしか揚がらない「津軽牡丹海老」。一口一口噛みしめるこの至福のひと時が記憶に刻まれる。
北海道沿岸赤潮の発生で雲丹が全滅したとニュースで耳にしていたが、「奴さん」にはその雲丹がある。ここのところ雲丹は口にしていなかったのでその味を忘れるところであった。濃厚な潮騒のうねりが直撃する。帆立は漁獲高北海道に次ぐ青森。その鮮度とうまさは天下一品である。この肉厚のある甘みはどこから来るのであろうか。
美味しいものを口にすると人は笑顔になるようである。楽しく食べていると、大将と女将さんが「異次元の津軽弁」で話しかけてくる。
全く分からない……。悲しいぐらいにわからない。話の流れにのって相槌を打っていたら、見たことない握りが出てきた。
出された瞬間、その握りの容姿にヒバのカウンターから転げそうになったが、説明を聞いても分からないので、ここは口にするしかない。これは初めて舌が感じる味である。濃厚さに奥行きがあり、甘辛い味噌がバランスを保っている。「鮑のわた」だという。こりこりの食感とわたのとろみが絶妙である。初食、鮑の握り。先程の会話の中にあわびの単語は絶対になかったはずなのだが。
食べるその顔を見て、二人の津軽弁砲火が始まる。だから、全く分からないのです……。丸腰ゆえ反撃は相槌しかない。もう何が出てきても完食すること決めた矢先に……。
軍艦。龍飛マグロの軍艦巻きが出て来る。見た目よりあっさりした赤身は何巻でも食べられる。ぺろりと食べたら引き続きの津軽弁。
多分、大将と女将さんには小生、大のマグロ好きと映ったのかも知れない。軍艦から巻きに変更されただけ(笑)。同じマグロも巻き方が違えば味も変わると、ここ奴寿司さんで気づかされた一品、龍飛マグロ巻き。
〆はなぜか「豚汁」。どうすればあの会話からこの一品がカウンターに運ばれるかがわからない。普通は甘エビの頭が顔出すお椀、魚のアラを使ったアラ煮。なぜ豚汁?と思ったがこれがまた格別に旨い。やはり雪の地吹雪起こる奥津軽。最後は体の芯を温めるのが津軽流なのかもしれない。
奴寿司の祭りは最高である。
津島家ゆかりの古民家をリノベーションした宿泊施設
宿泊先の『かなぎ元気村』
金木町から岩木山を左手に見ながら、広大な津軽平野を西に10分くらい行ったところに津島家ゆかりの、古民家をリノベーションした宿泊施設である『かなぎ元気村』がある。築150年のそれは先程立ち寄った斜陽館より前に建てられたものである。今回滞在するベースキャンプになるところだ。ここは昔ながらの津軽の田舎料理が自慢の宿でもある。
ここは元々傍島(そばじま)家のもので、津島修治(太宰治)の従姉ふみが嫁いだことによって津島家と縁戚となり、家長の傍島正守氏は教育者として津島修治(太宰治)の恩師であり、よき理解者でもあったことからこの家に太宰も通って杯を交わしていたという。
建物の造りは先程立ち寄った斜陽館を彷彿させるものがある。高い吹き抜け、大きく頑丈そうな梁。ここで太宰治が杯を傾けていたかと思うと心が踊らされる。
囲炉裏を囲み奥津軽田舎料理を堪能
炭はゆっくり時間をかけ魚を焼いてくれる。同時に囲炉裏の周りもじんわりと暖めてくれる。地酒を傾けながら話をすれば、時が経つのを忘れさせる。善に盛られた津軽料理が運ばれ、これが正真正銘今も変わらぬ津軽の味だ。
どこの食卓にも欠かせない津軽の一品が「いがめんち」。新鮮なイカをミンチにするのではなく、小さくぶつ切りにしたものを揚げている。食べ方は人それぞれだが、やはり塩で食べるのが一番だ。
帆立の貝焼。一家に人数分揃っている貝皿。これには拘りがあり、養殖ものは薄いらしく熱に負けて割れてしまう。天然で厚みがないと道具として通用しない。
天然ものであれば何十年と使うことができ家宝級のものになる。使うたびに貝殻からミネラル・カルシウムが溶け出すのだという。
卵と味噌、オリジナルの出汁で頂くシンプルな料理だが、滋養強壮食として親しまれている。具材は作り手によって違い、今回は陸奥湾産の焼煮干しで出汁を、自家製の味噌、イカが入っている。飽きのこない素朴な味だ。地産地消、奥津軽の料理に舌鼓。どれだけ食べて呑んだだろうか。
今宵もいい時間。囲炉裏前の田酒(日本酒)もそろそろ底が見える頃。体にエネルギーを蓄え明日に備える。太宰さんもこの梁のある高い天井を見上げていたのだろうか。
みなで食らう仕事後の蕎麦と果実
シーズン前のスキー場は静寂で色んな声や音がこだまする。ここが大会会場。
草を刈り、整地し、杭を打ち込みロープを架け安全を願いながら、2日後に開催されるエンデューロのコースを整備する。この傾斜をマウンテンバイクで駆け抜け競技を行うとはいささか無謀なレースと思うのだが、全速力で駆け抜けるそのスリル感と闘争心は人間の本能に火をつけるのかもしれない。傾斜角20度はあるであろうか、普段あまり使わない足腰がガタガタいいだすのがわかる。
撮影も整備調整も無事に終え、みなで蕎麦を食する。素朴な蕎麦。仕事後のそれは体の隅々にまで行きわたる。この米も津軽平野が育てた一品だ。薄めの出汁に腰がある蕎麦、津軽では必ず登場する赤カブの千枚漬け。最高の贅沢善である。
食後、自然のデザートを食べないかと誘われ、樹になっている緑色果実を食べることにする。熊や猿、山の動物たちがこぞって食べるものらしい、いったいそれは……。
幻の果実、猿梨(こくわ)である。猿が梨と間違えて食べるという甘い果物だ。ドリカムの「晴れたらいいね」の歌詞の中にも出て来るそれである。味はまさに正真正銘のキウイ。一説によるとサルナシから品種改良されキウイができたとも。初めて食べるこの不思議な果実に改めて感動する奥津軽である。この小さな実がなぜキウイの味がするのか……。
全てのスケジュールをこなし、ふと時計を見れば帰路の飛行機に搭乗せねばならない時間に気づく。部屋中散乱した荷物を早々に片づけ、別れ惜しいがお世話になった津軽の人々、大自然を後に車に乗り込む。
仕事場から空港へ 体の芯から温まるものをかきこむ
空港に向かう道中、街道沿いにある一軒のらーめん屋『長尾中華そば』を見つけ寄り道する。青森で最後に口にする一杯だ。「濃厚煮干し中華そば」。車のドアを開ければ駐車場は煮干しの香りで食欲を誘う。煮干し色に染まった太めのちぢれ麺が、濃厚スープを口元までかき上げてくれる。程よく煮込まれた薄めの焼豚が丼を覆い、脇役のメンマがいい仕事をしている。レンゲですくう一口目から丼を斜めに傾ける最後まで煮干しが躍る1杯であった。
さあ、空港に向かおう。観光、そして食も魅力な奥津軽。次回は津軽弁を勉強してから再びこの地を踏みたい。
今回お邪魔したおいしいお店
『奴寿司』
住所:青森県五所川原市金木町朝日山468-1
交通:津軽鉄道 金木駅 徒歩5分
『かなぎ元気村』
住所:青森県五所川原市金木町蒔田桑元39-2
交通:津軽鉄道 金木駅 タクシー15分
『長尾中華そば 五所川原店』
住所:青森県五所川原市中央4-110
交通:JR五能線 五所川原駅徒歩8分
この記事を書いた人
編集者・ライター
長年出版業界に従事し、グルメからファッション、ペットまで幅広いジャンルの雑誌を手掛ける。全国地域活性事業の一環でご当地グルメを発掘中。趣味は街ネタ散歩とご当地食べ歩き。現在、猫の快適部屋を目指し日々こつこつ猫部屋を制作。mono MAGAZINE webにてキッチン家電取材中。https://www.monomagazine.com/author/w-31nekoyama/