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「賃貸」業界のイメージを下げる悪習? 「鍵交換費用」を入居者はなぜ払わされるのか

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イメージ/©︎flynt・123RF

えっ? 賃貸ってそんなことやってるの?

賃貸住宅への入居の際、「鍵交換費用」を入居者が払わされるのに納得がいかないとする声は多い。すべての物件ではないが、多くがこの鍵交換費用を設定し、支払いを入居条件のひとつとしている。鍵交換費用は入居者が負担すべきものなのか? それとも物件を貸すオーナーが本来負担すべきものなのか? この記事ではその答えを追ってみよう。

なお、その前に……

「答えを追うもなにも、それって設備の更新だろ? 商売道具のメンテナンスだろ? 客が鍵を壊したので弁償しろって話とは違うよね? なのに家賃とは別に費用を払えって……賃貸業界ではホントにそんなことやってんの? これまでやってきたの?」

あくまで一個人の声だが、一度も賃貸住宅に住んだことのないある人(住宅遍歴が実家――社員寮――社宅――持ち家)の感想だ。これはあたりまえの感覚なのか? それとも無知ゆえの暴言なのだろうか?

鍵の交換は入居者ニーズに沿ったサービス?

ところで、誰もが承知かもしれないが、まずは賃貸住宅の鍵が入居者が交代するごとに取り換えられる理由をおさえておきたい。

それは、当然ながら合鍵への警戒にある。賃貸住宅の入居者に、部屋の合鍵を作る人は少なくない。もっとも、それは別段悪いことでもおかしなことでもない。家族だったり、恋人だったり……合鍵を使って勝手に部屋に入ってもよい人を“設定”することは、入居者にとって基本的人権の行使に近いくらいに自由な、保証されるべき行動だ。

ところが、そんな個人の自由が別の人にとってはマイナスに作用する。仮に、自らがこれから入居しようとする部屋の鍵が、取り換えられておらず、以前と同じであったとしよう。それは誰にとっても「気持ちが悪い」ことであるにほかならない。前の入居者がいくつ合鍵をこしらえていたのか、それが誰に渡されているのか、通常は見当などつくものではないからだ。そのうえで、万が一、合鍵を持つなかに悪意の人物がいれば、その人物はこれからも意のままに当該住戸に侵入することができる。

すると、入居者側とすれば、思わずこんな気持ちにもなりかねない。

「とても不安です。私が費用を出しますから、オーナーさん、鍵を取り換えてくれませんか!」

おや……? とすると、やはり鍵交換費用を入居者に求めることは、必ずしもおかしなやり方とはいえないことになるのだろうか? あくまで入居者側のニーズに沿った、対価を求めるのに遠慮などいらないサービス――すなわち「有料でもよい」ということになるのだろうか?

民法の示すオーナーの義務

そこで、今度は法律を紐解いてみよう。民法だ。第601条にこうある。

(民法第601条)
「賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。」

つまり、ここには大事な2つのことが書かれている。

「入居者は、賃料を支払うこととひきかえに、物件を使用し、収益する権利をもつ」

「賃貸オーナーは、賃料を貰うこととひきかえに、入居者に物件を使用させ、収益させる義務を負う」

この2つだ。

そこで、上記に書かれている2つの言葉に注目したい。「使用」と「収益」だ。これらは併せて「使用収益」とよくいわれるが、その意味するところとは何だろう? それは、賃貸住宅にあっては、入居者がその物件を住居として、安全・安心かつ平穏に暮らす場所にできるということだ。これは、要は“テッパン”といっていい解釈で、異論のある人は日本の法律の専門家のなかにはおそらくひとりもいないだろう。

そのうえで、この「使用収益=入居者が安全・安心かつ平穏に暮らせること」が成立し、維持されるために、オーナーには同じ民法によりこんな義務が課されている。

(民法第606条1項)
「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。(以降略)」

入居者が物件を使用収益できる状態をまかなうため、オーナーに対しては、それが損なわれた場合の修繕義務が課されているわけだ。例えば具体的には――

「部屋に雨漏りが起きたり、給湯器が壊れたりして入居者が困っているならば、オーナーはすぐに直してあげないとダメですよ」

――などということになるのだが、ここで考えてみたい。

誰が合鍵を持っているかも知れない、安全・安心に欠けた状態の鍵なのだ。それを新しい鍵に取り換えてやる……そのことは、まさに上記にいう使用収益の成立・維持に該当しているのではないのか?

例えば、1階テラスの錠が緩んでいて防犯上不安なことと、玄関ドアの鍵に合鍵が存在する可能性があるため同じく不安なこと。両者はもしかすると同じことなのではないか? 仮に両者が同じであり、それが使用収益の毀損にもひとしく該当するとするならば、改善するための対価は当然のこと鍵交換費用ではない。上記民法に定めるとおり、それは「賃料」との引き換えとなる。

出ていく人に払わせるのはおかしい――国交省

鍵交換費用については、賃貸管理会社や仲介会社――いわゆる不動産会社を所管する国土交通省から、ひとつの見解が示されている。それは、同省が98年に取りまとめて公表し、現在も業界の指針となっている「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の中にある記述だ。こう書かれている。

「鍵の取替え(破損、鍵紛失のない場合)
(考え方)
入居者の入れ替わりによる物件管理上の問題であり、賃貸人の負担とすることが妥当と考えられる」
――別表1 損耗・毀損の事例区分(部位別)一覧表(通常、一般的な例示)

これは、入居者が物件を退去する際に請求されうるものとしての「原状回復費用」に、鍵交換費用は入りうるのか?との疑問に対しての国交省の答えとなる。

内容は読んで字の如くだ。国交省は、破損させたのでもなく、紛失が生じたわけでもない、次の入居者にとっての不安払拭のための措置として行われる鍵の交換について、「退去していく人に費用を求めるのはおかしいですよ」と、ここで示していることになる。

ところが、これをもっていわば話を逆手にとり、

「このガイドラインはあくまで退去時のガイドライン。新たに入居しようとする人との契約については何ら言及するものでもない。よって国交省はそうした人から取る鍵交換費用については何も言っていないことになる」

つまり、「ガイドラインはむしろ鍵交換費用設定(入居時)のよい後ろ盾だ」とする意見も業界内には若干見られたりもする。しかしながら、もう一度文面をよく読み直してみよう。なるほど、このガイドライン自体はたしかに入居者退去の時点にフォーカスしてのガイダンスであるにちがいない。だが、上記にかぎっては、明らかにそうしたシチュエーションのみに縛られたものではない。国交省は、すくなくとも文字を追うかぎり、他の条件とは絡みのない別個の見解として、

「(鍵の交換は)入居者の入れ替わりによる物件管理上の問題」
「(よって)賃貸人の負担とすることが妥当」

と、ここに定義しているように見える。

要は、この定義にあっては、退去時であろうが、入居時であろうがタイミングは関係ない。いわば常識的な原理として「鍵の交換費用は賃貸人の負担とするのが妥当」とする見解がここには述べられているとしか読めないのだが、さて、いかがだろうか?

ただし、当然のこと当ガイドラインは指針であって法律ではない。文意がどうであろうと、真意がどうであろうと、オーナー側がこれに従う義務が突き詰めれば存在しないのは勿論のこととなる。

鍵交換費用「不当」の訴えは実は裁判で敗れている しかしこのままでいいのか?

ともあれ、以上のようなわけで、鍵交換費用を入居者が払わされることについて、これに釈然としない感覚というのはおそらくあたりまえの社会感覚だ。

国法たる民法も、公の機関たる国交省の見解も、そのもとをたどればすなわち国民の常識や良識といったものに根差している。その意味で、鍵交換費用が民法601条および606条1項の主旨に照らして怪しい面を含むものであること、国交省が鍵交換費用はオーナーによる負担が妥当とシンプルに述べていること、さらには、一度も賃貸住宅に住んだことのない個人が鍵交換費用の慣習を知り驚き呆れてしまうこと――、これらはすべて根がつながっているといっていい。

要は、この慣習は多くの良心的な業界人もそう思っているとおり悪習だ。早くやめるべきだとこの記事では言っておきたい。

バブル崩壊以降、せっかくここまでジェントルに姿を変えてきた賃貸不動産業界が、いまよりもさらにマーケットに愛されたいと願うのならば、真っ先にやめるべきひとつがこのストレスフルな鍵交換費用であるといって差し支えないだろう。ただし、実はここにひとつ問題がある。そのことは、業界各社のアドバイザーを務めているような法律の専門家であれば先刻ご承知だ。

何かというと、実は、鍵交換費用を入居者に求めることは是か非かを争った過去の裁判において、これを不当と訴えた入居者側は見事に負けている(東京地方裁判所 平成21年9月18日)。

この判例は、端的にいうと司法が契約自由の原則を重んじたものだ。そのうえで、争点のひとつに挙がった前記、国交省のガイドラインについても、入居時の鍵交換費用の負担についてはその対象外であるとされ、一蹴されたかたちとなっている。つまり、当判例は鍵交換費用の設定を勇気づける恰好の材料となっている(なお、上記判例の内容については国交省および不動産流通推進センター、双方による要約を参照させていただいた。ちなみに、ここで争われた鍵交換費用については、法外な金額設定等はなく、仲介会社による媒介も遺漏なく行われており、それらの点で消費者契約法への抵触もないと認められている)。

なので、例えばオーナーが「鍵交換費用というのは入居者に請求すべき筋のものなのか。私はちょっとおかしな気がするが」――などと、素朴な疑問を管理会社のスタッフにぶつけたとして、スタッフがそれを会社の法律顧問に尋ねるなどすると、「問題ない。判例もある」の答えは当然返ってきやすいことになるわけだ。

しかしながら、この記事が指摘したいのは、述べてきたとおりそうした突き詰めたところでの問題の有無ではない。「いまのままでいいのか?」と、いうことだ。

繰り返すが、過去の姿からは見違えるほどジェントルに変貌し、これからもさらにそうなっていくべき業界において、真っ先にデトックスしていくべきひとつがこの慣習であることに疑いはないように思われる。

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この記事を書いた人

編集者・ライター

賃貸住宅に住む人、賃貸住宅を経営するオーナー、どちらの視点にも立ちながら、それぞれの幸せを考える研究室

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