東京都(中野区) こんな時代だからこそ、「ふく」にあやかる 昭和37年創業 中野の大衆酒場『第二力酒造』で河豚を食する
ねこやま大吉
2020/12/05
写真/ねこやま大吉
中野御用屋敷からサブカルの聖地へ
仕事も終わり中野に立ち寄る。いまではキリンビールの本社があり、サブカルチャーの聖地として君臨するこの街も325年前、江戸幕府第5代将軍徳川綱吉が発令した「生類憐れみの令」が施行された時代には中野御用屋敷として16万坪、東京ドーム約11個分の犬舎があった。中野区役所の前には犬のモニュメントがある。
メインの通りを横目に提灯の明かりに吸い込まれていく。
「おっ!」
直観でこの店に決めた。『第二力酒造』だ。
板前の技が眺められるカウンター(常連しか座れないだろう……)、コの字に囲われた椅子席にテーブル席が10席(2階には座敷もある)。店内は明るく清潔感があり、昭和感漂ういい酒場。某BSテレビ番組に出てきそうな雰囲気である。メニューを眺め、今宵は河豚を頼むことに決めた。
河豚の隠語由来の「てっさ」「てっちり」
「鉄砲」という隠語がある。これは河豚のことを指し、上方の民が使っていた。弾(毒)がたまに当たってしまうかもしれないという、なんとも洒落の利いた言い方である。
鉄砲刺身の「砲」を略し、鉄刺身で「てっさ」。同じく、鉄砲ちり鍋を鉄ちり鍋で「てっちり」。「ちり」は白身魚を鍋に入れると身が縮れていくことから「ちり鍋」といわれる。
そして上方では河豚を食べるときに「測候所」という単語を3度繰り返し唱えたという。測候所とは気象を観測する場所の意で、昭和初期の天気予報を皮肉っている。つまり「今日も当たらない」ということだ。いまでは厳しい調理師免許制度のおかげでそんなこともなく、安心して海の幸「河豚」を食することができる。
河豚は提供まで時間がかかるとのことで「てっさ・てっちり・唐揚げ・雑炊」をまとめてオーダー。
提供されるまでの肴として他店ではあまり見かけない富山白海老の刺身を頼む。小さく透き通ったそれは宝石のようで、3〜5尾をすくってまとめて口の中に入れれば、濃厚な甘みが口の中で広がる。
さらに、鮑のステーキも。刺しもいいが、贅沢に丸々焼いてもらう。バターが鮑の旨味を後押しし、噛みしめるほどなめらかでコシのある食感が際立つ。
高弾力 全身マッチョな河豚と香ばしいひれ酒
さて、河豚オールスターズの入場だ。
「てっさ」――コラーゲンたっぷりの皮の花咲く河豚刺し。この薄造りに紅葉おろしを少々、そしてポン酢葱に浸して口に頬張れば、淡白な旨味と弾力が舌と顎を魅了する。
刺しにはやはり日本酒だ。もちろん「ひれ酒」である。香ばしいひれが、酒器の中を所狭しと泳いでいる。
「唐揚げ」――衣がしっかりと旨味を閉じ込めているようだ。鶏と間違えそうなほくほくした食感で、味よし香りよし。
「てっちり」――ぶつ切りを鍋に入れる前に、まずはしゃぶしゃぶ用に切った身を食する。
昆布出汁に通せば、てっさとはまた違うふっくらとした食感が楽しめる。そしてぶつ切りは上品に……ではなく、骨に付く身まで、しっかりとかぶりつくのが正しい作法だ。
「雑炊」――〆には欠かせない。滋味深いこの逸品は、まろやかで優しく、体も、そして心も暖かくしてくれる。
コースで頼まなくても河豚料理を一品ずつ楽しめる店というのはいい(結果コースみたいになってはしまったが……)。
ことしは「特別な年」。だからこそ、「ふく」にあやかり、心身ともに万全で年を越したいものだ。それにしても「師走」が似合う店である。
今回お邪魔したおいしいお店:『第二力酒蔵 (だいにちからしゅぞう)』
住所:東京都中野区中野5-32-15 第二神谷ビル
交通:中野駅 徒歩3分
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編集者・ライター
長年出版業界に従事し、グルメからファッション、ペットまで幅広いジャンルの雑誌を手掛ける。全国地域活性事業の一環でご当地グルメを発掘中。趣味は街ネタ散歩とご当地食べ歩き。現在、猫の快適部屋を目指し日々こつこつ猫部屋を制作。mono MAGAZINE webにてキッチン家電取材中。https://www.monomagazine.com/author/w-31nekoyama/